3. 暗がりに漂う光
※色々修正
「ん……」
……ここは?
夜だからなのかはわからないが、辺りが暗い。ただ真っ暗闇ではないのである程度周りは見えるようだ。
目の前にあるのは表面がでこぼこした直径1mほどの円柱状の物体……いや、これは木だ。辺りにはこれと同じような木がそこら中に並んでおり、目を凝らすと枝や葉のようなものも見える。
次第に目が暗さに慣れてくると、周囲の様子が少しずつわかってくる。上の方は葉に覆われていてほとんど何も見えないが、下の方には背の低い草が生い茂っているのがわか……下の方?
バキッ!
「ぉうわっ!……ぐえぇっ」
強く尻を打った……コンクリートなんかよりはよっぽどマシだとはいえ、痛いものは痛い。
……なるほど、痛いということはここは現実か。夢の中や死後の世界ではないらしい。どういう理屈かはわからないが、あれだけ上空に飛ばされたにもかかわらず今俺はこうして生きているのだ。
目の前の木を見上げると、数mほど上に一つだけゆらゆらと揺れている枝がある。どうやらあそこから落下したようだ。
状況を確認すると、アップライノたちにこの森らしき場所まで吹っ飛ばされ今まで気を失っていた、といったところだろうか。確か遠くの方に森が見えていたが、あんなところまで飛ばす力があるとは……人々が恐れるのも納得である。
「生きてたのはよかったけど、どうしよう……」
改めて辺りを確認すると、てっぺんの見えない樹木がそこら中に根差している上に茂みも多いため見通しは良くない。樹木に茂る夥しい数の葉っぱで覆われて空は全く見えない。
草でほぼ覆われている地面には所々に花が咲いているが、この暗さのせいか色はあまり判別できない。夜であるせいか目に入る色は緑ではなく黒か青系統の色ばかりで、辺りの雰囲気は生より寧ろ死を連想させる。
「今度は夜の深い森で遭難状態か……」
……詰んでね? 小学校の林間学習以外で山や森に行ったことなんてほとんどないから何もわからないぞ。このまま人知れず死んでいくなんて嫌だ。
探索するのは怖いし……とりあえず持ち物を確認するか。ここに来る前の持ち物は2つ。
「まあ、流石に手持ちの剣はどこかに落としてるよな」
どうせ初期装備だ、あれより強い武器もやがて手に入るだろう。一応魔法も使えるし多分大丈夫。
次は背負っていたリュックだ。念のため中身を確認すると、結局どれくらいの価値があるのかわからない硬貨に、水と食料……ここに来る原因となったレッドアップルもしっかり2つ残っていた。
中身は全部無事だな。……ん? なんか紙切れが1枚あるぞ。
『この森には会話ができる種族がいる。あなた一人で森を抜けるのは多分無理 リリィ』
「おぉ……」
なかなかパンチのある締めくくりだが……アドバイスを貰えるようにお願いして本当に良かった。俺の今を把握している人物がいるというだけでなんとなく心が軽くなる。独りじゃない。
内容は良い知らせと悪い知らせの両方だが、後者はわかっていたようなものなのであまり問題なかった。改めて現実を突きつけられたともいえるが。
「安心したらなんか腹減ってきたな」
今できることは何も思いつかないし、食事をとりながら夜が明けるのを待つことにする。
リュックに入っていた袋から取り出した、カチカチではない干し肉とパンを交互にかじる。パンは麦の香りが強いし、干し肉は噛むほどにうまみが出る。保存食っぽいからまずいのかと思っていたが、なかなか美味いじゃないか。
そうしてしばらく食事を続けていると、何かが視界の端で動き回っているのに気づく。そちらに目を向けると、何やら光の玉のようなものが浮遊していた。
誰か明かりを持った人が歩いているのかとも考えたが、光の玉は上下左右へと妙に不規則な動きをしていて、時折地上5mほどの位置で留まることもある。人だとするとあまりにも不自然だ。
「蛍とかか……? いや、流石に1匹だけでこんなところにいるわけないか」
なんだろう。おどろおどろしい感じの光でもないし、モンスター系統だとは思えないが……
とはいえ先程怖い目に遭っていることもあり、何となく近づいてみる気にはなれなかった。辺りが明るくなってきてもまだいるようであれば確認しに行くことにして、今は一旦寝るか。
…………
「なんかこっちに向かって来てないか……?」
どうやら少しずつ光がこちらに近づいてきているようだ……気になって眠れない。いっそのことこちらから出向いて確認してしまうか?
……やっぱりやめておこう。仮に戦闘になったとして、森の中で火の魔法なんて使ったら大惨事になること間違いなし。今の俺は唯一の攻撃手段が封じられていて、何が相手でも不利な状況だ。慎重すぎるくらいがちょうどいい。
そういうわけで樹木の陰に隠れて声を潜め、じっとやり過ごすことにした。とりあえず夜が明けるまでは何事もなく過ごしたい。
「…………」
そんな俺の思いとは裏腹に、僅かだが辺りはぼうっと明るくなっていく。暗さに目が慣れているからこそわかる程度の変化だが、それでも心拍数を上昇させるには十分だった。得体の知れない何かが近づいてきているのは確実だ。
ぴっちりと目を閉じて息を潜める。体が小刻みに震え、呼吸が浅くなっているのがわかった。冷静に考えてもこの状況はかなり怖い。
頼むから早くどこかに行ってくれ……!
かさっ………………かさっ………………かさっ。
「っはあぁ……」
草が擦れる音が段々と遠ざかっていくのを確認すると、思わず安堵のため息が漏れた。
死ぬかと思った……いや別に敵だとは決まってないけど。というかこういうのって蛍じゃないにしても大抵小さい虫とかじゃないのか? 勝手に怖いものだと決めつけるなんて、ススキを幽霊と見間違えるのと一緒じゃないか。恐怖でちょっと思考が変になってたな。
一難去ったとはいえ未だに心臓がドキドキしている。異世界がこんなに精神的にきついなんて知らなかった。もうこういうのはこれっきりにしてほしい。
恐怖の根源が消えたことで体の余計な力が抜け、それと同時に力いっぱい瞑っていた目を開いた。
目の前に光の玉の目が
「うわあああああああああああっ!!!」
「きゃあああああああああああっ!!!」
ガン!
「痛いいぃぃぃいい!」
女の悲鳴。額への強い衝撃。突然の事態に足が動かない。もう駄目だ。頭を抱えてうずくまる。どうして急に? 離れていったのでは? なんで見つかった? こいつの目的は? ここで終わるくらいならいっそのこと魔法を…………
「痛っつつつ…………ちょ、ちょっとあんた」
「ひいいいぃぃぃぃぃ!!! ひいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ちょっ……一旦落ち着きなさい!」
「ひいいぃぃ…………え? 話し掛けてきた?」
「脅かしたのは悪かったから顔見せなさいよ! これじゃあたしが弱い者いじめしてるみたいじゃない!」
「ば、化け物じゃないのか? かか顔を上げた瞬間に襲ってきたりしないか?」
「はぁ? 襲うつもりならこんなことしてないで既にやってるわよ、違う?」
「…………」
たっ確かに女の声の言う通りだ。仮に化け物だとしても助けは期待できないし、多分顔を上げないと状況は進展しない……ええいままよ!
「っ……」
勇気を出して顔を上げると、最初に見えたのは2つの白い脚。続いて自然をモチーフにしたかのような緑基調の服をまとった体に、整った顔立ち。あれ、これって……
「……小っちゃい人間?」
「人間じゃないわ、フェアリーよ。……ったく、森におかしなものが入り込んできたから見回りに来てみれば、こんなところにヒューマン? あんたどこから来たのよ」
「その……異世界から……」
「はぁ? 異世界? あんた、まともな思考はその異世界とやらに置いてきたの? ヒューマン風情がどうやってこの森に入ってきたのかって訊いてんの」
想像していた化け物に比べればマシだけど、やっぱりこの人怖い。それに小っちゃいな……俺の腰の高さにも満たないくらいじゃないだろうか。
「えっと……気を失ってたから詳しくはわからないけど、ランズダウン皇国の王都周辺の草原でアップライノに吹っ飛ばされてここまで来たんだと思う」
「……はぁ? ウンコ王国から来たぁ?」
「 (ウンコ王国……?) いや、俺も数km規模で吹っ飛ばされるとは思わなかったんだ」
「はぁ? 数km? ……あんた、今自分が置かれた状況把握できてる?」
……いや本当に怖いんだけど。脅かしてきた相手に三連続で『はぁ?』なんて返しをされるとは思わなかったぞ。今からでも逃げてしまおうか。
それに異世界云々はともかく、なんでこの世界での出来事にまで突っ込みが入るのか。もしかしてまた更に別の世界に来てしまったのか?
「えーっとねぇ……一応訊いておくけど、あんたここがどこなのかわかってる?」
「え? だから王都周辺から遠くの方に見えてた森じゃないのか? いくら遠いとはいえ、あの周辺でこれだけ深い森はそれくらいしか見当たらなかったんだが……」
「まあそう考えるのが普通かあ……元居た場所が王都だってのも間違いないわけね?」
「ああ、門番さんに聞いた。王子が一流冒険者を目指して鍛錬してるってのも聞いたぞ」
フェアリーは暫く考える仕草を見せ、次に俺の体をじろじろ眺めまわし、次ににおいを嗅ぎ始め、かと思うと再び考える仕草に戻った。そんなことをして何かわかるのだろうか。
「……なるほどね。嘘はついてないみたい。メリットもなさそうだしね。この森の抜け方もわからないんでしょ?」
「お、おう、そうだけど……門番さんといいお前といい、態度が和らぐタイミングがわけわからん……」
「でしょうね。ま、初めての地だとわからないことだらけってことよ。で、ここがどこなのか訊いたでしょ? 結論から言うと、あなたの推論は間違ってるわ」
「そ、そうなのか? あそこしかないと思ったんだが……」
「悪くない考えだったけどま、無理もないわね。じゃあここがどこなのか教えてあげる。いい? よーく聞いてね?」
「……おう」
妙に勿体ぶった言い方に、俺は次の言葉に備えて身構える。
フェアリーはそんな俺の反応に満足したのか、にやりと笑みを浮かべてゆっくりと口を開いた。
「ここは、ウンコ王国の王都……………………から見て惑星の反対側に位置する、エルフの森よ」
「……」
「……」
「…………はぁ?」
この反応は仕方がないと思う。