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79.あれから一ヵ月 2





 首尾よく麻痺毒を手に入れたセリエは、寄宿舎前へと戻った。


 今やそこはただの焚火をする場所ではなく、この一ヵ月でそれなりに充実していた。


 台所もない寝るだけの寄宿舎なので、必然的に寄宿舎前が生活スペースとなっていたのだ。そして必要な物を足していった結果がこれである。


 まあ、大したものがあるわけでもないのだが。

 焚火の周りをしっかりした石で囲んでみたり、鉄板や鉄鍋など、細々した物が増えただけだ。


「ただいま戻りました」


「――おう」


 石を指ではじき的に当てていたフロランタンが振り返った。


 怪力の彼女の手から放たれる石は、小さなつぶてであっても尋常ではない破壊力がある。

 これも、村に着いた当初から取り組んでいた「己の力の操作」を鍛える訓練の一環であり、また彼女にとっては必須に近い技能習得の訓練でもあった。


「どうじゃった? 手に入ったか?」


「ええ。抜かりなく」


 ついでに魔物避けの薬草粉も出してもらった。


 貰った麻痺毒は、狩った鉄兜の肉と交換だが、予想できた交換条件なので強いて話す必要もない。

 それも計画の内のことだから。


「鉄兜はかなり大きいらしいからのう。狩れば一月は肉に困らんぞ」


 計画が立ってからは何度も聞くフレーズである。フロランタンは、昨今の肉日照りに辟易しているのだ。


 狩猟は難しい。

 木の実や果実、魚などはわりと簡単に入手できるようになったが、動物となると話は別だ。


 フロランタンが飛び道具の訓練に熱心なのも、その先にある狩猟という目標があるからである。

 個人的なことを言うなら、セリエは、あの気味の悪い木像彫りをやめてくれたことに安心しているが。本人は真剣なだけに手に負えなかったのだ。


「サッシュ君はまだ訓練中ですか?」


「いつも通りじゃ」


 狩猟という意味では、サッシュが一番獲物を狩る率が高い。

 が、昨今の彼は、村にいる槍の達人の下で一日中槍の訓練をしている。狩猟に出る時間がないので、――つまり暗殺者候補三人は完全に肉日照りなのである。





 今回の計画も、業を煮やした肉好き二人が言い出し、話を詰めてできあがった。


 いや、発端という意味では、フロランタンから始まっている。


 少し前、野草や木の実などで食事している時、突然なんの前触れもなく「肉がいいんじゃ!」とわっと泣き出したことから始まっている。


 気が強い彼女が泣いたことにも驚いたが、泣くほど肉が食べたかったのかとそこまで渇望していたことにも驚いたし、泣きながら野草や木の実を食べていたことにも驚いた。


 「何こいつ」と呆れていたサッシュがまともに見えるくらいには、なかなか驚かされる光景だった。


 正直セリエも少々なんとも言えない気持ちにはなったのだが、冷静に見れば、目の前にいるのは泣いている年下の女の子である。野草や木の実を食べながら泣いている女の子である。


 慣れない自活で支え合ってやってきた仲間が、年下の女の子が泣いたのだ。

 なんとかしてあげたいと思うのは、そう不自然なことではない。 


 フロランタンとは不仲に見えるサッシュも、それでも仲間意識くらいはあるようで、気持ちの大小の差はあるかもしれないがセリエと同じように考えたようだ。あと彼自身も肉が食べたかったようだ。


 こうして、魔物を狩るという計画が立ち上がったのだ。


 肉に対する主張は、サッシュの熱意も大きかったが、フロランタンの執念はかなりのものであった。


 動物は狩れない。

 素早く逃げて捕まえられないから。

 サッシュだって訓練を優先するので、狩りばかりしている時間はない。


 ならば、逃げない動物……逃げないどころか向こうからやってくる動物、すなわち魔物を狙うことにしたのだ。


 村人からいろんな情報を仕入れ、エイルが置いていった魔物図鑑と睨み合い、三人で何度も話し合って少しずつ話を詰めた。


「あのトカゲがいいけど、仕方ねえよな」


 サッシュのぼやきはもっともで、セリエもフロランタンも内心は同じことを思っている。


 この村に着いてすぐ、エイルが仕留めてきた空蜥蜴という魔物。


 見た目は非常にトカゲそのもので、見た目のアレさ加減から食欲が湧くようなものではなかったが、恐る恐る食べたその肉の味は、今まで食べてきたどの動物や魔物の肉よりも美味しかったと、セリエは思っている。


 セリエは個人的に、肉より果物の方が好きなのだが、あのトカゲだけは別格になった。本体の姿のアレさを差し引いても食べたいほどだ。


 だが、村人からの情報によると、空蜥蜴は非常に見つけづらく、暗殺者が集うこの村の人でさえ探すのも狩るのも一苦労らしい。

 ここに来たばかりの生徒が狩れたことの方が奇跡的だと。そう言う者もいた。


 つまり、「向かってくる獲物」ではない以上、この三人で狙うことはできないという結論が出た。


 名残惜しいが、諦めるしかなかった。





 訓練から戻ってきたサッシュに、計画の準備が完了したことを告げた。


「よし、わかった。じゃあ明日決行な」


 と、汗だくで砂埃にまみれ上半身裸、身体中に青アザができている最近のサッシュは、帰ってきたその足でまた行ってしまった。今日の訓練もかなり厳しかったに違いない。


 この計画は、サッシュの訓練の一環でもある。


 そろそろ実戦経験も積ませたいという彼の師の意向と、この計画が噛み合ったのだ。

 つまり現地では、彼の槍の師も同行する、ということだ。


 なんなら、弟子の訓練のために、狙いを定めた鉄兜(アイアンヘッド)を見つけてサッシュの前に連れてくる、という手順を担ってもくれる。

 何より、いざという時は助けてくれるだろう。……一撃で即死しなければ。


 言ってしまえば、保護者同伴の魔物狩りなのである。


 ――エイルが一人でやっていたことを三人で、しかも保護者付きでようやく挑戦できることを考えると、やはり彼の存在は大きかったのだろうと、改めて思った。






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