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13 チンパンジー夕凪

『平凡な高校生』。

俺の生まれた時代――未来における『平凡』とは、進んで武器を取り、敵を撃ち殺し、『天女様』に忠誠を誓う。三度の飯より攻撃戦。物事を考えず、ただ天女様の意思に従い敵を八つ裂きにする。それが平凡。それこそが愛すべき平凡だと、耳にタコが出来るほど聞かされた。これに意を唱えると耳に弾痕が開く。もちろん助からない。世の中は非常なり。


それじゃあ、2018年での平凡とはなんだ?


この時代では、『平凡』の定義が曖昧としている。


だが――先日、俺はインターネットを駆使し、平凡な男子高校生の行動データを入手することに成功した。


「………」


教室の最後尾。窓に面した席が、俺の座っている場所。

『平凡』にはおあつらえ向きの場所だ。


今は2時限目の数学だ。

教壇では、丸眼鏡が特徴的な男性教師の山田が、教科書片手に数学の授業を行っている。喋るたびに唾が飛び、前列の女子が嫌そうに見をよじるのが見える。


彼の講義に、俺は耳を傾けない。それどころか、退屈そうに窓の外を眺めるという暴挙に出た。


そう、これこそが―――俺が入手した『平凡な男子高校生』像だ。


データの出所は、青い鳥のマークがシンボルのSNS。『どこにでもいる平凡な男子高校生あるある』と銘打たれたツイートが情報元だ。

そこには『授業を聞かず、退屈そうに窓の外を眺める奴〜www』と記載されていた。多くの人間がリツイートしてるのをみるに、信憑性は高い。


……学生の本分は勉強らしいが、授業を聞かないことが平凡とはな。この時代では、体制に抗うことが美徳とされるのだろうか。

『平凡』とは難しい物だ。


そんなことを考えながら、ぼんやりと窓の外を眺める。

ここからは、さいたま新都心のビル群が望める。建ち並ぶビル群は、本棚に整然と並べられた文庫本を連想する。


「………」

「おい、岬」

「はい、なんでしょうか」

「なぜ外を見ている。授業に集中しろっ」 

「……それはできません」

「なんだとぉッ!」


耳を傾けない俺に、数学教師は怒号を飛ばした。にわかにクラスがざわつく。


『またキレてるよ山田……』『今朝からずっと機嫌悪いよねー』『昨日、奥さんと喧嘩したんだって』『やばっ、うけるんだけど』『ちょっと、聞こえちゃうって』


ちらりと、黒板に目をやる。そこには『式の展開と因数分解』と、白いチョークででかでかと書かれていた。その下には、展開公式やらがずらずらと書き並べてある。


……馬鹿らしい。


未来の教育過程は、現代のそれと別物だ。

小学3年生までに現代の中学生卒業レベルの教育を施し、実戦部隊配属となる中学生1年生までに2018年の高校レベルの範囲を終了させる。


徹底した全寮制の元、効率的なプログラムを使うことによって、未来では大半の人間がこれに順応し、教育過程を終了する。……最も、歴史や家庭科、道徳や芸術はそこに組み込まれていないが。


このプログラムを終了することで、歩兵科、砲兵科、開発科、救護科……etcの様々な役職への適性を明らかにするのが目的だ。


つまり、この程度の範囲、訓練生だったころにはとうに終了してある訳だ。現代の教育が遅れているのか、はたまた未来の教育が進みすぎているのか。


「自分は、この範囲を完璧に終了しています。なので、意欲的に授業へ参加する必要性が見当たりません」

「黙れっ! その態度が問題なんだ」

「別に騒いでもいないし、大きく体勢を崩している訳でもない。誰にも迷惑をかけていないでしょう。

むしろ、興味も無いのに授業に参加しているふりをする方が道徳的に問題があると思いますが」

「なんだとぉ……?」


一世紀前のチンピラを連想させる恫喝。


「それと、黒板のそれ……四次式の展開。ミスがあります」

「なっ……」


十分ほど前に山田が板書した箇所。(x+y)^4 の展開だ。


「『x^4+4x^3y+6x^3y^3+4xy^3+y^4』

となっていますが、正しくは

『x^4+4x^3y+6x^2y^2+4xy^3+y^4』

です」

「なんだと……」


山田は手元のノートへと、訝しげに視線を落とす。そして、黒板のそれと視線を往復させる。

数秒後、山田の小太り顔は、赤鬼のように染まっていた。


「こっ、これは……意図的なミスだ。お前たちが気付くかテストしてみたんだよ。ははは」

「そうですか……」


言い訳がましい山田の態度に、クラス内でちらほら失笑が起こる。それに気付いた山田は、怒りの矛先を俺から失笑した人間たちへと向かわせていった。


こんな基礎部分……それも、単純計算で求められてしまう展開を間違えてしまう浅はかさ。自分の否を認めない態度。俺の態度より、そっちの方が問題だと思うのだが……口にはしない。面倒だし。


「ちょっと岬君……」


隣の席である夕凪が、小声で話しかけてきた。

昨日の帰りの件もあって、俺は話しかけずにいたんだが……向こうはそんなことを気にしている素振りはない。

少し、安心した。


「なんだ」

「ちょっと言い過ぎじゃない? 山田先生、根に持つタイプだよ」

「正当性はこちらにある。そんなことより……」

「うん?」

「実は、俺も間違っていた。(x+y)^4の答は『444x^4y^4』が正解だ。ノート、書き直しておけよ」 


数学界の人間が見たら発狂して襲いかかってくるレベルの嘘。チンパンジーでももっとマシな回答をすると思う。


「えっ、そうなのっ? わかった、書き直しておくね」


ギャグのつもりで言ったんだが……夕凪はいそいそとノートに消しゴムを走らせた。


「信じた、だと………?」

「ん?」

「いや、なんでもない」


……一番問題なのは、夕凪の頭かもしれない。

こいつ、どうやってこの高校に合格したんだ……?


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