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14 フードファイター柳田

時は昼休み。教室の壁に取り付けられた無機質な時計が、12時40分きっかりを指している。


教室を見回すと―――机を輪にして昼食をとる、3人構成の女子グループがひとつ。他には、片手で数えられる人数しか見当たらない。

ここにいない人間の大半は、学食やら屋上で昼食をとっているのだろう。


昼食を取らねばと思っていても、窓から差し込むぽかぽかとした陽気が俺を掴んで離さない。

動きたくねぇ。

というか、学食の方が俺に向かってくるべきだろ。おかしくないかこの世界。いや、こんな心地良い陽気が存在する以上、おかしくない。この世界は正しい。あったけぇ……。


「ねぇ岬君、さっき嘘ついたでしょっ!」    


そんなのほほんとした雰囲気をぶち壊す、M61バルカンの如き声。

舌打ち混じりに振り向くと、そこには頬を膨らませた夕凪が立っていた。


「……なんのことだ」

「うわ不機嫌な顔っ。じゃなくて、( x + y )^ 4のやつだよっ!」


あぁ、さっきの……。


「試しに練習問題解いてみたら、答が7668641になったもん。ありえないでしょ。7桁の答って、ありえないでしょっ!」


よっぽど重要なのか、ありえないを連呼する。


「あのな、夕凪」

「なっ、なにかな」

「騙される方が悪い」

「詐欺罪だよ詐欺罪! 訴えてやるぅ!」


法に頼るしかない弱者が……。

ぴーぴーと騒いでいる夕凪に、女子グループから好奇の視線が乱射される。


「またやってるよ。あの男好き」


閑散とした教室に、悪意の籠もった言葉が響き渡った。震源地は、昼食を取っている女子グループの中心―――特に存在感を放つ1人。

高波のようなウェーブがかかったロングヘアー。オレンジブラウンに染められた髪に、本来の顔を覆い隠すように施された厚化粧。校則の緩い聖星高校でなければ、生活指導にひっぱたかれる外見だ。確か名前は……


「美玲のバカ、聞こえちゃうってぇ」

「別にいいでしょ。男に媚売るような女、怖くもなんともないし」


そう、美玲。森永 美玲だ。

2人の取り巻き――名前は知らんが、こちらも彼女と似たようなファッションだ。髪を明るく染め、厚化粧。声もキンキンとした高音だ。

金太郎飴とでも言おうか。


「………」


ぎゃはは、という、獲物をいたぶるような笑い声。

流石に好戦的すぎないか? 何か因縁でもあるのだろうか。まだ高校が始まって一ヶ月も経っていないし、大方、嫉妬とかそういう理由かもしれない。


絶賛槍玉に上げられている夕凪は、視線こそ向けないが黙ってしまった。


「騒ぐしか能の無い奴らなんか、放っておけばいい。光れる分、スタングレネードの方が上だ」

「最後の例えは分からないな……」


渾身の例えだったのに……。


「そうか……。まぁ、なんで目をつけられてるのかは知らんが、気にするだけ無駄だ」

「……うん、そうだよね。ありがとっ」


ああいうタイプの人間は、相手にするだけ無駄だ。応戦すればこちらがエネルギーを無駄にしてしまう。無視を決め込むのが一番だ。


「……ところで夕凪」

「うん?」

「あれは、なんだ」


教室の入り口に指を指す。黒板を正面にして、後方の入り口――そこから、半分だけ顔が覗いている。顔を全部出したと思ったら、チラチラと引っ込めたり。

新手のクリアリングか? 室内にテロリストでもいるのだろうか。あたりを見渡すが、それらしき影は見当たらない。


「柳田さん、だね」

「こっちを見ているが」

「岬君に用があるんじゃない?」  

「俺に用? 何故だ」

「友達だからじゃないかなぁ……」

「俺とあいつは友人じゃない。クラスメイトだ」

「えー……?」


柳田を見る夕凪の表情は、よくわからない生暖かさを宿していた。まるで、初めてハイハイに挑戦する我が子を見るような目。俺にもその視線を向けてきた。なぜだ。


「なんだその目」

「いやぁ、別にぃ……」

「まぁいい。おーい柳田、何か用か?」

「ひゃっ、ひゃいっ?」


びくっ、という擬音が聞こえるぐらい、柳田が跳ねる。

そして硬直。ドア越しにこちらを見つめたまま、口だけがぱくぱくと開閉を繰り返している。


「……金魚の真似か?」

「違うよ岬君。あれはニシキゴイじゃない?」

「ど、どっちでもないのに……」


柳田は控えめに呟きながら、おずおずとこちらに向かってくる。


「あっ、私、美樹に屋上でご飯誘われてるんだった」


ふと思い出したようで、夕凪は座席を立った。

そのまま歩き出すと思いきや、立ち止まって俺に顔を近づけてきた。


「それじゃ、頑張って親睦深めてねっ」


小声で耳打ちしてきた夕凪は、柳田とすれ違うように教室を出ていった。

どうやら、夕凪は気を使ったようだ。こうやって空気を読むことが、集団に馴染む為に必要なスキルなのかもしれない。


「それで……」


俺の前に立つ柳田。

俺が視線をやると、遠慮しがちに視線を合わせては、また俯く。それを何度も繰り返す。何かの暗号なのか、これは?


「何か用か」

「あっ、用事って程じゃないんだけど……」

「 じゃあ何だ」

「あの……ご飯、一緒に食べない?」

「 構わないが…… 俺は弁当を持ってきてないぞ」

「 それじゃっ……学食に行かない? 私もお弁当、忘れちゃったから」



―――――



日本には『同じ釜の飯を食う』という言葉がある。これは、生活を共にするぐらい親密な仲を表す言葉らしいが……その理論に従うのなら、学食を食べれば皆仲間になれるのではないだろうか。


あっ、でも冷凍食品は同じ釜の飯じゃないな。これがテクノロジー化の弊害だろうか。


柳田とカウンターに並び、メニューに目をやる。

サバ、鶏肉、ステーキ、やきそばetc ……ちょっとした定食屋を超える程のメニュー量。

今日は魚の気分だな。


「鯖定食ひとつ」

「私は……C定食に、オプションのサラダチキン。米は大盛り。味噌汁は豚汁に変更で。あ、50円でたくあん追加お願いします」

「なっ……!」


学食の玄人、柳田優里。

入学して一ヶ月も経過していないにも関わらず、この熟練した様。いつものおずおずとした様子はどこへやら、饒舌にオーダーをこなしている。


不足しがちなカリウム・ミネラルを考慮してたくあんを選ぶ所に、玄人の意匠を感じた。

この女……できる。


「……プロと呼ばせてくれ」

「は、恥ずかしいよ……」


恥ずかしそうに俯く柳田。


昼休みということもあり、学食はかなり混み合っている。グレネード一発投げ込むだけで、大分死者が出そうだ。

トレーを受け取り、運良く空いていたカウンター席に腰を下ろす。入り口から離れた、


「座らないのか?」

「あ、えっと……」

「あぁ、なるほど。立ち食いも乙な文化だもんな……」

「違うのっ。あの……隣、いいの?」


彼女はおずおずと、俺の隣を指差す。

周りを見渡せば、空いている席は俺の隣以外に無い。それしか選択肢は無いだろう。


「構わない」

「あっ、ありがとう……」


ぱぁっ、と。桜の花のように笑みを浮かべる柳田。笑ったり俯いたり、忙しいやつだ。


「「いただきます」」 


一礼し、食事を口に運ぶ。

まずは鯖の味噌煮。長時間鍋に入っていたのか、口の中でほろりと崩れる。味噌の風味が広がり、なんとも心地良い。


「………」

「………」


お互い言葉を交わさず、黙々と料理を口に運ぶ。

米、鯖、味噌汁。米鯖味噌汁。米鯖味噌汁米鯖味噌汁―――。


「「ごちそうさま」」


ほぼ同じタイミングで完食。

柳田のやつ、量は俺の1.5倍近くあったのに……。

隣の窓から漏れる陽光が、白い皿を照らす。そこには、米粒一つ残っていない。


「フードファイター……?」

「ち、違うのっ。今日はちょっとお腹が減ってただけなのっ……」


そう言いながらもパックのいちご牛乳を飲み干している。

俺もそれに習うようにして、紙コップに注がれた水をグイッと煽る。冷水特有の清涼感が口に広がった。


食事も終わったところで、柳田に聞きたいことがあったのを思い出した。


「一つ、質問いいか」

「や、やっぱり食い意地張ってるように見える? そうだよね、こんな量、女の子が食べる量じゃないもんね……ごめんね」

「いや、食べる量が多いことは基礎代謝の向上させる。それによって筋力・体力が上昇し、引いては戦闘能力の向上に繋がるから、とても好ましいと思う」

「そ、そうなの?」

「あぁ、適切な運動量も必要だけどな。それで、俺が聞きたいことは他にあるんだが」

「な、なに?」

「俺と柳田って、前にどこかで会ったことがあるのか?」


この前から抱いていた疑問。

俺と柳田が正面から話し合った回数は、今を含めて片手で数えられる程度しか無い、はず。それにしては、柳田の俺に対する積極性―――住所を聞いたり、食事を誘ってきたり―――が高いように思える。


もしかしたら、現代と俺の価値観の差がそういう違和感を生じさせているのかもしれないが……確かめることに損はないだろう。


俺の問を受けた柳田は……硬直している。

黒曜石を散らしたような虹彩を放つ瞳が、まっすぐこちらを捉えたまま微動だにしない。

硬直すること数秒。


「……どうした」

「あっ、あっ、あのっ……」


舌を噛みながら、必死に言葉を紡ごうとする様子が伝わってくる。流石に舌が千切れないか不安になってきた。


「だ、大丈夫か?」

「だだだ大丈夫。大丈夫だから……っ」 

「なら良かったが……結局、会ったことがあるのか」

「な、無いよ。無いですっ。無いわよっ」

「お、おう」


めまぐるしい口調変更にたじろぐ俺。最後の口調に至っては謎だ。

確認も取れたところで、昼休み終了の5分前を知らせるチャイムが鳴った。

教室で夕凪と話していたせいか、あまり時間が取れなかったな。まぁ、確認はとれたしよしとするか。


「それじゃあ、教室戻るか」

「あ、うん……」


何か思うところでもあるのか、名残惜しそうに顔を伏せる柳田。

……何か、心残りでもあるのだろうか。

ふと、1つの可能性が思い浮かんだ。


「食い足りないのか?」

「ち、違うしっ……」


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