10 岬君アンケート
3日ぶり(?)の投稿です。
実は書き溜めが底を尽きまして、投稿のペースが落ちそうです。すみませぬorz
4月19日、水曜日。時刻は5時きっかり。
天気は晴天なれども波高し。まぁ、海行ってないから知らないのだけれども。たぶん高波なんじゃないか?
「……という訳だ」
5畳もない狭苦しい教室に、俺の声が響く。
柳田の誤解。昨日の放課後、それを解いたこと。そして、クラスメイトとして打ち解けることが出来たこと。
いつもの空き教室で、俺は昨日の事の顛末――柳田との和解――について、夕凪に話していた。
「ふふふふ……」
それらを聞いた夕凪は、不敵な笑みを浮かべた。何故だろう、とても腹がたつ笑いだ。
「……なんだ」
「そちらは上手く行ったようだね……」
そちらってどっちだ。俺か、俺なのか?
「それで夕凪、今日の反省会なんだが……」
「まぁそう急ぐな、私も昨日のことで話がある。ふはは」
「なんだ? 夕凪はカラオケに行ってたんじゃないのか」
「渚君。まさか、君が必死になって柳田さんを追いかけてるのに、私がカラオケで遊び呆けてると思っていたのかね?」
「あぁ」
「それは心外! 正直過ぎるよ!」
不敵な笑みは瞬時に剥がれ、ぴーぴーと抗議する夕凪。いや、抗議よりわめくという表現がしっくりくる。
よかった。10秒で化けの皮が剥がれる辺り、いつもの夕凪らしい。
「それで、結局お前は何をしたんだ」
さっきの不敵な笑みが気になって、問いかける。
すると夕凪は、待ってましたと言わんばかりに表情を明るくした。
だが……
「それが人に聞く態度かな?」
また、ふざけた口調。
だからそのキャラはなんなんだ。教えてくれ。
「……教えてくれ、頼む」
「ふふふ……聞きたいか?」
ぶっちゃけると腹がたつ態度だが、話がある以上、反抗する訳にもいかない。ここは素直に、彼女に従うことにする。
「あぁ、聞きたい」
「ふふふふふ………やっぱりひ・み・つ」
……は?
「………」
「ふふふ……うぇっ!? やめて、回転しないで! 私は駒じゃないよっ!」
この前と同じように、脇を掴んで回転しようとしたが………すんでのところで振り払われた。
息を荒くした夕凪が、俺から逃げるようにして元の椅子へと座る。そして、俺を抗議の視線で睨む。
「私のこと、回すの禁止! あと持ち上げるのもダメっ!」
「じゃあ焦らすな。早くしてくれ」
「ぐっ……仕方ないなぁ。じゃーん! 『同級生3人に聞きました!岬君の印象アンケート その1』!」
高々と掲げられるノート。B5サイズの、どこにでも売っている、ブルーのノートだ。
というか、その1て。2もあるのか?
「……なんだそれは」
「言葉通りの物だよ。一緒にカラオケへ行った女子達に、それとなく岬君のことを聞いてみたの」
夕凪はペラペラとページを捲り、その内容を読み上げていく。
「まず1つ目。『顔はイケメンなんだけど、表情が怖い。絶対人殺したことあるよね。殺人犯』……だそうです」
「ぬっ……」
恐らく……というか、絶対に推測なんだろうけど、実際に人を殺したことがある以上、なんて反応すればいいのかわからない。思わず反応に詰まってしまう。
それを悟られないよう、平然を装って窓の外に視線をやった。
今日は部活動が休みらしく、校庭には人っ子一人見えない。
というか、殺人犯は余計じゃないか?
表情のことだけでいいだろ。くそう。
「そして2つ目!『めっちゃ勉強できるけど、ちょっと天然入ってるよね』とのこと!」
「天然……? 俺は文化人だぞ。天然なんかじゃない」
「そういうところが天然なんだけど……まぁいっか。気を取り直して3つ目!」
「???」
疑問に思う俺をよそに、ペラリ、とページを捲る夕凪。
「『あいつ絶対神奈のこと好きだよね』……だそうです! どうですか岬君。照れなくてもいいんですよっ! 白状しちゃいなさいっ!」
「あぁ、好きだが」
「ほれほれ、どうした岬―――ふぇっ?」
「? 聞こえなかったか」
「い、いや、そういう訳じゃ――」
「好きだと言ったんだ」
何故か夕凪は動揺しているが、嘘などついていない。
これは嘘偽りない、俺の本音だ。
ただのクラスメイトだった俺に、放課後の時間を割いてまで面倒を見てくれる。わざわざ同級生と遊んでいる時ですら調査を行ってくれたんだ。
いくら現代に疎い俺でも、この行動が当たり前のことじゃあないぐらい、考えがつく。
弱者に対して救いの手を差し伸べる。それは、未来で俺が出来なかったことだ。命令のまま、弱者であるレジスタンスの命を奪ってきた俺は―――彼女に、夕凪に、憧れているのかもしれない。
好きになる理由はあれど、嫌いになる要素は0だ。
「う、うぅ……それはズルいよっ!」
「本音を言ったまでだ。ズルどころか、正々堂々としているだろ」
「そうだけど……そうじゃないんだってば!」
どっちだ。これも、俺と彼女の価値観の差が生じさせるエラーなのか。
いくら考えても、答えは尻尾すら見せない。なんとも気持ちの悪い感覚だ。
「そうじゃない……? じゃあなんだ、教えてくれ」
「あ、あーっ! もうこんな時間、帰らなきゃ!」
勢いよく立ち上がる夕凪。古びた椅子が、ガタリと音をたてた。
「時間……? まだ4時代じゃないか」
「今日は用事があるの!」
「へぇ、そうか。それじゃあ、俺も帰るとするか」
――
「方面同じってこと、忘れてた……」
「ん、何か言ったか?」
「別にっ。何も言ってないしっ!」
「そうか……」
幻聴だったか。もしかすると、現代にきてからストレスが溜まっているのかもしれない。
学校を出た俺たちは、京浜東北線で秋葉原駅に向かっていた。この時間帯になると仕事上がりの人間が増えるのか、スーツに見を包んだ人間がかなり見受けられる。それでも、朝の混雑に比べればなんてことない量だ。
運良く空いていた座席に、俺達は並んで座っている。
「それにしても――」
夕凪が口を開く。しかし、彼女の視線は車窓に投げられていて、どことなく距離を感じさせる。心ここにあらず……の一歩手前みたいな感じだ。
「君には、恥じらいって物が無いのかなぁ」
「人並みにはあるつもりだが」
「はぁ……」
呆れたようにため息をついた夕凪は、こちらに視線を向けてくる。
やはりその視線には、呆れが籠もっているような気がする。
「だってさ……躊躇いもなく『好き』とか言える高校生、あんまりいるもんじゃないよ?」
「……そうなのか?」
「そうなのっ。平凡な高校生っていうのは、みんなに嘘をついて。時には自分にすら嘘をついて生活してるの」
「……理解できない」
自分に嘘をつくなんてこと、俺には想像が出来ない。
「……それはきっと、君が強いからだよ」
強いって……肉体的な意味で、か? 確かに俺は、苛烈な戦場で暮らしてきてた。肉体の鍛錬も怠らなかったし、生き抜く為に身につけられる術は全て身に着けた自身はある。
それらが、『平凡』を理解できないこととどんな関係があるのだろうか。
「あ、筋肉とか、肉体的な意味じゃないよ」
俺の心象を感じ取ったのか、夕凪が訂正する。
やはりエスパーか。
「心……そう、君の心」
「心が、強い?」
「うん。付き合いの短い私でもわかるぐらい、岬君の心は強い。そう思う。じゃないと、柳田さんのことを追いかけて、誤解を解くなんて一日じゃできないもん」
「それは普通の――平凡な高校生とは、違うのか?」
「だいぶ違うかな……ふふっ」
夕凪は目を細め、可笑しそうに笑った。そこに侮蔑的な意味合いは感じられない。人当たりの良い、彼女らしい笑みだ。
なのに、釈然としない感じがあるのは何故だろうか。
気のせいかもしれない。ただ、今の彼女の笑みは、何かを懐かしみ、その何かを悲しんでいるような。その笑みは、俺に向けられたモノではなくて、まるで彼女自身に向けられているような。
そんな気がした。
「お前は……」
秋葉原駅の付近まで来た電車は、機械的なアナウンスと共に速度を落とす。レールの奏でる単調なリズムが、息を吐き出すように細くなっていく。
「夕凪は、どっちなんだ。強いのか?」
「……私は、普通の高校生だよ。みんなに嘘をついて、その嘘を隠す為、また嘘をつく。本当の心を厚いメッキで上塗りして、そのくせ息苦しそうにしている。どこにでもいる、女子高生」
そう言った彼女の瞳は、さっきと同じく車窓に向けられている。そこには、なんの変哲もないホームがゆっくりと流れているだけだ。なんの意味も持たない、代わり映えしない景色。
それを眺める夕凪は、どこか悲しげで―――
「秋葉原、着いたよ。降りなきゃ」
「……お前って、詩人の才能あるよ。メッキて」
「こういう時は茶化さないのっ、もうっ!」
失礼な感想に抗議する夕凪に、さっきまでの雰囲気は感じとれなかった。いつもの明るい『夕凪神奈』がそこにいて、さっきの姿は欠片も見えない。
彼女に引かれるようにして、俺は電車を降りた。




