6. 森に来たマーメイド
「エルフとマーメイドって、あんまり接点がないと思ってたんですけど……」
「確かに棲んでる所もかなり違うしねー。でも逆に言えば自分たちにないものを持ってるってことだよ? 知ってると思うけどこの辺は森ばっかりで、森を抜けても大きな海はないんだよね。マーメイドの海のお魚はとってもおいしいんだ~」
「おい貴様、貝を忘れるな貝を。ああ……あのうまみとダシ……」
あれから俺たちはマーメイドを迎えにエルフの住処の入り口に向かっていた。ロリカルテットはどこかへ遊びに行って今は4人である。
なんでもエルフとマーメイドは結構仲が良く、定期的にお互いの棲み処を訪れて交流を行っているのだそうだ。その際にそれぞれの地の特産品を交換してお互いにとって貴重なものを手に入れているのである。互恵関係だっけ。
「貝は身を食べるだけじゃなくって殻も何かと便利なのよね~。こっちからは主に薬草とかキノコなんかを提供しているのよぉ」
「なんかいいですねそういうの。お互い本場のものをゲットできますし。ところでエルフは菜食主義じゃなくてガッツリ動物も食べるんですか」
「当たり前だよ! あんなにおいしいものを食べないなんて人生の半分は損してるよ!」
「動物にしか含まれないような栄養素も存在するのだから、栄養面からも食べる方が理に適っているな」
この人たちは結構グルメなのかな? これほど熱意がこもった言葉を2人から聞くのは初めてだ。ここまで言われると流石に気になってくる……マグロにサーモン、エビイカホタテ……あっめっちゃ食いたくなってきた。
そんな感じで各々海の幸に思いを馳せていると、次第にエルフの住処の入り口が見えてきた。向こう側にはやっぱり暗くて不気味な雰囲気の森が広がっていて、その中から現れたのは優雅に泳いでいる人魚――ん? んんん!?
「来た来た。迎えに来たよー」
「ぷはっ。あら皆さん! お久しぶりです。ええと、そちらのお口をあんぐりと開けなさっているお方は……?」
「うふふふ。異世界人のコウちゃんよぉ。この子、実はホモサピなのよ~」
「あらあら本当に!? ホモサピの子なんて初めて見ました……あ、わたくしマーメイドのキュカと申します」
「あ、はい、ホモサピ? のコウです。え、これ、本物の水ですか?」
「そうなんですよ~。わたくしたちマーメイドは水中に棲んでいるので、陸に上がる時はこのように魔法で水をキープしておくんです。形もある程度自由に変えられるんですよ」
そう。人魚がどうやって陸上を移動するのかと思ったら、この人は直径2m高さ2m程度の円柱状の水塊の中を泳ぎながらやってきたのだ。水塊の動きはマーメイドと同期しているようで、ぱっと見高速で移動する巨大なスライムにマーメイドが入っている感じだった。しかも水の底面は土と接しているはずなのに、水塊の中に不純物は一切みられない。
水棲生物は陸上で生活できないという先入観をぶっ壊された。なんでもありかよ……
あといくらなんでもホモサピて。こっちでは日常的に使う言葉かもしれないけども。
「まあ、エルフの森に来るまで水塊を持続できるのはマーメイドの中でもキュカくらいだがな。キュカ、いつものは倉庫に置いてあるぞ」
「それなんですけど……今回は根無し草もお願いしたいんです」
「根無し草? 一体どうしたの?」
「実は今、あらゆるところで大気中のマナが不足していて……それで思うように魔法が使えなかったり、マナ切れを起こしやすくなったりしているんです。なのでひとまずある程度根無し草をストックしておいて、適宜マナを摂取することで当分は凌ごうかと」
「マナ不足なんて珍しいこともあるものね~。何か異変でも起こったのかしら~」
「一旦倉庫にある根無し草の量を確認してくる」
ちなみに俺はさっきから置いてけぼりで全く話についていけていない。魔法を使うのって体内のマナを制御するんじゃなかったっけ? あと根無し草って比喩じゃなくて本物の草なの?
「そんなにストックはなかった気がするし、多分森に採りに行かないと……あっコウくんゴメンね、放ったらかしにしちゃって。魔法を使うには大気から取り込んだマナがいるんだけど、その大気中のマナが足りないみたいなんだ。で、根無し草っていうのは地中から出てきたマナの塊みたいなもので、その名の通り根っこがないんだよ」
「ああなるほど、その根無し草から直接マナを摂取しようってわけですね」
「あら、理解が早くて助かるわ~」
エルフさんの説明がわかりやすいんだけどな。催促しなくても知らないところを的確に教えてくれるし、やっぱ頭が切れそう。
ちょうど倉庫に在庫を確認しに行ったエルフさんが大きなザルのようなものを持って戻ってきた。変わった形の草が少しだけ乗っかっている。
「倉庫にはこれだけしかなかった。やはり森に採りに行くしかないようだな」
「想定はしていましたが、根無し草を採取するとなると中々手間ですね……」
「? これって結構目立つ草じゃないんですか?」
「あら、コウちゃん実はね~……この二つ、一見同じように見えるでしょ~?」
「ええ、そうですね」
おっとりエルフさんがざるに乗っていたものを二つ手に取る。数十cmはある長い茎のうちの先端からいくらかが巻き込んでいる形になっていて、ぐるぐるの中心には紫色の花がちょこんと控え目に咲いている。形の雰囲気はゼンマイだったかに似ているだろうか。
「……あれ、片方の草には根っこがありますね」
「せいか~い。こっちは根有り草っていうよく似た別物でね~? こっちの方が森にはたくさん生えてるから、根無し草を探すときにいつも邪魔になるの~」
「しまった、根有りが混ざっていたか……まあ、このように一度紛れ込むと判別が難しい厄介物なんだ」
「確かにこれは……そうだ、根無し草ってマナが豊富に含まれてるんですよね? 採取するときにマナの反応を確かめる、みたいな方法は使えないんですか?」
「それも効果的じゃないんだ。根無し草のマナは根元部分にぎゅっと詰まってるんだけど、根有り草の根元の周りにもマナが集まってて中々区別がつかないんだよねー。直接触れば流石にわかるけど、それだと採取して根っこを確認するのとあんまり手間が変わらないし」
「結局うまいやり方はないってことですね……」
根有り草……お前はなんで根無し草と同じような形質に進化したんだ? ここまで来たら完全に俺たちへの嫌がらせじゃないか。真似ばかりじゃなくて自分の個性を伸ばせ個性を。それか真似するのなら中身のマナまで完全にコピーしてくれ。それもできないなら絶滅しろ。
「せめてにおいが同じでなければ楽だったのですが……」
「そうそう、これを探すときに一番辛いところだよねー」
「……またにおいですか?」
「見た目が判別しにくい草は沢山あるんだが、基本的ににおいで判別できるから選別にそう苦労することはない。ただしこれらは例外でな……嗅覚という重要な情報源があてにならないのは痛い」
種族といい性別といいこの人たちはやけに嗅覚を頼りにしているようだ。『人間では視覚による情報の認識が8割を占める』なんて話をどこかで聞いたことがあるが、この人たちはそれほど情報源を視覚に頼っていないのかもしれないな。もしかすると視覚以外の五感は全て俺より優れている、ということも?
「まあ、結局採りに行くことは決定事項なんだから、早速根無し草を採りに行こうじゃないか」
「ありがとうございます。ですがその前にコウさん、ちょっといいですか?」
今一番根無し草を求めているはずのキュカさんが採取を差し置くなんて一体何事だろうか。本人は何故か膨れっ面になっている。
「コウさんは何故、そのように一線を引いたような口調をなさるのですか?」
「えっ? いやそれはキュカさんも同じようなものじゃ……」
「わたくしのこれは個性だからいいんです。あなたのそれは普段のものではありませんよね?」
「ま、まあ……」
「コウさん、試しにこの子たちの名前を言ってみてください」
改めて言われると、そういえばまだエルフさんたちの名前は訊いてなかったな。この世界について教えてもらうばっかりで名前を訊く感じの流れじゃなかったし……あれ、でもこっちの名前は訊かれた気が。
「やはり訊き忘れていましたね。そのような口調だからこうなるのです」
「流石に口調は関係ないんじゃ……」
「ともかく! この世界では自然体でいることが大切なのです。必要以上に丁寧になると、却って強い信頼関係を築けなくなります。わかりましたね?」
「は、はい」
「返事は?」
「はいっ」
「へ・ん・じ・は?」
「えっ!? ………………う、うん」
「よろしい。罰として、今後はわたくしのことはキュカちゃんと呼んでくださいね」
「なんかゴメンねー。知的好奇心が勝って名乗るのを忘れてたかも。まあ折角だし、ボクのことはアーネちゃんって呼んでね!」
「キュカは変な所にこだわりがあるからな……私のことは単にダーラでいいぞ」
「うふふふ、じゃあ私もローザお姉ちゃんって呼んでもらおうかしら~」
「わ、わかりまし」
「コウさん?」
「……わかった。キュカちゃんにアーネちゃん、ダーラとローザお姉ちゃんだよな? よ、よろしく」
敬語を外すのとちゃん付けを強制されるのか……こんな異世界の洗礼もあるんだな。ともかくこれで話はまとまったので、すぐに4人で森へと向かうことに……
「ではお互い打ち解けた記念にスキンシップをしましょう」
「えっ? うわぷっ! ぅはぁっ、キュ、キュカちゃん?」
「参ります……チュッチュッチューッポン! ムチュウッチュチュチュチュチュチュ……ブチュー!」
「ちょ、いきなり何して!? ……あうっ」
「始まったわね~。あんなに強く抱きしめちゃって~」
「キュカがキス魔を発揮しているのは久し振りにに見たな」
「アッツいね~。この調子だと顔中キスマークだらけに……おっ今度はほっぺたを咥え始めた!?」
「み、見てないで助けへ! 食われへるくわえへう!」
「パクッレルレル……ぷあぁっ。ンーマッンーマッ、ン~~~マッ!」
……キュカちゃん、この中で一番急ぎたい立場なんじゃないのかよ……
俺がぐったりしても一向にとどまることを知らない風変わりなスキンシップ。それを3人に見られているこの奇妙な状況は、キュカちゃんが俺の顔を味わい尽くすまでしばらく続いた。