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1. ひとまずクエストへ

※色々修正。

「おぉ……」


 晴れ渡った青い空に、地平線まで広がる緑色の草原。周囲を見渡すと数m程のちょっとした木やどっしりした岩などが点在している。電柱やビルといった大きな遮蔽物もなく景色がよく見えるため、遠くの方の大きな森や城壁に囲まれた街など、どこに何があるのかは一目でわかった。

 風で草木が揺れる音。都会で過ごしていた時とは何となく違う爽やかな香り。


「これが異世界かぁ……」


 最近ではゲームも進化を遂げて美麗なグラフィックを謳うRPGなども続々と出てきていたが、それを遥かに凌駕するリアルなファンタジーの世界が今や目の前にあるのだ。この胸の高鳴りを抑えるのは無理である。

 耳を澄ますと遠くの方から動物の鳴き声のようなものが聞こえてくる。また、俺の近くで鳥が歩いている音や、地面を這いずる音なんかも……

 ん?


「おわあぁ! え、本物……?」


 耳慣れない音の源は、俺から見て1mほど右側の地面に佇んでいた透き通る青のぷるぷる……スライムだった。

 お馴染みのモンスターとの初めての遭遇だ。現実と非現実が混ざり合ったような奇妙な感覚に、いやが上にも興奮が高まる。が、よくよく考えてみると一見ただのゼリーがひとりでに動いているわけで……次第に得体の知れないものに対する恐怖のような感情が湧き上がってきた。


「と、とりあえず倒しとくか。ほっ! あっ……」


 ぺちっ。


 モンスターである以上は討伐しなければならない。俺は恐怖を振り払い、大きく剣を振りかぶって目の前の相手に斬りかかった。しかし初めての戦闘への緊張があまりにも大きかったからだろうか、一刀両断するつもりが、結果として刃のない面――剣の腹というのだろうか――でてっぺんを叩くような形になってしまった。

 確かに慣れないことではある。でもここまでポンコツだとは……スライム相手にここまで情けない姿を晒せる自分が悲しくなってきた。


「くそっ、気を取り直して……う゛っ」

「…………」


 実際には目が存在しないのだからあり得ないのだが、円らな瞳でじっと見られている気がした。つられてこちらもじっとスライムを見返していると、ぷるぷると震えるその姿が段々可愛らしく見えてきて……同時に、罪のない無垢な子供をいじめているイメージが脳裏を過った。

 てっぺんが凹んだままになっている目の前のぷるぷると、それに斬りかかろうとしている自分。気づいていなかったが、これは傷ついた子供に尚も暴力を加えようとする大人と同じ構図ではないだろうか。

 そんなことを考え始めてしまうと、もう駄目だった。


「ん……」

「…………」


 段々悪いことをしている気分になってきた俺は、やむなく討伐を断念して剣を鞘に納めた。そして剣で叩いたことに対するお詫びの意味を込めて、スライムの凹んだ部分にリュックの中から取り出した一切れの肉をそっと乗せた。

 ……そもそも、このスライムは別に俺を襲ってきたわけではないのだ。今回俺は敵意のない相手に剣をふるう無意味な戦闘を回避できたと言えよう。つまりこれは言わば正義の撤退だ。

 などと自分に言い訳をしながら、俺はスライムに背を向けて街へ向かって歩き始める。その時だった。


 サササッ!


「ひょおう! 何だ何だなんだ!?」


 今までのんびりとした動きしかしていなかったスライムが、唐突に俺の服の中に入り込んで背中に貼り付いてきたのだ。不意を突かれた俺は焦って取り出そうとするが、スライムの動きは想像以上に素早くて捉えることができない。

 そして好きなだけ肌の上を這い回ったかと思うと、スライムはその柔軟性を活かして首の後ろから飛び出していった。


「え!? 何だ今の!」


 辺りを見回してスライムの姿を探すが、既に遠くまで行ってしまったのかどこにも見当たらなかった。視線を落とすと、先ほどスライムのいた場所には真っ赤なリンゴが3つ置かれている。間違いなくさっきまではなかったから、スライムが置いていったと考えるのが自然だろう。

 状況から考えると、剣ペチして肉をあげるという俺の奇行に、スライムは背にペチしてリンゴをあげるという奇行で対応したということになる。これが本当だとしたら相当お茶目なスライムだが……


「まあ………………うん、行くか」


 スライムの意図は全くわからないが、考えていても仕方がない。ひとまず寝泊まりできる場所を確保するために、俺は遠くに見えている街を目指して歩き始めた。なんか異世界に来て初っ端から躓いた気がするが、ここからは順調に進んでいきたい。


 ……それにしてもこのリンゴ、めちゃくちゃ美味いな。



 ◆◆



「ここでしばらく生活するんだな」


 あれから体感で2時間ほど歩いてようやく、街の入り口である大きな門の前に到着した。2時間というのに根拠はないが、太陽の位置の違いがはっきりわかるくらいだからまあそれなりの時間は経っているだろう。

 開かれた門の向こう側には見たことのない街並みが広がっている。人々の住宅であろう建物には煙突がついていていくつかは煙を吐き出しているし、遠くの方に見える噴水のさらに奥には立派な城まである。

 どんな街なのかを想像して少しワクワクしながら、早速中に入ろうと一歩足を踏み出す――


「待て」


 ――前に門番に止められた。何故歩き出そうとするまで声を掛けなかったのか。抗議の声を上げたい。

 まあ多分この手の話でよくある、珍しい服装のせいで誰何されるパターンだろう。向こうの方から話しかけてくれる貴重な機会でもあるし、この際これからどう行動すべきかなどもついでに訊いてしまおう。


「貴様、この辺りでは見ない服装をしているな。何者だ」

「はい。俺はこことは違う世界で一度死んだあと、こっちに転生してきたんです」

「…………」


 沈黙。当然の反応だろう。門番は初め怪訝な目をしていたが、俺の表情から嘘をついていないと判断したのか、今度は可哀相なものを見る目で俺を見るようになった。

 言い訳をすると、馬鹿正直に答えたのには理由がある。他にいい感じの受け答えが思いつかなかったのだ。仮に『遠いところから来ました』と答えたとして、具体的な場所を訊かれるとまずいことになる。適当にでっちあげたところで、どこかでボロが出て嘘をついた理由を問い詰められるのがオチだ。下手をすると牢屋に入れられかねない。

 それならいっそのこと初めから正直に話しておけば、ボロが出る心配は皆無だ。加えて、相手に信じられなかろうとこちらは何も嘘をついていないので疚しさは一切ない。つまり精神衛生的にも良い。


「えっとですね。可哀相な目で俺を見るのは構わないので、ここがどこなのかと今からどうすればいいのかを教えてくれると助かるんですけど」

「……そうだな、ここはランズダウン皇国の王都。邪悪なモンスター共を蹂躙する数多くの冒険者が滞在する街だ。産業や交易が盛んな街でもある」

「名実ともに国の中心となる街というわけですか」

「そうだ。ちなみに最近では、国王の一人息子が一流冒険者を目指して鍛錬をしていることが話題になっている」

「へえ……立派な王子なんですね」


 安定した地位に満足せず、自ら危険な道を行く。どうやらこの国の王子は随分と骨のある人物であるらしい。正直真似できる自信がない。俺は素直に感心した。

 しかし門番からすると想定した反応ではなかったらしく、俺の言葉を聞いて唖然としている。もしかして周知の事実とは正反対のことを言ったからか? この国の常識はさっぱりわからないからな……


「……もしかして実際はヤバい人だったりしましたか?」

「いや、そういうわけではないのだが…………ふむ、なるほどな……」


 門番はぶつぶつと呟きながら考える素振りを見せ、次に俺の顔をじろじろと眺め、かと思うと再び頭を抱えてぶつぶつ言い始める。今度は俺が怪訝な目を向ける番だ。

 しばらくぶつぶつ言って満足したのか、一人の世界から帰ってきた門番は表情を和らげて会話を再開してきた。


「さて、貴様が何をするべきかという話だったな。昼時には少し早いが、まずは門をくぐって右手にある食堂で腹ごしらえをするといい。そのあとは食堂の向かいにあるギルドで何らかのクエストを達成するといいだろう。宿は左手の方にいくつかあるから、好みで選べばいい」

「は、はい、ありがとうございます」


 どういう心境の変化があって態度が軟化したのかはわからないが、ひとまず有益な情報が得られた。説明が丁寧だったし実はいい人なのかもしれない。

 俺は門番の人に別れを告げて街に入り、早速食堂とギルドがある方へと向かうことにした。



 ◆◆



「……」


 あれから俺はまず食堂へと向かい、手持ちの硬貨をいくつか支払って早めの昼食をとった。メニューは肉入りサンドイッチと野菜のスープ。初めは何となくクオリティを心配していたのだが、実際に注文してみると肉はジューシーで味が濃く、スープは野菜のダシが効いていて普通に美味かった。

 食事を終えるとすぐ向かいのギルドに足を運んだ。扉の正面には受付があり、その上側には依頼がいくつか大きめに貼り出されていた。左右のスペースでは椅子に座った冒険者たちがテーブルを挟んで仲間と雑談しており、壁には武器や盾などがいくつか飾られている。総合するといかにもな冒険者たちのたまり場という印象を受けた。ちなみに2階へは受付の両脇にある階段から上がれるようだ。


「誰も来ないな……」


 で、俺は今勧誘待ちの真っ最中である。ここでは掲示されているクエストと呼ばれる依頼を受けるほかに、冒険者同士でパーティを組むこともできるようだ。クエストの貼り紙は依頼者が、パーティ募集の貼り紙はパーティを募集している冒険者が専用の掲示板に自ら貼り付けている。

 クエストを行うのは当然初めてなので、一人よりもパーティを組む方が安心だと思っていたのだが……テーブルでかれこれ30分くらい座っていても、誰も話し掛けてくる様子はない。


「そううまくはいかないか……」


 考えてみれば、見知らぬ男をパーティに誘う物好きはそうそういないのだろう。俺はパーティを組むのを諦め、仕方なく一人でクエストをこなすことにした。自分から話し掛けられないコミュ障とか言うな。

 席を立ち、壁に打ち付けてある掲示板の前に位置取る。受付の上のものは主に比較的規模が大きかったり難易度が高かったりするクエストについて内容が大まかに書かれているが、こちらは届け物などの些細なものを含め、多くのクエストが詳細付きで貼り出されている。

 しばらくその掲示板を眺めていると、『超初心者向け! 達成時にギルドに報告するだけでOK!』と書かれた貼り紙を発見した。


「おっ、これとか今の俺にぴったりだな」


 内容は街の周辺のモンスターを一定数討伐するというもの。これは通常のクエストとは異なりギルドが初心者支援のために用意しているもので、『クエストの受諾を報告する必要がないから、仮に失敗しても誰にも咎められないよ!』とのこと。控え目に言って最高。


「よしこれにしよう。そうしよう」


 できれば最初のクエストから失敗するなどという失態は犯したくない、そう思っていたところにこの貼り紙である。俺は異世界初のクエストを瞬時にこれに決定し、必ず成功させることを決意してギルドを後にしたのだった。

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