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1 扉と対人地雷は夫婦

初投稿です。

楽しんで頂けた幸いです。


目の前には、扉がある。

何が待ち受けているか分からない、扉が。


‥‥‥いや、文学的な表現とか、心情の比喩とか、そういうモンじゃないぞ? ただ、ありまま目に写ったモノを描写すると、そうなるってだけで。


改めて、目の前の扉を注意深く観察してみる。

木製と思われるボディに、真新しい純白の塗装。ぽっかりとへこんだ金属製の取っ手。

うん、この国の学校で標準とされている『引き戸』であることは間違いないだろう。


「『何が待ち受けているか分からない』とか言ってるけど、結局ただの扉じゃねぇか。死ねよ」


と思った、そこのお前。

甘い、甘すぎる。

仮に、お前が戦場に出たとしよう。お前は手柄を立てることに執着する余り、引き際を見失い、敵陣に孤立。せめてもの抵抗として、銃弾を撒き散らそうとするが弾切れ。代わりに小便を撒き散らしながら息絶えることになるだろう。うん。


‥‥‥そんなことはどうでもよくて。

市街戦において、扉というのは効果的なトラップポイントとして使用されてきた。対人地雷やワイヤートラップ、etc‥‥‥ありとあらゆる罠が集結する場所、それが扉。英語でdoor。


――ぐっ、と。


扉と目がくっつくんじゃないか、と思うほど、眼球を取っ手に近づける。

築年数がそれなりに経っているからだろうか。鉄特有の金属光沢は失われ、マットな質感だけがそこにある。取っ手として使われていたせいか、細かいキズもちらほら見える。


「‥‥‥よし」


感圧式センサの類は仕掛けられていない。毒の類も塗られてはいないようだ。

よし、これで開いてもOKだな――なんて、そんな訳ない。

すっ、と体を落とし、床に伏せる。

艶のあるリノリウムがひんやりとしていて心地良い。火照った体を、ゆっくりと冷やしてくのを感じる。

床とドアに僅かに開いた3センチ程度の隙間から、向こうの空間が覗ける。

罠の類を確認するため、イモリのように体をスライドし、ドアの端から端までを何度も確認する。その姿、まるで生けるカーリングストーン。


「よし、クリア」


見える範囲では、罠の類は仕掛けられていない。

やっと、50%の安全が確保できたことになる。

次は室内の確認だ。

床に伏せたまま、扉の向こう側の音を確認しようと耳を澄ませ――


「‥‥‥何やってんの」


――背後から、声がした。


(なっ――迂闊だった!)


己の迂闊さを悔やんだ。

扉の安全確認に集中する余り、背後から近づく足音に気がつけなかった。

こんなミス、新兵でもしないぞ。


心臓がバクバクと警鐘を鳴らし、油汗が額に浮かぶ。脳裏では、危険を知らせるレッドランプがぐるぐると回転を続けている。

今の俺は、地面に伏せている。つまり、起き上がって攻撃を仕掛けるまでにラグが生じる。

戦闘において、1秒のラグが勝敗を分けることはザラだ。体制を整えようとも、その隙を突かれて敗北する未来が見える。


クソっ‥‥‥この勝負、俺の負けだ。


「‥‥‥何が、目的だ」

「目的、目的ねぇ‥‥‥」

「くっ……いっそ殺せっ!」

「それはむりかなぁ。目的、目的かぁ」


考え込むような声。

女子っぽさに満たされた、あどけない声だ。

だからといって油断できない。女子だとは言っても、訓練を積みさえすれば筋肉ダルマの大男を殺すことも可能なのだから。


「強いて言うなら‥‥‥」

「あぁ」

「教室入りたいから、そこ、どいてもらえるかな。岬君」


名前を呼ばれ、思わず振り返る。

肩まで伸びている栗色の髪。宝石のような虹彩をやどす瞳に、すらっとした肢体。夕凪 神奈。俺――岬 凛――と同じ1年B組に所属する女子高生。


現代風に言うと……スクールワースト……カーストだっけ? の上位に位置する彼女だが、なんやかんや、色々、かくかくしかじか、云々あって、俺みたいな訳有と交友関係を持っている。


表情こそ笑っているが、彼女の瞳には怒りが宿っている気がした。


「ねぇ、どいて」

「それは、出来ない」

「‥‥‥なんで?」

「安全確認が済んでいないからな。扉を開けたら対人地雷が待ち受けている可能性もある」

「はぁ‥‥‥」


神奈の口からため息が漏れる。こんどは呆れているようにも見える。

‥‥‥何か嫌なことでもあったのか?


「悩みでもあるのか? よかったら、相談に乗るが」

「悩みに絶賛直面中なんですけどぉ‥‥‥」


直面中‥‥? つまり、その悩みは現在進行形な訳か。

彼女と出会って日は浅いが、肉体・精神的な特徴はある程度把握出来ている。

思考する。『肉体・精神的特徴』というピースを、『彼女の悩み』という型にはめ込んでいく。


性格――については、考えるだけ無駄だ。出会って日が浅い以上、心の闇を知っている訳じゃない。これは可能性から除外する。

次は身体的特徴だ。

顔の造形――は、考えるまでもない。くりくりした瞳。あどけなさの残る童顔。同学年のみならず、この学校でもトップクラスだろう。

となると、問題となるのはスタイル。中学生と見間違える程の幼児体系を持つ彼女だ。それをコンプレックスに思っていも不思議ではない。

それを細分化して、一つ一つのパーツとして考えていくと‥‥‥‥?

‥‥‥。

‥‥‥‥‥‥。

‥‥‥!


「‥‥‥なるほど、身体的特徴の悩みか。安心しろ、いつか胸は大きくなる」

「違うしっ! 別に気にしてないからっ!」

  

なっ‥‥‥外した、だと。

かなり的を得た推理だと自負していたのだが‥‥‥どうやら違ったらしい。


「って、あぁもう‥‥‥」


不意に出た神奈のヒステリックボイスに、廊下を歩いていた生徒達が歩みを止めるのが見える。


『またやってるよあの2人‥‥‥』『神奈も物好きだよねー』『でも、案外楽しそうじゃない?』『そうかな』『そうよ』『そうだねー』


気の抜ける、女子校生二人組の会話。どうやら話題は俺たちについてらしい。

‥‥‥俺、なんかやっちゃったか?


「とにかくっ、こっち来てっ!」

「まて、俺は教室に用がある。俺の学生鞄を回収するという目標が‥‥‥」

「つべこべ言わないっ!」

「ぐぬっ」


襟首を鷲掴みにされ、ズリズリと廊下を引き摺られていく。ドナドナド‥‥‥ぐぇっ、首が痛い。


――


時刻は4時半。

『学校』では、この時間を放課後と呼ぶらしい。

今、俺のいる部室棟からは、校庭が一望できる。

夕日に照らされた校庭では、陸上部と思わしき人間達が掛け声を上げながらランニングを続けているのが目に入った。

必死に走る彼らを見ていたら、昔にやった行軍訓練を思い出してウルッときた。

辛かったなぁ、30キロ連続行軍。


「足裏のマメ、痛かったなぁ‥‥‥」

「ちょっと、聞いてるの!?」

「あぁ、行軍訓練の話だろ。30kmは思ってるよりも辛いぞ。序盤は楽なんだが、15kmを越えたあたりから‥‥‥」

「そんな話してないよっ! やっぱり聞いてないし‥‥‥」


拗ねた声を出し、机を叩く夕凪。


「キャンキャンと大声を出すな。頭に響く」

「君ねぇ‥‥‥! 誰のせいだと思ってるのっ!?」


寛大な彼女といえど、キレることはあるらしい。

小さなお手手が、バンバンと学習机に鞭を打つ。反動で年季が入ったイスがグラグラと揺れ、ちんまい夕凪は危うく倒れそうになった。まさしく自業自得。すごく間抜けだ。


「すぐ『誰のせい』だの『お前が悪い』だの‥‥‥。責任の所在を求める姿勢は関心しないぞ。戦場では0点だ」

「ぐっ‥‥‥あぁ、もういいよ!話を戻すけどね‥‥‥」

「あぁ」

「君がさっき、教室の前でやってた行動。あれはなんなの!」

「だから、さっきから何度も言っているだろ‥‥‥。安全確認だ」

「それもさっき聞いたよ! でもね、学校で安全確認なんかをする必要はないの!」

「なっ‥‥‥もし、扉の先に対人地雷が仕掛けらていたらどうするつもりだ!? その油断が死に繋がるんだぞ!」

「あのさぁ‥‥‥前提から話す必要があるみたい」


どうやら、俺の熱弁は届かなかったらしい。冷却剤のように冷え切った夕凪の態度が、俺の心を萎めていく。

そして夕凪は、宝石のような双瞳で、真っ直ぐに俺を見つめ‥‥‥


「日本において、学校に対人地雷が置かれてる可能性は0%! 前例は一件もない!」

「!?」


衝撃的な事実を、俺に突きつけた。


「ワイヤートラップなんて持ってのほか! 」

「!? ‥‥‥!?!?」


脳が揺さぶられる。


「感圧式センサなんて、聞いたこともなかった!」

「!?!?!!!?!?」


短機関銃のように、事実を突きつける神奈。

今までの『常識』『価値観』を、スレッジハンマーでぶち砕かれた気分だ。


額から汗が溢れる。極度の衝撃で、口の中の水分が失われ喉がじくじく痛みだす。

たまらず手元のコップを掴み、水を流し込んだ。


「っ‥‥‥ぷはぁっ」

「‥‥‥その様子、相当驚いているみたいね」

「ぐ、具体的なデータはあるのか。お前の発言だけでは、客観性に欠ける」

「‥‥‥例え話。あなたが道を歩いていると、少し先から女の子が歩いてくるの」

「年齢は? 身長は? 髪型は? 体型は?」

「どこにでもいる普通の女子高生よ! しかも最後の関係ないし!」  

「普通‥‥‥普通の女子高生ってなんだ?」 

「そんな哲学的な話はいいの! むきー!」


そう言って神奈はヒステリックな癇癪を起こす。叫び声に合わせて、栗色のツインテールがぴよぴよと上下運動を繰り返している。

‥‥‥騒がしい女だ。


「‥‥‥話を戻すわ」

「あぁ」

「それであなたは‥‥‥すれ違う女の子が、突然ナイフを握って襲いかかってくることを念頭において行動してる?」

「してる」


即答する。

当たり前だろ。

常在戦場の心構えでいるのは基本中の基本だ。

‥‥‥ちなみ、一番多いパターンはナイフではなくて拳銃だが、それは言わないでおく。

するとなぜか、夕凪は頭を抱えて俯いた。


「ごめん、例えが悪かった。そうね‥‥‥隕石が突然降ってくることを考慮して生活してる?」

「それは‥‥‥してないな」

「そういうこと。この日本において、校舎に対人地雷が仕掛けられている確立は、隕石が落ち来るより低いの」

「!?!!?」

「相当驚いているみたいね」

「当たり前だ。こんなに俺と現代人で常識の差があるとは思わなかった…!」

「これが現実よ。っていうか‥‥‥」


「あなたのいた地域では、そういうのが日常茶飯事だったの?」

「‥‥‥」


言葉に詰まる。

そんな俺の様子を見て、しまった、という様子で、夕凪も口をつぐんだ。


「ご、ごめん。聞かない約束だったのに」

「‥‥‥知りたいか」

「そりゃ、やっぱ聞きたいけど‥‥‥無理にとは言わないって」

「じゃあ聞くな」

「うん……わかった」


そういって夕凪は、マグカップに注がれたコーヒーを啜った。気になっている様子だが、それ以上追及はしてこなかった。

このさっぱりとした性格には、好感が持てる。

俺は夕凪に出自を明かせない。

ただ『アメリカにいた』としか伝えていない。もちろん、他のクラスメイトにもだ。

出自を明かせない理由?

ちらりと、窓際に置かれた電子カレンダーに目をやる。


『2018年 4月 17日 月曜日 4時50分』。


そんなことは単純明快だ。

俺がこの時間軸の人間じゃあないから。

それだけだ。

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