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87.メガネ君、ごねてみるが諦める





 黒皇狼オブシディアンウルフ


 黒鉄のように固い毛皮を持つ、巨大な黒い狼だ。


 昔話で聞く英雄は、必ずと言っていいほど狩っている魔物である。

 たぶん黒皇狼の強さもさることながら、見た目もカッコイイからだろう。


 英雄譚では魔物のルックスもポイントだからね。

 不気味だったりドラゴンだったりすれば、たとえ話がいい加減でも話のインパクトは強いからね。英雄と並んだり対峙したりするととても絵になるし。どこぞの騎士団には黒狼の紋章を掲げているところもあるって聞いたことがある。


 黒皇狼は巨大な黒い狼だ。

 俺は見たことがないけど、小さな家くらいなら体当たりで壊せるくらいには大きいそうだ。


 これは間違いなくカッコイイだろう。

 普通の狼だって見た目はカッコイイのに、大きい上に黒いって話だからね。……そう思う俺の感性はおかしいかもしれないけど、俺の中ではカッコイイことになっている。


 英雄譚の人気者だけに名前はとても有名だが、実際には珍しい魔物である。その辺の森でほいほい発見できるものではない。

 ただ俺の村でも、遠くを走っている姿を見たことがあるという人がいたので、幻とまでいわれるほど希少ではないのだろうとは思うが。


 大きさも特徴的だが、問題は俊敏な足の速さと行動範囲の広さの方だ。

 前に遭遇した白亜鳥と同じく、巨体で俊敏……恐らくあの鳥以上に運動能力は高いだろう。そして生物としての強さも。牙も武具の芯に使われるほど非常に硬いと聞く。


 何より、いまいち行動がよくわかっていないのが問題だ。


 特定の縄張りがないのか、それとも森などを渡り歩く一つ所に定住しない魔物なのか。

 昨日はいなかった場所に突然ふらりと現れることが多々あるみたいだ。ちょくちょく居場所を変えるのだ。


 王都などと違って武力があまりない、俺の故郷のような過疎村は、前触れもなく突然現れる脅威となりえるのだが……


 幸いなのが、黒皇狼は好戦的だが獲物を選ぶことだ。

 なんというか、プライドが高いんだろう。


 黒皇狼は魔物や動物をエサにしている。

 そして黒皇狼にとって人間は、率先して襲ったり殺したりするほどの脅威でもなく、また好物でもないらしい。


 不意に出会っても特に何もせず、だいたい無視するそうだ。もちろん状況次第だが。手負いで気が立っていたり、人間側から手を出したり危害を加えようとすれば襲ってくるが。


 ――とまあ、俺が知っているのはこれくらいだ。





「まあ概ねその通りだな」


 一通り頭にある黒皇狼の情報を話すと、ロダは頷いた。


「それにカッコイイってのは俺もわかるぜ」


 あ、そう。だよね。


「カッコイイよね。狼」


「ああ。俺は将来、狼似の犬を飼う予定だからな。みんなには内緒だぜ?」


 それは安心してほしい。興味ないのですぐ忘れるから。そもそも内緒にするしないを考えるほどの情報でもないし。話す相手もいないし。なんのつもりでそんなこと言ったのかも理解に苦しむし。


「いいよねー狼。狼いいよねー。じゃあ俺そろそろ風呂に行ってくるね」


「ああそうか。でも座れよ」


 チッ……ダメか。さりげなくこの場から去ろうとしたのに。


「というか今ごまかせても追いかけるだけだぞ」


「今はすでにあるけど、次があるかどうかは次が来た時にしかわからないでしょ」


「ギャンブラーみたいな発想だな。今負けてても次は勝つかもしれないから諦めないってか?」


「ちょっと何言ってるかわかんないけど」


「俺はわかった。つまり君は俺と真面目に話す気がないんだな? 嫌だからごねてるんだな?」


 心情的にはね。

 厄介ごとは厄介でしかないから、あんまり抱えたくない。ごねたくもなるさ。


「だがどの道逃げ場はない。ごねずに聞け」


 …………


「正直言うと、黒皇狼なんて危険な魔物と関わりたくないんだよね。本当に」


 今の俺が遭遇しても瞬殺されるだけだと思うし。まったく勝てる気がしない。

 そんなのに、たとえ戦闘要員ではなく捜索要員であったとしても、決して近づきたくはない。俺は自分から危険に近づく趣味はないから。


「その気持ちもわかる。だがこう考えても気が乗らないか?」


 ……?


「黒皇狼が近くの山に入ったようだ。そのせいで山に住んでいる魔物たちが下山し、方々に散りつつある。


 山から下りた魔物が、旅人や商隊、小さな集落と遭遇したらどうなると思う?


 黒皇狼は人間を襲わないが、奴に追われて逃げ出した魔物は違うぜ?

 このまま放っておいたらどんな被害が出るかわからない。


 国の人間としては、黒皇狼狩りはやるべき仕事だと俺は思っている。

 失敗しないよう可能な限りの打てる布石は全て打ちたい。だから君の力を借りたいと言っている。


 ――で? この話を聞いた君はどう思う?」

 

 ああ、はい。


「ロダって軽薄そうに見えるのに真面目なんだなぁって思った」


「そっちじゃない! 俺個人への感想は聞いてない!」





 まあ、どうせ逃げられないし、今回は仕方ないよな。

 このままごね続けていたらロダが本気で怒りだしそうなので、そろそろ前向きな話をしようか。


「魔物を探すのが役目なら、俺は詳細は聞かなくていいよね? いつやるの? 明日? 具体的に俺は何をすればいいの?」


「お、おう……急に真面目になったな」


 うん。どうがんばっても逃げられそうにないからね。

 それに、ロダの話はちゃんと理解できた。


 俺だって、自分が多少の努力をすれば誰かが傷つかずに済むなら、多少の努力くらいなら惜しむ気はないから。多少ならね。


「今、黒皇狼を討伐できる強い連中を集めているところだ。明日か明後日には最後の助っ人が合流するから、恐らく明後日かそれ以降になる。

 君はいつでも出発できるように、準備だけしておいてくれればいい」


 狩猟は明後日。

 それまでに準備をしとけ、か。


「泊まりがけになる? 食料とかおやつとか用意した方がいいかな?」


「お、おやつ……? ……うん、まあ、そう長くはかからないだろう。始まってしまえばすぐに終わると思う。足が速い奴相手に持久戦なんてやって逃げられても困るしな。その辺を考慮して食料や荷物を調整してくれ」


 なるほど。短期決戦狙いか。


「ただ、人が入ったことがないほどの山の奥地にいる可能性は高いからな。捜索自体に何日か掛かる可能性もなくはない。

 ま、君が優秀なら優秀なほど、期間は短くなるとは思うぜ」


 ……うーん。


「そこがわからないんだよね。他に捜索要員はいないの?」


 ここは冒険者が集う街である。

 狩人から転身した冒険者もいなくはないだろう。それこそ魔物の探索専門の人もいそうだし。探すことに特化した「素養」もあるし。


「一応何人かには声を掛けてある。しかしまあ、空蜥蜴や白亜鳥の話を聞く限りでは、君が一番優秀みたいだ。探し始めてから発見まで、まったく時間が掛かっていないだろう?」


 そりゃ障害物を超えて「視える」からね。

 それに今は……まあ、話せることじゃないので、これ以上は話さないが。


「わかった。準備しておくよ」


 あまり気は進まないが、やるしかないのであれば、やるだけの話である。





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