07.メガネ君、二度目の逃亡……そして捕まる
冒険者と聞いて何を連想するかと言われれば、やはり武装である。
次の聞き込み場所は、武器とか防具とかを扱っている店にしよう。
冒険者には切っても切り離せない癒着関係にあると見た。
ホルンはどうも有名な冒険者チームに所属しているらしいので、噂話程度なら聞けそうな気がする。
別に突っ込んだ情報が欲しいわけでもないから、向こうも答えやすいはず。
それに、都会にはどんな弓があるかも興味がある。
――と、思っていたのだが。
「あたしらになんか用?」
一発目で会えてしまった。「夜明けの黒鳥」のメンバーに。
冒険者ギルドから程近い、大通りに面した武器を扱っている店に入った。冒険者らしき客が三名ほどいて、なかなか広い。品ぞろえはいい方、なのかな?
棚や壁に並び、タルに突っ込んであったりする多種多様な武器を眺めつつ、弓はないかと探すがそれらしいものはない。
まあないものはしょうがないとして、奥で剣を研いでいる店員らしき初老のじいさんに、声を掛けてみた。
『夜明けの黒鳥』を知らないか、と。
すると、答えたのは、近くにいた客だった。
「あたしらになんか用?」と。
「え? 黒鳥のメンバー?」
予想外に若く、そして予想外に弱そうな赤毛の少女である。俺と大して歳も変わらないはず。武装もしていない。
「そうだけど」
……えー?
わからん。
『夜明けの黒鳥』は三ツ星のチームなんだよな?
二ツ星のロロベルを基準に考えれば、全員あれくらい強い、もしくはあれ以上強い連中の集まりって感じがするんだが。
なんだ? 俺の思い違いでもあるのか?
「何? ……変なメガネ」
すごいジロジロ見てしまったせいで、嫌な顔をされてしまった。大して見たい顔でも……いや、女性にこれは失礼だな。あんまりジロジロ見なくても問題ない顔なのに。
いや、だって、戸惑うのも仕方ないだろう。
どこをどうみても、普通の少女にしか見えない。ロロベルのような強さを感じることもない。気配もただの村人って感じで隙だらけ。
なのに、トップクラスの冒険者チームのメンバー? なぜ?
……いや、まあいいか。
その冒険者チームがどうであろうとなんであろうと、俺は姉に用があるだけだ。
不自然や不可解を気にしたって仕方ない。疑問に思ったところで好奇心以上でもない。なら知らなくてもいい。
「あのー、メンバーのホルンに会いたいんだけど、今どこにいる?」
「はあ!?」
少女は嫌そうな顔から急変、なんか急に眉が吊り上がった。え、何この反応。
「ホルンお姉さまに会いたい!? あんたみたいな貧乏そうなガキが!? なんで!?」
お姉さまて。君は妹かよ。俺は弟だよ。なんでと言われても。
「――うるせぇな」
なおも何か言いかけて少女が口を開いた瞬間、下っ腹に響くような低い声が通り抜けた。
「店で騒ぐな。ここはガキの遊び場じゃねえ」
店員である初老のじいさんが、ものすごく剣呑な目で俺たちを見ていた。……ああ、あれはまずいな。あれは必要なら躊躇なく人を殺せる奴の目だ。ほんと怖い。
まあ騒いでたのは俺じゃないので、視線は主に少女の方に向いているが。その少女も面食らったようでたじろいでいるが。
「おい小僧」
あれ? まさかの飛び火? こっちにも来るの?
「ホルンなら魔物討伐に出ている。王都に帰るのは最短でも三日後だ。用は済んだか? 買う気がないなら行け」
ああ、そう。そうか、今は王都にいないのか。帰るのは三日以降か。
「ありがとう、じいさん。ついでに聞くけど弓は扱ってないの?」
「うちは刃物専門だ、矢もねえよ。弓に用があるなら六番地の『ジョセフの店』を訪ねろ」
あ、やっぱり取り扱ってないのか。
「重ね重ねありがとう」
目つきは怖いが、意外と親切だったな。情報も聞けたし助かった。
お礼ってわけでもないが、ついでに何か買い物とかしたいところだ。
だが、俺は刃物はあんまり使わないからなぁ……そうだな、獲物をさばく解体用ナイフとかここで買おうかな。愛用しているナイフはそろそろ寿命だ。新調してもいいと思う。
それこそ、都会に来た記念に、買ってみようかな。
そんなことを考えながら、店を出た。
「待ちなさいよ」
さて。
せっかく教えてもらったし、その、六番地の「ジョセフの店」ってところに行ってみようかな。都会の弓を見てみたい。
「待ちなさいって」
ホルンが最短三日で戻ってくるなら、俺も三日は滞在しなければならない。城から滞在費は貰っているけど、そんなに多くはない。無駄遣いはできないな。
「ちょ……ほんと待ちなさいって! ねえ!」
一応、狩人生活で蓄えた俺の貯金も持ってきてはいるが、あんまり多くはないんだよな。
二年前にホルンが王都へ向かう時、餞別として全部渡しちゃったから。それがなければそこそこあったとは思うけど。
どうせホルンのことだから、すぐに村に帰ってくることはない。きっと王都で買い食いとか無駄遣いとかしたいだろうと思って。村ではお金の使い道もないし、俺もその頃は全然いらなかったし。
……でも、俺は確かに「土産を買ってこい」と言って、ホルンに土産代として渡したはずだけどな。
肝心の土産はいまだ届いてないし、そればかりか本人さえ一度も帰ってこないけどな。
「メガネ! メーガーネー!!」
…………
さすがに腕を取られてしまっては、無視はできないな。
「俺のこと?」
「あんた以外にどこにメガネがいるんだよ!!」
「ほかの人であってほしかった。そう思っていた」
「何それ!? あのさ! 忘れてるかもしれないけど! ホルンお姉さまのこと聞いたのそっちだからね!」
そこを言われたら仕方ない。確かにその通りだから。
――さっき武器屋で声を掛けた「夜明けの黒鳥」のメンバーである赤毛の少女が、店を出てからも付いてきていた。
このうるさいのを連れて動くと、とにかく目立つ。ただでさえ人が多くなってきた頃合いである。向けられる視線が嫌だ。
仕方ないから対応してさっさと別れよう。
「といっても、俺の用事はもう済んだよ」
店員のじいさんから必要なことは聞いた。
「率直に言うと、もう俺は君に用はない」
「こっちにはあるの!」
だろうなぁ。だから追いかけてきたんだよなぁ。
「六番地ってどっち?」
「なんでこの流れで聞くの!? 話が終わるまで行かせないけど!?」
「話しながら行こうよ。で、どっち?」
「答えたら逃げるんでしょ?」
「逃げないよ。とにかく急いで行きたいから全速力で走るだけだよ。それを逃げているなんて言われると心外だよ。傷つくよ」
「本音は?」
「全力で逃げるよ」
「……はぁ」
溜息つかれたよ。疲れた溜息つかれたよ。
「お願いだから聞いてくれないかな? あたしだって暇じゃないし、騒ぎたいわけでもないから」
……お願いされてしまった。
「わかったよ」
どうせロクな話じゃないだろうけど、聞くだけは聞いてみよう。
「今度は逃げないから、歩きながら話そう」
「ほんと? 絶対だよ?」
「うん。で、どっち?」
「あっちの、大通りを行った先――おいこらおまえぇぇぇーーーー!! メガネぇーーーーー!!」
――アルバト村のエイル、本日二度目の華麗なる逃亡であった。
早く村に帰りたいだ王都に用はないだ思っていたが、なんだかんだ物珍しくあれこれ見て回り、楽しく王都観光を楽しんだ午前中。
昼には、ナスティアラ王国名物の「大葱と青鴨のスープパスタ」を堪能し、宿に戻ってきた。青鴨はうまいよなぁ。大葱と合わせると凶悪なまでにうまいな。こりゃ名物になるわ。
荷物や弓は、宿に置いたままだ。
一泊の予定だったはずだが、城からは数日の滞在を命じられたので、連泊の手続きをしなければいけない。
それが終わったら、どこか場所を探して、弓の訓練を……
「「――おかえり」」
…………
退路を断たれた。
宿に入ってすぐ、今通ってきた出入口に、二人の女性が立ち塞がっていた。
金髪おかっぱ頭のロロベルと、武器屋で絡まれた少女である。