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2. 初級魔法

※色々修正。

「ふぅ……いい調子だな」


 街を出て1時間ほど経っただろうか。今いる場所は街からある程度離れてきている。

 ちょうど8体目のモンスターの討伐に成功し、岩に腰掛けて小休憩をとっていたところだ。剣にも段々慣れてきて、今ではほぼ右手だけで扱えるようになってきている。もう『ぺちっ』はしない。

 モンスターを討伐するうえで最大の懸念となっていたのが、ゴブリンなどの亜人系のモンスターが現れ、斬ったら天然グロ画像! となることだったが。


「ここらのモンスターがそういう系じゃないってのは助かるな」


 さっきから襲ってくるのは手足の生えたキノコやほどほどの大きさの蛇など、割と斬っても大丈夫なモンスターばかりである。虫系がいないのもポイントが高い。本当の意味で初心者に優しいクエストだと、俺は心の中でギルドに感謝していた。

 戦っているのは俺だけではなく、周囲には他の冒険者たちもいる。基本的に2人から4人ほどのパーティを組み、お互いに協力しながらモンスターを討伐しているようだ。

 戦い方は千差万別で、集団でひたすらスライムをボコっているようなパーティもいれば、一人がキノコをひきつけもう一人が背後から攻撃といったようにうまく連携しながら戦っているパーティもいる。


「うーん……」


 しかし俺はパーティの戦略よりもスライムたちの様子に興味があった。どうも他のモンスターとは違う気がするのである。さっきのこともあるので少し気になっていたのだが、スライム側から襲ってくることは他のパーティを見ていても一切ないようだ。襲い掛かっているのは寧ろ人間の方である。また他のモンスターは死体が残るのに対し、スライムはやられた時バラバラになって地面に溶け込んでいくのだ。つまりドロップ品がない。……気持ち悪いからドロップ品なんて拾ったことないけど。

 とまあそんな感じでスライムが特別な気がすることや、最初のスライムが友好的(?)だったこともあり、何となく俺はスライムを討伐する気になれなかった。なので近くにいるスライムたちはスルーしつつ、キノコや蛇ばかりを狩っている。


「そういえば、リリィのアドバイスとやらはどうなったんだ?」


 そういえばこの世界に来る前にリリィに頼んでアドバイスを貰えることになっていたんだった。 媒体は臨機応変にとか言ってたけどどういうことだろう?


「……考えてもよくわからんし、そろそろキノコ狩りに戻るか……」


 その時になればどうせわかるか。今はキノコ狩りの時、そっちに集中しよう。

 岩に手をついて腰を上げ……ようとすると、手に伝わる感触になんだか違和感があった。


「うん? ……んんん!?」


 不思議に思って手元を見ると、なんと先程までは何もなかった岩の表面に結構な量の文字が刻まれていた。臨機応変ってこういうことかよ。心臓に悪いわ!


『魔法の使い方 リリィ』


 題名の下に、この世界の魔法に関することが丁寧に記述されていた。

 要は体内のマナの流れとやらを意識し、何をするのかイメージするのが基本なのだそうだ。例えば火の玉を射出したい時は、前方につき出した手に流れをつぎ込んだ上で、それを火の玉として発射するイメージをする……という具合に。

 習うより慣れろということなので、早速やってみる。雰囲気を出すために目を閉じて……


「おお、何となく何かの流れ的なものを感じるぞ。これがマナの流れか。で、これを右手の方にやって……」


 ポッ…………フッ。


「……」


 手の先の方でろうそく程の大きさの火が現れ、やがて消えた。……いや十分すごいけれども!

 続きを読むと、基本的に何かを発射するときは多量のマナを瞬間的に詰め込む必要があるらしい。継続的に同じ量を送り込むと、量に応じた大きさの炎が存在し続けるのだとか。


『そんな細かい原理は気にしなくても、単に火の玉を発射したいだけならパンチをすればいい。動作で基本的なイメージの補助をすることができる』


 ……そう簡単にいくのだろうか。初心者にはこの方法がオススメ、と書かれているが……

 まあ疑っていても仕方ないので、マナの流れへの注意は継続しつつ、試しに素人なりにパンチの動作をしてみる。


 ボッ!


「おお! すげえ! 本当に火の玉が飛んで行った!」


 初めてまともな魔法が打てたことにテンションはアゲアゲだ。しかもこれ自体がが結構楽しいときた。夢中になった俺はひたすらパンチを続ける。


 ボッ! ボッ! ボッボッボッボッボッボボボボボボボボボボボボボボボ……


 ……


「ゼェ、ハァ、ハァ、…………きっつ」


 20秒も経った頃には既に肩で息をしていた。

 ……いやこれ普通にきついから。何かを殴るとかなら多少反動で腕が戻ってくるけどそれがないし、楽をして弱いパンチをしても発動しないし。

 なんだか周りの冒険者の視線が痛……いや寧ろ生暖かいぞ。


『言葉の発出でもイメージの補助はできなくもない。最初に思い浮かんだ赤色のものを声に出してみて。"最初に"思い浮かんだものというのが大事』


 仕方ないからこっちの方法でいくか……現代っ子に連続パンチは思いの外厳しかった。正直呪文や魔法名とかの詠唱は恥ずかしいので避けたかったのだが、この際やむをえまい。

 赤いものといえば……最近食ってなかったものがあるな、それにするか。ちょうどキノコが1体こちらに向かってきたので、そいつで試すことにする。


「マグロ!」


 ボォッ!


 生成された火の玉は先程より大きかった。心なしかスピードも速く、あっという間にキノコに着弾する。流石にキノコの体長ほどの大きさはないが、燃えやすいせいか火はやがて全身に回り、5秒もすると焼きキノコが一つ完成した。

 剣よりも遠くの敵を狙えるし、予備動作もほぼ必要ない。駆け出しの俺にしては威力も十分だ。


「これはすごいな。しかも使いやすい」


 この魔法は当分の間主戦力になるだろう。魔法の習得には相当の時間がかかってもおかしくないと思っていたので、異世界初日からまともに魔法が使えるのは結構嬉しい。

 でもこれを使う度に「マグロ」を連呼するのか。…………まあうん、その程度の代償なら。


「アップライノが現れたぞ! 逃げろー!!」

「えっ」


 声のした方に振り向くと、いくつかのパーティがこちらに走ってくる。

 そしてその向こう側からは、やたら角のでかいサイみたいなのが2体向かって来ていた。それぞれが地面に足をつく度にどしん、どしんと振動が伝わってくるのがわかる。

 たかだかサイくらいなら強い冒険者がいれば……いや待て。身体もやたらとでかいぞ……え、やばくね? 小学生の時に遠足で見たティラノサウルスの骨が子供みたいに思えるんだけど。え、流石にやばくね? しかも巨体なのに……いや巨体だから歩幅が大きいのか、すごいスピードで迫ってくる。冒険者たちが全力で疾走しているにもかかわらず、両者の間隔は広がるどころかむしろ縮まっていく。


「みんな逃げろー!! あのでっかい角で吹っ飛ばされるぞー!!」

「え、ちょ、やばっ」


 のんびり眺めている場合じゃない。俺も他の冒険者たちと同じように、アップライノがいる方とは逆方向に走り出した。

 障害物を避けながらしばらくそのまま走り続ける。最近あまり運動をしていなかったこともあって身体はすぐに悲鳴を上げるが、生命の危機に瀕している状況でそんなことに構ってはいられない。

 後ろを見ると、アップライノは岩も木もものともせずに直進してきている。吹き飛んだ木がこっちに……うわ危ねっ!


「はあ、はぁ……いつまで逃げればいいんだ?」


 数分ほど逃げ続けているが、アップライノは未だにこちらに向かってくる。冒険者たちはそれぞれバラバラに逃げたため、未だに追いかけられているのは20人くらいだ。


「ねえあんた! まさかレッドアップルを鞄に入れてたとか言わないわよね!」

「んなわけあるか! 持ってたら地平線の向こうからでもこいつらに追われるんだぞ! いくら世界一美味しいからって、割に合わんわ!」


 他人が焦っている様子を見ていると、なんだか若干落ち着いてきた。異世界初の大イベント、折角だから楽しむ……のは流石に無理だな。

 ……それにしても、元々赤いリンゴにわざわざレッドと名付けるくらいだから、レッドアップルというのは相当赤いリンゴなのだろう。それこそ魔法に使えるくらいに。少し気にはなるが、話を聞く限り手に入れようとすると命がいくつあっても足りなさそうだ。いくら美味くても生命にかかわるリスクを負うつもりはない。俺はあのスライムがくれた赤リンゴで充分満足して………………


「…………」


 えっ、違うよな? この世界では赤いリンゴが珍しいからわざわざ「レッド」ってついてるとかじゃないよな? まさか今俺のリュックに入ってる2つのリンゴがレッドアップルとか言わないよな? 確かに真っ赤ですごく美味いけどこれじゃないよな?

 …………俺は半ばパニックを起こしながら右手の冒険者に話しかけた。


「ここで問題です! この世界のリンゴは普通何色をしているでしょうか!」

「そんなもんどこの世界でも黄緑色に決まってるだろうがあああああああ!!」


 はい終了。オワタ。俺が持ってる赤いリンゴがレッドアップルで確定です。本当にありがとうございました。

 さっき取り戻した落ち着きはどこかへ飛んで行った。代わりに疲労と息切れが帰ってくる。


「おいお前ら! このまま逃げていても仕方ない、左右に分かれるぞ!」

「わかったわ! 私たちは右に行く!」

「じゃあ俺たちは左だ!」

「えっ、ハァ、ちょっ、ゼェ」


 この冒険者たちは幾多の場数を踏んできたのだろう。この緊急事態でも声を掛け合ってパーティ単位で統率の取れた動きを始める。パニックで何も考えがまとまらない俺以外は即座に左と右の二手に分かれた。


「うわあああやばいやばいやばいやばいやばい!!」


 当然、俺のリュックの中身を追っているアップライノたちは直進を続ける俺の方に向かってくるわけで、結局俺一人が2体のアップライノに追いかけられることとなった。

 このままだとジリ貧どころの話じゃない。既に足はほぼ限界が来ているのだから、こうなったら迎え撃つしかない!


「マグロマグロマグロマグロマグロマグロマゴロマゲッ、マグロオオオオォォォォォ!!!!」


 ひたすら覚えたての魔法を打ち続ける。近づいて剣で切りかかるのははっきり言って自殺行為だ。遠くから撃てる魔法で対応するしかない。が、数多の火の玉などものともせず2体は直進を続けてくる!

 効いている様子がほとんどない……! かなりまずいが、今できることはこれくらいしか。


「マグロマグロマグロ…………マグロ? マグロ! マグロォッ!」


 ……嘘だろ? 魔法が出なくなった……パンチをしても同じだ。こんな時になんで……!


 ズン!


「っがあっ!」


 後方から強烈な衝撃を受けたかと思うと、次の瞬間身体が地面に叩きつけられた。数十mくらい吹っ飛ばされたかもしれない。

 ……マジかよ。一撃喰らっただけで体がまともに動かない。こんなの勝てるわけないじゃないか。


 ずしん……ずしん……


「あぁ……」


 もう俺が逃げられないことを悟ったのか、2体は走るのをやめてゆっくりと歩いてきた。そして何を思ったのか、反対側からそれぞれの角で同時に俺の体を持ち上げる。


(……あ、リンゴが目的なら、リュックから投げ捨てればもしかすると助かったんじゃ……)


 今更後悔しても遅い。アップライノたちは角を一旦下ろし、次の瞬間、その巨体からは考えられないスピードで角を上空に向かって一気に振り上げた。


「うわあああぁぁぁぁぁ…………」


 数十m級のモンスター2体分のパワーは想像を絶する。全身が潰れるくらいのGがかかったかと思うと、俺の身体は文字通り上空の彼方まで吹っ飛ばされていった。

 いくら進んでもスピードが落ちる気配はない。恐怖に叫ぶ気力も無くなった俺は、目まぐるしく変化する景色が綺麗だと思いながら、いつの間にか意識を手放していた。

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