4. ファースト・コンタクト
※多少修正。
「このぉ貴様ァ! いい加減この森を襲撃した目的を言ったらどうだ!」
「ヒューマンちゃ~ん? そろそろ正直に話した方が良いと思うわよぉ?」
現在の状況! 複数人に取り押さえられた上に周囲360度を大勢に取り囲まれ中であります!
「君、中々口を割らないねー。もっかい訊くけどお仲間は?」
「いや、だから俺は気づいたらこの森にいただけで――」
「はぁ……こちらとしても、あまり事を大きくはしたくないのだけれど」
正直に話しても誰も聞いてくれないであります! ひどい!
……なんかもうどうしようもないし、現実逃避の一環として俺はどうしてこうなったのかを思い出していた。
◆◆
「――そろそろ時間みたいね。仲間から連絡が来たわ」
「一度フェアリーたちで集まるんだっけか。どうやって連絡を?」
「もちろん魔法よ。上手くマナを制御できればこんな風にも使えるわけ」
悪戯好きなフェアリーに盛大に驚かされてからしばらくの間、俺たちはお互いの素性を明かしあっていた。
彼女曰くフェアリーとエルフは種族間での親交があるらしい。今回エルフの領域で異常があったことを知り、フェアリーたちが森を見回りに来ていたのだそうだ。集めた情報をこれから仲間で共有するとのこと。
「で、あんたはこれからどうするつもり?」
「ここってエルフの森だったよな? 一人で森を抜けられるとも思えないし、そのエルフの所にでも行ってみるわ」
「エルフの住処のあてはついてるの? 闇雲に探しても遭難するだけよ」
「あっ……」
「あんたねえ……ちょっとついてきなさい」
フェアリーに連れられて森の中を歩いていく。樹木の根や草に足を取られないように慎重に足を進めていくが、景色が大きく変わる気配はない。自分たちが今どのあたりにいるのか全く想像がつかなかった。
体感で10分ほど歩いただろうか。一言も会話がなく森の中にいるのが怖くなってきたちょうどその時、ようやくフェアリーが口を開いた。
「あっちを見てみて」
指差された方に目を向けると、今までとは違っていくつもの木々が規則的に並んでいて、一か所だけ間隔が空いている箇所がある。その間隔の両端には先端に青白い炎が灯った高さ10mほどの、地面に近いほど太くなっている二本の柱が佇んでいて、間からは柔らかな光が漏れていた。
「あれは……」
「エルフの住処への入り口よ。中を覗いたらきっとびっくりするわ」
胸が高鳴りに任せて小走りで入り口へと向かっていき、やがて柱の間まで辿り着く。
気づけば俺は視界に広がる神秘的な光景に目を奪われ、我を忘れて立ち尽くしていた。
「ほ……ほあぁぁ…………」
今まで見てきた森の中にあるとは思えない開けた空間。まず目に入るのは視界の真ん中にある規格外の大樹だ。直径は恐らく50m以上はあるし、高さは計り知れないが上空を覆っている枝や葉が雲の高さくらいにあるのでそれ以上はあるだろう。巨大な枝には家や梯子が取り付けられたものもあり、住人の生活と密接な関係にあることは明白だ。
上空を覆う枝や葉の切れ目のいくつかからは明るい光が降り注ぐ。空中をゆらゆらと舞う光の粒や所々に漂っている靄なども相まって、独特の空気感を形成している。
もちろんエルフの居住地である以上は住宅や商店、遊び場などもあって生活感があるが、それでいて自然と調和している不思議な一体感がこの空間を支配していた。
「すごいでしょ? あたしも色んな種族の住処を見てきたけど、エルフのものはトップクラスだと思うわ」
「す、すごいな……想像できる範疇を大きく超えてたわ…………この世界に飛ばされて普通の人間の街並みを見たと思ったら、惑星の裏側にはこんな幻想的な場所があるとは……」
「『裏側』じゃなくて『反対側』ね。違う意味になるから。ま、あんたからするととってもファンタジーなんじゃない?」
「ほんとだよ…………もぶ!? む、むも~!」
「ほーらほ~ら。あたしはそろそろ行くから。ま、精々この世界を楽しみなさいな」
しばらく景色に見惚れていると突然、フェアリーが俺の顔に飛びついて全身を擦りつけてきた。顔全体に柔らかい感触といい香りが広がってぼーっとしてくる…………じゃない! 息が! 意識が!
「~~~ぶはぁっ! 死ぬ! お、おま、何してんの!?」
「ふふ、あたしたちフェアリーは悪戯が大好きなのよ。じゃ、またね」
「お、おう。ありがとな」
礼を言うと、フェアリーはにっこり笑って森の中へと消えていった。とんだやんちゃ者だったが……何はともあれ親切でよかった。そういや名前を訊いてなかったが、また会う気がするしいいか。
さてまた一人になったわけですが。折角だしこのままエルフの住処に入ってみるかな? 人に会ったらどう言えばいいのか、宿をどうするのかなど問題は山積みだけど。
「おいそこの貴様ァ! 何者だ!」
「ひいっ!?」
何!? そんないきなりすぐ後ろで叫ばれたらびっくりするの!
振り返るとすぐ目の前に顔があって二度びっくり。
「うお近っ! え、俺ですか?」
「他に誰がいる。貴様、このあたりで見ない顔だが何者だ?」
この女性、剣を持ってるし警戒心剥き出しで怖いな。耳が長くて先が尖っているからエルフかもしれない。
女性の後ろには似たような耳をした人が複数人いてこっちをじろじろ見回している。なんだか物々しいな。
「異世界から来た人間ですけど……」
「異世界? 要領を得んな……まあいい。質問がある、聞いてくれるな? 森の結界が突き破られていたんだが、恐らく高速の物体の侵入が原因だ。落下地点と思われる現場の周辺にはパンくずが落ちていた――さて、これらのいずれかに心当たりはあるか?」
「ああ、それは多分俺だと思います。アップライノに飛ばされて――」
「やはり貴様の仕業か! 皆、こいつを引っ捕らえろ!」
「え、うわ、ちょっとやめ……」
◆◆
そうそう、なんか森を襲撃しに来たか何かだと思われてエルフの森に連行されたんだよな。元々目的地だったから結果オーライ、と言えるかは微妙なところ。
ちなみに危険物を隠し持っていないか確認するために服を脱がされたので現在パンツ一丁である。泣きたい。
「往生際の悪いやつだ……おい、あれを持ってきてくれ」
「了解!」
「?」
「さて、早々に犯行を自白してくれればよかったんだが……このままだと埒が明かんのでな。嘘を判別できるものを持ってこさせる」
「……待ってください。今俺は混乱でドキドキしてるので心拍数を感知するタイプのは勘弁してくださいよ」
「は? 何だそれは? 貴様が混乱していることはわかったが、たとえ正気でなくても我々を騙すことはできない……ん? うおぉっ!?」
「な、何だ?」
うつ伏せだからわからないが、どうやらこの怖い人だけでなく全てのエルフたちが俺の方を見ているようで――いや、心なしか視線が若干ずれているような――ともかく何かに驚いているらしい。
しばらくするとエルフたちは一斉にこくこくと頷き、やがて緊張を解いたようだった。何か想定外のことでもあったのだろうか。
「えっ、ちょ怖い、今何が起こって……えっ?」
「……ところで貴様、ペガサスの類を見たことはあるか?」
「唐突に何ですか。翼が生えているあの? 見たことないですけど。それよりさっきのは――」
「なに気にすることはない。ところで貴様、この世界の人間ではないと言っていたな? 証明はできるのか?」
あからさまにはぐらかされたのが気になるが……どうやら話を聞く気になってくれたらしい。
が、提示されたのは最高レベルの難題なわけで。
「いえ、できないです……何が証明になるのかすらわかりませんし」
「あら~。異世界とはいってもあまりここと違いがない世界なのかしら~?」
「あ、いえ、かなり違いはあります。魔法はないですが、文明とかはこっちより発達しているんじゃないかと」
「なるほどねぇ~。すると私たちとは知識の枠組みが大きく違うのかもぉ。これを見てくれる~?」
「これは?」
「さて、なんでしょ~」
手渡されたのは妙に縦長い長方形の紙で、複雑な図形と固有名詞らしき文字があちこちにあり、等間隔の直線が引かれている。要するに地図である……と断言するにはおかしな点があった。
「妙に縦長い世界地図に見えますが……これって縦と横の両方の端が繋がっていますよね。おかしくないですか?」
あと赤道っぽい横の赤線が上から1/4と3/4くらいの所に合計2本あるし。間違いなくおかしい。
さては渡したのは偽物の地図で、もしこれを本物の地図だと間違えたら何らかの論理で俺が異世界人だということを否定するつもりだったな? それかスフィンクス的なノリかもしれない。騙されないぞ。
「何を言っている? そこは特におかしな点ではないと思うが」
「あれ?」
「本当よ~? この地図は周囲との位置関係を逐次確認しつつ綿密に作られたものだから、大きな間違いはないはずなのぉ。例の方法でも確認済みよ~」
あれれれ。多分嘘を判別できる方法とかいうので確認してるってことは正しいのか。いやでも球体の惑星だったらこんな地図になるわけないし……
「違う切り取り方をすれば繋がらなく……ならないよなあ。赤道が1本になるようにしても意味不明だし、そもそもあいつの言ってた裏側じゃなくて反対側ってのも要領を得おっとぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお??????」
「!?」
「お、おい……ついにおかしくなったか? 斬るぞ?」
そうじゃん。ここ、異世界じゃん。
「もしかして、この惑星ってドーナツみたいな形してないですか!? 穴が1つ開いてる感じの!!」
「!!?」
「うふふふふ~。ひょっとすると……とは思ったけど、まさか地図だけでそこに辿り着くなんてね~」
うおおおすげえええ!! 惑星がドーナツ型とかそんなことある!? ゲームかよ! 異世界すげえええ!! 重力とかどうなってんの!?
というかあれだな。このエルフたち惑星の形とか知ってるんだな。中世の人々はどうだったっけ。
「もしもーし」
「ん? どうした?」
「いや、キミが持ってきてって言ったんじゃん」
「……あっ、失念していた……」
そして当初の目的を忘れる強気エルフさん。ちょっと面白い。
嘘を判別するとかいう例のものはエルフの像だった。ローブを着ていて魔導士のような雰囲気を醸し出している。
「これはどうやって使うんですか?」
「ああ、手に持った像に向かって何か言えばいい。まあ貴様はもうシロのようなものだが」
「どんなものか気になるのでちょっと使わせてください」
……結構あっさり疑いが晴れたな。みんなが驚いてたあれは本当に何だったんだ? まあいいか。
像を手に持った感触は金属のようなプラスチックのようなよくわからないものだった。とりあえずこれに向かって何か言えばいいんだよな。
「俺の世界で住んでいた惑星は球状です」
……何も起こらない。
「貴様の世界の地図は両方の端が繋がっていないんだったな」
「えっホントに!?」
「やっぱりそういうことなのね~」
どうやらこの何もない反応が正解らしい。嘘だと何かわかりやすい変化があるんだろうか。
「じゃあ今度は嘘を。俺は女です」
すると今度は像の両目が赤く光り、同時に冷たくなった。なにこれこわい。感触が金属っぽくなった気がする。
「何!? 貴様男だったのか!?」
「えっホントに!?」
「あ、あらあら~」
……えっ? なにこれこわい。