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85.メガネ君、身の振り方を考える





「――えっ!? そっちの訓練終わったの!?」


 地下訓練室から直で風呂へ行き、汗と汚れと疲れを落として帰ってきたリッセに、こっちの現状を伝えてみた。ちなみに俺は食事のあとに行く予定だ。


 ちょうど食事ができた頃に狙いすましたかのように帰ってきて、ソリチカとリッセと俺とでテーブルを囲む。

 ちなみに今日の夕飯は、大きなパンと肉入りのシチューである。パンは買ってきたものだから、俺が作ったのはシチューくらいである。


 まあ俺が作れるものなんてこの程度だ。

 食費の問題もあるので、あんまりバリエーションもないし。凝ったものは作らない。


「やっぱりなんか一味違うんだよなぁ」


 シチューはリッセには好評のようだが。肉と野菜に下味付けてるだけなんだけどね。

 ソリチカは何も言わないので口に合っているのかどうかさえわからない。嫌いな食べ物は多いみたいだが。

 まあ、食べられないほどまずくないなら問題ないと思う。


 それはともかく。


「早くない? まだ一ヵ月くらいでしょ?」


 一ヵ月。


 例の「道」を走る訓練後、俺はソリチカと「素養」の訓練に入った。

 そしてリッセはザントと実戦形式の訓練に入り、同じ地下訓練室にいながら違うメニューをこなしてきた。


 一応、午前中少しだけ一緒に「道」を走っているが、彼女のメインはザントとの実戦形式である。俺は午前中はみっちり走りこんでいるけど。


 たぶん、自分とザントの力量差を考えたら、一ヵ月で訓練が終わったのが信じられないのだろう。

 話だけ聞くと、たった一ヵ月で師に追いついたくらいの印象があるからね。もちろん実際は全然違うけど。


「基本は教えたから、あとは自分でやれってことらしいよ」


 と、黙ってシチューをすするソリチカを見ると、かすかに頷いた。


「情報系はできる事が皆違うから。私のやり方を事細かに教えても意味がない。後は自分のやり方を見出し鍛えるしかない」


 だそうだ。


「人参は嫌い」


「食べなさい」


 師匠の我儘をきっぱり断る。師匠は虚ろな瞳のまま、シチューの池の端に避けていた緑黄色豊かなニンジンを口に運ぶ。本当に嫌いなのかどうか疑うくらいスムーズな動作だ。


 この一ヵ月、ソリチカは肉が嫌い、パンが嫌い、大葱が嫌いとも言っていた。

 逆に何なら好きなのかと問いただしたいくらい嫌いな食べ物が多いみたいだけど。でも普通に食うんだよなぁ。この人もよくわからない人だ。


 まあ、アレだ。

 あんまり真面目に相手しない方がいいんだろう。

 俺もどっちかと言えばそっちのタイプだからわかる気はする。


「じゃあエイル、明日からどうするの? こっちに混ざるの?」


 真っ先にそれを考えたけどね。


「よくよく考えると、俺が入るとリッセの邪魔になるんだよ」


 今リッセは、ザントにみっちり訓練を受けている最中だ。

 朝から晩までボッコボコにされているが、あれは全て必要な訓練である。


 そんな密度の濃い師弟関係の中に、俺が入る余地はない。


 そもそも俺は、剣は使わないのだから。剣術の訓練に混ざっても得るものは少ないだろう。

 そしてザントが俺の相手をする手間と時間の分だけ、リッセの邪魔になるだろう。


「え? いいんだよ? あんたが混ざっても」


「休憩時間が欲しいから?」


「そうだよ。マジできついんだよ」


 知ってるよ。何くれと見てたからね。


 あのおっさん、やりすぎってくらいボッコボコにしてるから。大怪我はしないように、だけど確実に痛いところをバシバシ殴ってるから。

 むしろあの訓練に文句を言わず付き合ってられるリッセの根気だか根性だかがすごいと思う。本当に純粋にそう思う。


「興味はあるけど、どう考えても俺が求めてる系統とは違うんだよ。俺は剣じゃないから」


 俺は体格に恵まれてないし、力も弱い。訓練したって剣は満足に使えないと思う。鍛え上げたところで並くらいまでしかいけないと思う。

 ならば、半端な腕にしかならない剣より、やっぱり弓の上達を目指したい。


「……あ」


 そうだ。そうだった。思い出した。


 この異様に強い暗殺者たちの下を訪れた理由は、弓の腕を磨きたかったからだ。もちろん火力もこれに含まれる。


 ならば、だ。


「ソリチカ、俺もう村に戻っていい?」


 俺があの暗殺者の村を出て、一ヵ月。


 俺が村を追い出された理由は、サッシュやフロランタン、セリエらが、食料の調達やらなんやら生きるために必要な知識を学ぶためだ。

 俺がいたらあいつら身に付けないから、という理由で、簡単に食料を調達してしまう俺が隔離されたのだ。


 で、一ヵ月経った今なら、彼らもそれら必要な知識や技術を身に付けているのではないだろうか。


 あの村には弓使いがいる。

 追い出される前に面通しだけは済ませたのだ。


 それに、毒薬の扱いも憶えておきたい。

 あのお婆さんに色々教えてもらおうと思っていた。


 そして最後に「メガネ」だ。

 持て余すのが目に見えているし、俺には過ぎた力なので身を亡ぼす可能性もなくはない気がするが、それでも「メガネ」の訓練もしなければならないだろう。


 ――つまり、「情報系の素養」の訓練と同時に、この街でやるべきことさえ終わっているんじゃないか。


 そういう話である。





「なんの話? あんたどっか行くの?」


 ん? ああ、そういえばリッセには言ってなかったな。


 一ヵ月前の「白亜鳥」の一件からあんまり好きじゃなかったが、それでも一ヵ月ほど一緒に飯を食っている間に、多少気持ちが落ち着いたと思う。


 まあ、普通に友達だと言える程度には。


 それでも話してないことばかりだが。

 そしてリッセの個人的なこともあまり聞いていないが。


 うーん……なかなかに上辺だけの友人関係かもなぁ。


「簡単に言うと、元々俺が訓練する場所はここじゃなかったんだよ。問題が起こったからしばらくよそに行け、って言われて今ここにいるわけ」


 どこまで事情を知っているかわからないので、この程度の説明に留めておく。


 特に暗殺者の村のこととか、勝手に話すとまずいかもしれないし。……ここら辺の情報は俺の命に関わるかもしれないし。


「よそ? ブラインの塔のこと?」


 お? ブライン?


「それは――」


 いったいなんだ、と聞き返す直前だった。


 ノックもなく出入口のドアが開き、外から人が入ってきた。


「――エイルいるか? あ、いた」


 あ。


 振り返れば、一ヵ月以上も前に一度会ったきりだった、この街の暗殺者の代表である二ツ星の冒険者ロダだった。




 



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