表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/469

69.メガネ君、耳を塞ぐ





「……うーん……まあいいか」


 本日、合計33本目の全力疾走の後、ついにザントが漏らした。


「まだまだ身体の使い方が甘ぇし、正直もう少しだけやらせたいところだが、まあギリギリだな。あとは自主訓練で突き詰めろや」


 そろそろ体力の限界、今日はあと一本走れるかどうか……という状態で膝に手を着く俺とリッセは、ザントが何を言っているのかわからなかったのだが。


 ピンと来ていない俺たちを見て、呆れたようにはっきりそう言った。


「――合格だ。明日っから違うことやるぞ」


 合格。


 ずっと欲しかったその言葉は、しかしなんの感慨も重みもなく、ただただ耳から入って抜けていく。言葉としては理解しているが、……たぶんまだ実感が湧いていないのだろう。


「……や、やった! やったぁ!!」


 あ、リッセは実感しているみたいだ。俺は……まだっぽいな。嬉しいとかそういう感情もまだない。これからじわじわ来るのかな。


「んじゃ、今日のところはこれで上がれ。しっかり身体を休めておけよ」


 教官役であるザントの指示に従い、今日の訓練は終わりとなった。





 もはや通いなれた、大浴場ゲルツの湯の従業員用出入り口から表に出る。

 今日の訓練は陽が暮れる前に終わっていたらしく、久しぶりに夕焼け空を見た。いつもは夜になるかならないかくらいだから、少し早いかな。


「――あ」


 よほど嬉しかったのだろう、浮かれて挙動不審だったリッセが、唐突に何かに気づいたように声を上げた。


「じゃあ俺は先に帰るね」


 嫌な予感しかしなかったので、俺はとっとと行こうとするが。


「待て」


 ……やっぱり捕まってしまった。


「早く風呂に入って飯食いたいんだよね」


「それは私も一緒」


 お互い汗だらだらだし、何度か転んだので身体も埃っぽい。やはり疲労が溜まっていくとミスが……まあそれはいいか。


「あんたお金どうなってる?」


 ん? お金?


「だって基本外食でしょ? エイル、台所使ってないでしょ?」


 うん、結局使う間がないからね。といっても朝はパン一つと水、昼は抜き、夜だけ安い定食を食べているくらいだ。


 ……って、そういえばリッセとは一緒に住んでるんだよな。


「リッセは使ってる?」


 小さな家に一緒に住んでいるが、しかし驚くほど生活リズムが重ならない……いや、むしろ重なりすぎているおかげで、家出はまったく遭遇しないのだ。だからうっかり失念しがちになる。そうだよな、一緒に住んでるんだよな。


 そもそも彼女がどこで何をやってるかなんて、あんまり気にしたこともないし。

 俺が寝ている時間は彼女も寝ているし、俺が訓練する時間は彼女も訓練しているし。


 家以外ではずっと一緒なんだけど……まあ、その辺はどうでもいいか。


 食費問題を考えたこともあるが、とにかく台所に立つ時間と余裕がなかった。

 夜は特に疲れきっていて、食べながらうとうとしているほどだ。あの状態で火だの包丁だの使うのは危ないと思う。


「いえ、全然。体力の問題で食事を作る余裕もないから、必然的に外食になってる。


 自炊した方が安上がりになるとは思うけど、体力的に連日台所に立てるかどうかも怪しいのよね。そうしたら残った食材とか無駄になりそうだし。火を使うのも危なそうだし」


 あ、これも俺とリッセは同じなのか。本当によく似ているなぁ。結局「道」での決着はつかなかったし。


 まあ、だから、代わりにできるだけ食費を押さえた生活にした結果、結局そんなに食費は掛からなくなった。


 これまた毎日利用している浴場の使用料も、月間フリーパスという一ヵ月風呂入り放題の先払い定期券を購入した。かなりお得なやつだ。リッセも持っているみたいだ。


 色々と似ている部分は多いが、しかし経済力まではそうもいかなかったようだ。


「俺はお金の余裕はあるけど」


 手持ちのお金もまだまだあるし、虎の子として取ってある空蜥蜴の魔核という財産もある。結構いい値段で売れるそうなので、困ったらあれを売ればいいだろう。


「ねえ、あんた狩人やってたって言ってたよね?」


「言ったっけ?」


「言ってたよ。絶対言ってた。間違いなく言ってた」


「じゃあそれでいいけど。それが何か?」


「私の狩りを手伝ってよ」


「あ、俺そういうのやってないんで。じゃあ失礼しまーす」


「待て」


 ……なんなんだよ。早く風呂に入りたいんだよ。


「手っ取り早くまとまったお金が必要なの。となると、魔物を狩るのが一番早い」


「うん。がんばって」


「手伝って」


「あ、俺そういうのやってないんで。じゃあ失礼――」


「もうこのくだりはいいから!」


 あ、そうですか。


「俺は明らかに気が進まない態度なんだけど、それは伝わってるよね? それでもあえて誘ってるの?」


「仕方ないでしょ。他に頼めそうな人いないんだから」


 つまり消去法の末の人選か。もっと気が進まなくなったんだけど。


「数日前の話、憶えてる? どんな強さが欲しいのかってザントに聞かれたやつ。俺、あの時言ったよね。火力が足りないって。

 要するに、俺は魔物とは戦えないんだよ。攻撃手段がないから」


 赤熊や刺歯兎や、その辺の比較的弱いとされている魔物ならまだしも。


 ハイディーガ付近に生息する魔物は、これまで俺が狩ってきた魔物とは桁違いに強い。

 一方的に先制攻撃ができた空蜥蜴だって、不意打ちを成功させた割りには苦労して狩ったと思っている。


 狩人としての理想を言うなら、やはり一撃で仕留めたい。

 だが、まだそれはできない。


 俺には決定打が欠けている。

 だからこそ、明日からの訓練でそれを補う方法を模索し、身に付けるつもりだった。


 今の俺は、魔物を相手するには弱すぎるってことだ。


 ちゃんと「行きたくても役立たずだから無理」という事実を説明するが、しかしリッセは引かなかった。


「魔物を探すだけでいいわ。魔物を狩るのは私がやるから」


 ん?


「できるの?」


「フン。この私を誰だと思っ――おい待て。いい加減聞きなさいよ」


 嫌だ。俺は風呂に入るんだ。リッセのことなんて聞きたくない。聞いたら面倒なことになりそうだから聞きたくない。


「嫌がる俺に無理やりやらせる気? このケダモノ」


「な、なんでそんな言い方するの!? 違っ……違わないか……? ――いやだから待てって!」


 嫌だ。もう待たない。


 俺は両耳を手で塞ぐと、リッセを置いて早足で歩きだした。


「耳を塞ぐな! 帰るな! 聞け! 聞くんだ!」


 嫌だ。絶対嫌だ。俺は訓練をするんだ。狩りは今はいいんだ。





 まあ、一つの交換条件のもとに、結局俺が折れたのだが。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 赤毛キャラは主人公引っ張り回すっていう習性が染み付いてんですかね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ