表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

11 宗教組織より

7時を回った秋葉原駅は、人でごった返していた。仕事帰りのサラリーマンや、中国語を話す観光客。果ては、派手な民族衣装を着た人間――コスプレイヤーだっけか――までもが、我先にとホームへの階段へ殺到していく。

いつ見ても凄い光景だ。祭りでもイベントでもなんでもない日にも関わらず、ここまで活気があるなんてことは、未来では考えられない。

現代に来てから、幾度と無く目にした光景だが……未だに慣れることが出来ない。


そんな光景を横目で流しながら、ホームを降る。ホームに向かう人が殆どなのか、下りのエスカレータには、俺と夕凪以外、人はいない。


「ん、何か珍しいものでもあった?」


構内を見る俺の様子に気付いた夕凪が、問いかけてくる。


「強いて言うなら、全部」

「???」


小さなお目々をぱっちりと開いて、困惑する夕凪。


「わからんでもいい」


それを放っておいて、電気街口の改札へ向かう。



改札を出ると、これまた人、人、人―――重機関銃から排出された薬莢を連想するぐらい、人だらけだ。


「それじゃ、またねっ」


夕凪の家は、俺とは逆方面だ。神田川を跨いだ向こう側―――岩本町に住んでいるらしい。


「いや、ちょっと待て」

「どしたの?」


秋葉原駅を南に抜け、歩き出そうとした夕凪を呼び止める。


「家まで、送ってこうか」

「えっ。どうしたの、急に」


宝石のような瞳を見開き、驚いた様子で俺を見る。


「……ダメか?」

「べっ、別にいいんだけど……なんで?」

「『人付き合いを円滑にする50のメソッド』に、こうすれば女性はイチコロだって書いてあった」

「雰囲気ぶち壊しだよっ! なんで口に出しちゃうのかなっ!?」


そういえば、イチコロってどういう意味だ。

イチコロ……一殺?

あぁ、一撃で殺せるのか。なるほど。便利だ。

見たところ夕凪は死んでいないから、肉体的な死ではないのかもな。となると精神か、社会か。


「……お前、生きてるか?」

「ご覧の通りピンピンしてるよっ!」

「そうか……」


どうやらあの本は、嘘をついていたらしい。



なんやかんや言いながらも、夕凪は同行をOKしてくれた。

万世橋の上を、夕凪と並んで歩く。下に流れる神田川に目をやると、水死体のようにビニール袋がぷかぷかと浮いていた。


「いい、岬君。あぁいうことは、口せず隠しておくことっ」

「嘘はよくないだろ」

「時には嘘も必要なの、わかったっ?」

「………」


平穏な時代でも、嘘が必要だなんて。人と嘘っていうのは、離れられないモノなのだろうか。

そんなことを考えながら、ゆっくりと歩を進める。

そんな時だった。


「あのぅ、お時間よろしいでしょうか」

「……ん?」


しゃがれた声に、枯れた細枝の様な腕。喪服の様な、独特の服装に見を包んだ老婆が、そこに立っていた。

右の夕凪に目をやれば、彼女も同じように声をかけられていた。細身の体に、こちらも黒を貴重としたスーツ。オールバックに整えられた金髪が特徴的な男だ。


「何の用ですか」


一応、敬語で答える。 


老婆は、ヒビだらけの腕を鞄へ入れる。そこから名刺を取り出した彼女は、俺にそれを手渡してきた。


「私、このような者です。よろしければ、少しだけ、お話を聞いていただけないでしょうか」


黒と白の入り交ざった、スピリチュアルなデザインの名刺。どうやら、宗教関係の勧誘らしい。

そこには、老人の名前と――


「っ……!」


名刺に書かれた文字を目にした瞬間、背筋が凍った。

冷や汗が頬を伝う。心臓を鷲掴みにされ、ぎりぎりと締め付けられる感覚。


「夕凪、行くぞっ!」


考えるより先に、体が動いていた。


「えっ……ちょっ、どうしたのっ」


夕凪の手を引っ掴み、その場から駆け出す。なりふり構っていられない。

ちらり、と後ろに目をやる。老人と、もう一人―――スーツに見を包んだ、金髪の若い男性――は、こちらを凝視している。死んだ人間を彷彿とさせる、くすんだ瞳で。

こちらを追ってくる様子は無いようだが、俺は立ち止まらなかった。

すくみそうになる足をを奮い立たせて、その場を後にした。

暗く濁った瞳が、いつまでも俺を見ているようで―――背中には、チクチクとした感覚が残っていた。


―――


『天上真理の会』。

1984年に発足。仏教、イスラム、キリスト。そのどれとも違う中心教義を持ち、『天女様』と呼ばれる、独自の神を崇める新興宗教。2018年現在の入信者数は50万と少し。

そして、来る未来での入信者は―――1億人。

日本国民、全員だ。


「……はぁっ、はぁっ」


逃げ込んだ路地裏は、街灯一つない。敷き詰められた建物の隙間から、薄い夕陽が漏れているだけだ。

煤だらけの壁面にもたれかかる。


「どうしたの、岬君………」

「……少し、走りたくなってな」

「嘘つかないでよ」

「……」

「ねぇ、あの人達が、どうしたのっ?」


心配した様子で、問い詰めてくる夕凪。困惑と心配がない混ぜになった表情だ。

答えられるわけがない。彼らの未来と、俺の素性はイコールだ。

仮に、すべてを話したとしよう。彼らは未来の日本を支配する組織で、俺はそいつらの兵士だったと。

俺は頭の残念な人間として認定され、平凡な日常とオサラバすることは容易に想像がつく。

だから話さない。


「………」

「ねぇ、ねぇ、教えて。黙ってちゃ、分からないから」


ふと、違和感。

どうして目の前の夕凪は、こんなにも焦っているんだ?

俺を心配して、だろうか。いや、それは道理に合わない。友人の様子が少しおかしいぐらいで、ここまで取り乱すようでは、学校生活はままならない。ましてや、クラスの中心人物である彼女ならなおさらだ。

俺ではなく、夕凪――彼女が、『天上真理の会』に過剰反応している。状況証拠だけで判断すると、そう思わざるを得ない。

………いや、考え過ぎか。

頭に浮かんだ考えを打ち消す。

地面に落としていた視線を上げ、夕凪に向き直る。


「今は、話せない」

「……どうして」

「平凡な学生生活を送るため」

「答えになってないよっ」

「なってる」

「なってないっ」

「なってる」

「なってにゃっ……ないよっ」


無限に続くかと思う程の押し問答。戦争を終わらせたのは、彼女の滑舌だった。


「噛んだな。俺の勝ちだ」 

「ちょっ、意味わかんない勝利宣言しないでよっ」

「家、もう近いだろ。じゃあな」

「ちょっと―――」


わめく夕凪から逃げるようにして、路地雨を後にする。

後ろは振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ