61.メガネ君、気もそぞろに考える
「――はい、『鴨の香草焼き』のセットお待ち!」
ゆっくり湯に浸かり、旅の疲れと汚れを落としつつ、色々と思考を巡らせてみた。――うん、やっぱり鳥肉もいいな。刻んだ大葱をベースにしたソースもよく合っている。
暗殺者の村で、御者のおっさんは確かに言ったのだ。
「暗殺者ギルドを訪ねろ」と。
ならば、存在しないとは思えない。
行くのに半年掛かるような遠い異国のことではない。二、三日で到着できるような近場の街のことだ。
とてもじゃないが、狩猟ギルドが潰れたことを把握していなかったとは思えないのだ。――付け合わせの野菜もいい。子供の頃は野菜はあまり好きではなかったけど、今では……まあ好きではないかもしれないけど、普通に食べられるようにはなった。
具は少ないが香草の匂いも気高い、俺の瞳と同じ色の薄い琥珀色のスープを一口すすりつつ、更に思考を巡らせる。――シンプルな塩味。あとかすかに何かの味が……もしかしたら魚だろうか。魚系の何かが入っているのだろうか。このスープを琥珀色に染めたものの正体はよくわからないな。
このスープのように、わかっていることもシンプルだ。
一つ、狩猟ギルドは潰れていた。
二つ、でも暗殺者ギルドは実在する。
この二つを矛盾しないよう繋げるなら、やはりシンプルに「狩猟ギルド以外の隠れ蓑を使って暗殺者ギルドは存在する」、と考えられる。もしくは裏か。
狩猟ギルド以外の表の顔で門を開いているか。
もしくは、裏世界で堂々とやっているか。まあ裏でやっている時点で堂々とっていうのもおかしいが。
でも、後者の可能性は低いと俺は思う。
ぼそぼその重い黒パンをスープに沈めつつ、ふと隣のテーブルにいる女性二人の話に耳を傾ける。
「――うーん! やっぱりここの『フルーツジェラート』は一味違うなぁ!」
「――ね! お風呂の後は絶対これだわ!」
そうか。あれはフルーツジェラートというのか……非常に気になる。
――裏世界でやっているには、あまりにも現状の暗殺者ギルドは仕事をしてなさすぎると思うのだ。
ワイズの話では、近頃は暗殺の仕事なんてほとんどないと言っていた。
そんなものが裏の世界で堂々としていられるだろうか。
裏社会は、実力よりコネ、それとどれだけお金を動かせるかだと、師匠は言っていた。
確か「俺もそこそこ裏に関わっちまったからな……俺ほどの腕だと裏の連中がほっとかなかったんだ。まいったぜ。裏には」などとほざいてはチラチラ目線で質問とかしてこいと誘っていたが、まーた師匠の戯言だなと思って聞き流したっけ。
あるいはあれは本当のことだったのかもしれない。まあ本当のことであっても大して知りたくもないけど。
元々国に抱えられていたけど解体されて、書類上は無関係だけど最低限国に残しているのが、今の暗殺者集団だ。
そして暗殺者ギルドは、国から仕事を貰えなくなったワイズたち暗殺者が、依頼人を民間から募る形にした組織である。
たぶん俺からしたら――おっと。
「すいません、『ジェラート』追加で」
通りがかった給仕に追加注文する。うーん、やはり「次はいつ食べられるかわからない」と思うと、財布の紐は緩んでしまうなぁ。
――で、だ。
俺からしたら、仕事日照りである以上、お金を稼いでいるとも思えないのだ。だから裏世界でもそんなに幅を効かせているとは思えないのだ。
たとえば、暗殺者の実力で裏世界を牛耳っている……なんてことになっているなら、暗殺者の村なんてものが生まれるわけがない。
裏を支配しているなら、育成だって元暗殺者の第二の人生を用意するのだって、簡単だろうから。
まあ要するに、お金がなさそうだから暗殺者界隈でも裏世界でもまともにやっていけてないってことなんじゃなかろうかと。そう思うわけで。
だとすれば、やはり狩猟ギルドに代わる表の顔があると思うのだ。
すっかり食べ終わった後、例の「フルーツジェラート」が運ばれてきた。お? ああ、氷のお菓子なのか。氷菓なのか。
「――甘い」
カラフルできめ細かい氷を、匙ですくって口に運ぶ。――あ、なるほど。こういうアレか。風呂で温まった身体に冷たいものが染みる。うん。これはいい。
それにしても氷なんてどうやって用意したんだろう。今は雪が降ったり湖が凍ったりする季節じゃないのに。
「すいません」
通りがかった給仕に思わず聞いてしまった。暗殺者ギルドのことを考えつつ。
狩猟ギルドに代わる表向きの何かをしているなら、それを暴くためにはどうすればいいのか――へえ。魔核から。どうやって? 詳しくは言えないけど『白蜘蛛』という魔物の魔核をなんやかんやすれば氷を作れる? 魔核ってそんな使い道があるんだ。
まあでも、方向性さえ決まっていれば、探し出すのはそんなに困難ではないとは思う。
――情報屋を探せばいいのだ。裏事情に詳しい情報屋を。
――そして俺は、情報屋がいそうな場所を、すでに知っている。
氷菓を味わいながら、食べ終わったらすぐに向かうことを決めた。
…………
お代わりをしてから。
あと小難しいことを考えながら食べても気もそぞろになるだけだな、と思いながら。
しっかりハイディーガの料理を堪能して、ここらで有名な食堂から出ると、空は茜色から藍色へと変わっていた。
もうすぐ夜である。
この時間が都合がいいのか悪いのかはわからないが、ひとまず見るだけでもいい。情報屋がいそうなあそこへ行ってみよう。
向かう先は――貧民街だ。
酒を飲むならこれからって時間である。往来はまだまだ人が多く、まだまだ店じまいには少しばかり早いようだ。まあ酒場ならこれからって時間だしね。
今日だけでだいぶ情報に踊らされて方々を歩き回った。そのおかげで、おおまかに街の地図は頭に入っている。
活気ある道を行き、少し道を折れ、だんだん店がない方向へと進んでいく。
すっかり喧噪も遠くなってきた頃、粗末なボロを着て雑魚寝している人たちが目につくようになってきた。
――うん。間違いない。
情報屋はここにいそうだ。
王都にいた頃、「メガネの数字」の意味がわかるようになってすぐは、王都であらゆる人の「数字」を見て回った。
理由は……突き詰めれば好奇心になるんだろうか。
あの「数字」は、俺の奇襲からの勝率だ。たぶん当たっていると思う。
面白いもので、一般人にしか見えないのに極端に「数字」が低かったり、強そうな人なのに一般人より「数字」が高かったりするのだ。
特に面白いのは、冒険者はだいたい俺が気配で読んだ通りの「数字」になるのだが、むしろ一般人の方が読めなかったりする。簡単に言うと強者が隠れているのだ。
特にそれが顕著だったのが――貧民街である。
ここの人は本当に極端で、「99」か「1」のどちらかなのだ。
「99」の人は、間違いなくただの人生に疲れている飢えた人である。
しかし、そうじゃない人は――
「……んあ? なんだい坊主? めぐんでくれんのかい?」
元は何かの革だったと思しきボロボロの敷物の上で、ゴロリと横になっている髪もヒゲも伸ばしっぱなしの男。
年齢もわかりづらい、ガリガリに痩せている、生気をまったく感じない緩んだ顔、据えた嫌な匂いがすると、熟練の無宿者と思われるこのおっさん。
しかし数字は「1」だ。
「――っと」
少しだけ殺気を込めて見ると、おっさんはとんでもない速さで距離を取って立ち上がった。すごいな今の速さ。もし下手に仕掛けていたら返り討ちに遭っていただろう。
「……へへっ。坊主、なかなか粋な挨拶してくれんじゃねえの」
俺がそれ以上何もしないと見ると、うっかり「動いて」しまったおっさんは、野性味と凄味を感じさせる笑みを浮かべた。うわ怖い。この人やっぱりかなり強いな。「数字」も「0」になったよ。
情報屋かどうかはわからないが。
しかしこのおっさんは、間違いなく裏世界側の人間だろう。
ならば、情報屋の一人くらいは知っているだろう。




