5. エルフたちの基本的な生態
「いや……え? 俺のどこに女要素があるんですの?」
「いや貴様、Y臭がしないだろう!」
ワイシュウ? 収賄……いやこれはシュウワイだ。においだとすると……猥臭? いや勘弁してくれ。
そもそもいくら俺が男らしくなくても、女だと勘違いする理由にはならないと思う。
「ちょっと失礼するわね~」
「あっ! ちょ、はあ!? 何やって、ひうっ」
「ちょ、貴様何を!?」
おっとり系のエルフが突然俺の下着に手を突っ込んでくる。完全に不意打ちだったので手の侵入を防ぐどころか反応すらできなかった。無理矢理手を抜き取ろうにも既に掴まれてしまっており、はずみで大事な所を引っ張られるのが怖くて決心がつかない。
そうやって狼狽えている間にも下半身への攻撃は容赦なく続く。段々と思うように足に力が入らなくなり、もう少しで後ろに倒れるというところでもう一人のエルフに抱きとめられた。体を支えてくれるだけかと思ったら、ノーマークだった箇所に更なる攻撃を加えてくる。
こんなことをされた経験が全くない俺にとってこれらの刺激は既に許容量をオーバーしており、俺の身体は早くも限界を迎えようとしていた。
「確かにキノコがあるわね~。プニプニして……あら~? 大きく硬くなってきたわ~」
「ちょ、おまいい加減にぃぃ」
「これが男の子かぁ。可愛い反応するじゃん。ほーら乳首ツンツン」
「どこがひいっ……あぁもう駄目ええ」
はい。強制賢者タイムです。気持ち良かっ……じゃない、幼気な少年に何してくれてんのこのエルフたち? この人たちどうせ長寿だから年上とかだろ? 子供は大切にしてくれ。
などと心の中で悪態をついても状況は好転しないし自分のだらしない顔は元に戻らない。完全に体重を後ろのエルフに預けて放心していると、いつの間にか下着を脱がされ中身を大勢に見られていた。もはや下着を取り返す気力もなく、俺の体はすっかり見世物と化している。
「出したら元に戻ったわ~。これは本物のキノコで間違いないわね~」
「わ、こ、これがキノコというものか……」
「キノコも可愛いけどボクは乳首も好きかも。クリクリピーンっと」
「んうっく、ふああ」
「こ、こら遊ぶな! とりあえずベッドに運ぶぞ!」
もう好きにして……
◆◆
「いや~ゴメンね? 反応が可愛かったからついつい」
「でも確実な方法があれしかなかったの~」
「結局襲撃の件も勘違いだったようだしな。すまん」
「ああ………………いやまあ、結界を破ってしまったのは事実ですし……その後のことは理解できませんが。そういえばY臭って一体なんなんです?」
あれからどういう経緯だったかは覚えていないが、保健室だか病院だかの一室でいくつも並んだふかふかベッドの一つに横たわっている。何故か裸で。石鹸のにおいがするから、風呂にでも入ってそのままということだろうか。
本当に色々あったのでここらで一息つけるのは素直に嬉しい。俺という平和な世界で生きていた純粋な少年にとって、直近いくつかの出来事は完全に刺激が強すぎた。
「Y臭っていうのは生き物のオス特有のにおいのことだよ。Y染色体ってわかる?」
「あぁ、メスがXXでオスがXYのあれですか」
「そうそう。Y臭はY染色体をもつ個体が発するものでね、ボクたちは基本的にそれで生き物の性別を判断してるんだ」
「なんでわざわざにおいで……」
「実は私たちは種族もにおいで判断してるの~。体表面にある受容体に同じ種族から放出された因子が結合すると、その種族特有のにおいを放つのよ~」
「えっと……要は仲間かどうかがにおいでわかるってことですか?」
「中々理解が早いじゃないか。Y臭も似たようなものだがより限定的で、受容体と因子がオス特有のものなんだ」
急に生物学っぽい話になってきた。こんな話がみんなからすらすら出てくるなんて普通じゃないよな? それともこの世界の種族はみんなそうなのか?
えっとつまり……俺はヒトの男だから、ヒトと接触すればお互いヒトのにおいを発するし、ヒトの男と接触すればお互いY臭も同時に出る。仮に俺が女だったら男と接触しようとお互いヒトのにおいしか出ない、と。なんかフェロモンみたいだな。二段階認証っぽくなってるけど。
「え? でも俺はランズダウン皇国でヒューマンの男の人を見ましたよ。その程度の接触じゃだめなんですか?」
「それなのよね~。普通はそれでもY臭が出るはずなんだけど……もしかしたらヒューマンちゃんはヒューマンじゃないのかもぉ」
「へ~! おにーちゃんヒューマンじゃないの!? 異種姦できるね!」
「!?」
「こ、こらこら貴様たち。あまり騒いではいかんぞ。それに異種姦できるかはまだわからん」
突然騒がしく乱入してきたのは幼女たちだ。4人のロリエルフがぱたぱたと俺のもとへ集まってくる。結果7人のエルフが俺の寝ているベッドを取り囲んでいる状況になった。何かの儀式でも始まりそうな雰囲気だ。
……あれ空耳だよな? いやー俺の心も汚れてるなー。
「乳首当てゲームいっくよー! えいっ!」
「あうっ!」
「次はキノコあてゲームです! とりゃっ!」
「はあんっ……いや何!? この子ら急に入ってきて一体何をしに来たんだ!?」
「ごめんねー。ヒューマンじゃない男の子は珍しいから、この子たちもテンションが上がっちゃってさ」
かなり喜んでるみたいだしたまにはこういうのもいいか、とはならないぞコノヤロウ。流石にこのふれあいはまずい。というかこのロリカルテットやばいぞ。将来が心配だ。
「ふふっ、つれないこと言わないのおにーちゃん。裸の付き合いをした間柄じゃない!」
「わたしたち、あなたの体ならあんなところやこんなところだって知ってますよ?」
「……えっ?」
「体つきががっしりしてたの。抱きついた時の感触が楽しかったの」
「キ、キノコってあんな風になってるのね……か、可愛くなくもないわ」
「こら貴様ら。あんまり困らせるのは」
「おねーちゃんだってキノコガン見してたじゃん!」
「い、言うな!」
……落ち着け。きっとこれは何かの間違いで、みんなして俺をからかっているだけであってくれ。
そもそもそんなことをするシチュエーションなんてなかっただろ。まさか下着を脱がされていたあの場でなんてこともあるまい。風呂にも入ってなかったしな。
ん? 風呂?
「……まさか」
「ごめんね~。ヒューマンちゃん、意識が飛んでたから私たち3人で体を洗ってあげようと思ってたんだけど、この子たちが一緒にお風呂入るって聞かなくって~」
「まあ、キミの体に興味がある気持ちはボクにもわかるからね。手伝ってもらったよ」
いやちょっと待て。全てがおかしい。手伝ってもらうのもそうだが3人で体を洗ってあげる時点でおかしい。もうちょっとこう異性の体を触ることに抵抗感とかないのか? この世界ではこれが普通なのか?
少しだけエルフがどんな種族なのかわかってきた。この人たちは好奇心が最優先なのだ。この旺盛な好奇心があってこその豊富な知識ということだろう。性知識に関しても検閲などはしていなさそうだ。
「というか君ら、俺の体なんて触っても大して面白くないだろ? どうせエルフの男の人とそう変わらないだろうし」
「何言ってるの? エルフに男の人はいないから、ここにいる男の人はおにーちゃんだけだよ?」
「へ」
「やはり知らなかったか。ヒューマンとは違ってエルフは女しかいないんだ。フェアリーやラミアなども含め普通はそうだな」
「なっ、なんでえ?」
「一言で言えば、致死遺伝子の限性遺伝によってホモ・サピエンス由来のオスが絶滅したからだな」
「いやいやいや、人間はホモ・サピエンスでしょ」
「ヒューマンのことなら違うわよぉ。わたしたちエルフを含む大多数の種族は、ホモ・サピエンスと他の種とのジェミクス――大規模な遺伝子の混合ね――を経た上で進化してきたの~。ヒューマンはホモ・サピエンスとは別の種から進化してきたから、私たちとヒューマンは見た目は似ているけどかなり遠縁なのよぉ」
「エルフはミノタウロスともマーメイドとも子供ができるけど、ヒューマンはヒューマン同士でしかできないんですよ、あなた」
話がファンタジーすぎてあれだが……人間型の種族でヒューマンだけが仲間外れってことか。男がいるのもヒューマンだけ、と。子供うんぬんもそういうことか。地球でも近縁種であるイノシシとブタからはイノブタが生まれるけど、ライオンとヤギとヘビからキマイラは生まれないもんな。
というか受容体とかホモ・サピエンスとか言い出すし、俺にはこの世界がファンタジーなのかそうじゃないのか段々わからなくなってきたぞ。
「それよりさ、キミの世界のヒューマン……というかキミの祖先はホモ・サピエンスなの? 間違いない?」
「まあ……祖先というか俺たち自身がホモ・サピエンスって種だったと思います」
「貴様ら喜べ!! こいつを犯せば子供が出来るぞ!!」
「「「「やったー!!」」」」
「ちょっとぉぉぉ!? 子供たち相手に何言ってんですか!?」
「遺伝的に近縁だとほっとするわね~」
「たとえ異世界人でも、つながりを感じると親近感がわくよね」
あ、そういう意図か……いやじゃあ最初からそう言ってくれ。俺がいつかロリエルフたちに襲われても知らないからな。というかキノコに恥じらいを持ってたのになんであんな台詞は躊躇いなく言えるんだ? てかそもそもキノコってなんだよ。
「そういえば~、……ヒューマンじゃないヒューマンちゃんはなんていう名前なのぉ?」
「ああ、コウです」
「アー・コー?」
「コウです! アアは感動詞なので名前じゃありません」
「うふふふ、冗談よ~。コウちゃんは純粋なホモ・サピエンスなのよね~? ということはヒューマン以外の見た目の人型はいなかったのかしら~?」
「そうですね、俺の世界では人間だけです。エルフやフェアリーなど……こっちでは亜人やモンスター娘とか言ったりするんですけど、そういった種族は現実ではなく物語の世界でよく出てくるのである程度は知ってる感じですね。この世界の住民とどの程度特徴が一致しているのかはわかりませんが」
「なるほどね~。ちなみに私たちはコウちゃんのエルフのイメージに沿えた~?」
「割とイメージ通りですよ。耳が長く尖っていて肌は色白、知識が豊富で魔法を使い、森に棲んでいて精霊と関係が深い……って感じですかね。あとは弓を多用したり、物語によっては高慢で人間を見下していたりもしますけど」
「おっ、結構合ってる感じだねー。弓はまあ使えるけどどっちかっていうと魔法を使うし、ヒューマンが嫌いなのはボクたちだけじゃないけどね。あ、勿論コウくんは好きだよ」
「概ね良いイメージのようだな、少し安心した」
「うふふ、コウちゃんに嫌われてなくて良かったわ~」
嫌われてなくて助かってるのはむしろこっちだけどな。妙に好意的な気もするけど。
対照的にヒューマンはかなり嫌われているようだ。ヒューマンは基本的に他種族と仲が良くないのかもしれない。これもよくある話ではある。
「ところでコウくん、この森にちょうどマーメイドが来てるんだけど……会ってみたくない?」
「えっ? でも……」
窓の外を見る。相変わらず綺麗な森だ。そう、森。
「マーメイドって人魚じゃないんですか?」
困惑する俺に対し、エルフたちは不敵な笑みを浮かべた。