465.メガネ君とその先と
思えば。
思えば、あの年代の暗殺者候補生たちが舞台の陰日向に、裏に表に見え隠れし始めたのは、あのバルバラント王国の騒動からだった。
リッセ、サッシュ、ハリアタン。
冒険者チーム「丸殻盾兵団」の若きエースたちは、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長を遂げ、たった数年で一流どころに並ぶ名声を手に入れる。
逸話も冒険譚も多いが。
特に、ナスティアラ王国に居を構える冒険者チーム「夜明けの黒鳥」と共同戦線を張った「魔壊竜エーベ・クリューヌ・ドール」との一戦は、「丸殻盾兵団」を語る時は絶対に外せない、後世に語り継がれる大物狩りとなった。
料理人として名を馳せたベルジュ。
彼は、知り合いの錬金術師の協力の下、「毒を調味料にする技術」を確立し、新たな味覚の世界を開いた。
悪食の極みとも、邪道とも、料理の冒涜とも呼ばれる異端児となるが――
本人は一切の苦情も文句も意に介さず、ただただ食べる者を魅了する料理を追求し続けた。
彼が亡くなってから、彼と半生を共にした竜人族の娘が手掛けた「料理王の歩み」という名の本は、料理人必携の書となり長く長く愛されることになる。
異色の人生を送った者は多いが、一番異色だったのはフロランタンである。
彼女はバルバラント騒動の後、城壁破壊の犯人として兵士に逮捕されて、重犯罪者区画の坑道へ落とされることになった。
――「うちはただの代行じゃ。このファミリーとはなんの関係もないけぇ……うち以外に手ぇ出したら許さんけぇのう? それとわれどもも、公平な仕事をしとる上のモンに逆らうことはすな。うちはこれでええけぇ」
捕縛する兵士たちも、ともすれば兵士たちを殺してでもフロランタンを守ろうとしたファミリーをも静止させる言葉を吐き、彼女は大人しく地の獄に行くことになったが――
バルバラントの騒動が起こる前から潜んでいたと噂される一人の兵士の手引きにより、凶悪犯たちを引き連れて脱獄。
その後、無法の国クロズハイトで落ち着くことになる。
無法の国と呼ばれる負け犬たちの街を、力と拳と意志でまとめた「鋼の暴君ゼット」。
異様な交渉術で、次々と周辺国の認可を取り付けていった「闇の交渉人ベッケンバーグ」。
凶悪な犯罪者や脱獄囚たちを手懐けてどんどん勢力を拡大していく「悪を説く邪教祖、首領・フロランタン」。
後に大層な名で呼ばれるこの三人が出会い、掃きだめのクロズハイトを一国へと育て上げる建国記は、大陸中の誰もが知る現代の英雄譚となる。
――そして、三人の影としてシュレンが活動したと言われているが、真相は定かではない。
ハイドラ、マリオン、トラゥウルル、シロカェロロ、エオラゼル。
彼らは表舞台に立つことはなく、常に舞台裏に存在した。
かつて活躍した盗賊たちが隠したという宝を探したり、王城や大貴族の屋敷、神聖大教会に忍び込んだり、遺跡や洞窟、廃墟などを荒らしまくる盗賊団としては有名になったが、個々人で名が出ることはなかった。
盗賊団としての名前も、メンバー構成も、誰一人としてわからない。
ただ、「凄腕の盗賊団がいる」という噂だけが広まり――誰が呼んだのか「見えない盗賊団」と呼ばれるようになる。
奇しくもメンバーの一人の「素養」である辺りが、皮肉なものである。
そして、彼らの噂を聞かなくなった数年後に出版された本にて、世界中のロマンを求める者たちの心を盗むことになった。
暴露本である。
盗んだ宝のリストと、それを隠した場所を示すヒントを載せた本の存在が、一獲千金を目指す者たちを冒険へと導いた。
盗まれた宝、隠された宝を求める者が台頭する。
あたかも「見えない盗賊団」がそれを狙っていたかのように。
全大陸を挙げての空前の盗賊・冒険ブームの襲来となるのだが――それさえも彼らの目に、胸に、どう響いたのかはわからないままである。
ナスティアラ王国の研究部門に属したリオダイン、カロフェロン、セリエもメンバーの一員だったのではないかと噂されたが、少なくとも当人たちは否定している。
そして最後に、メガネの青年エイル。
時にただの狩人。
時に「夜明けの黒鳥」の臨時メンバー。
時に「丸殻盾兵団」のエースたちと肩を並べ。
時にクロズハイト建国に関わり。
時に「見えない盗賊団」のメンバーとも言われた。
様々な死線と剣術大会の功績などを認められ、世界的に有名な剣士となった「悪魔祓いの聖女ホルン」の弟。
非常に影が薄く、彼の存在を知る者は多いが、その本質まで辿り着く者は滅多にいない。
実力者ほど彼を評価したが、それ以外には平々凡々とした者にしか見えなかった。
彼が関わった事件は多岐に渡るが、それは噂だけに留まるものばかりである。
あまりにも荒唐無稽なものばかりだからだ。
一国の王城を一人で制圧しただの、見上げるような巨獣を一人で仕留めただの。
クロズハイト建国では、ゼットやベッケンバーグ、フロランタンと親交を深めていただの。
「見えない盗賊団」の仕事の大半に関わっていただの。
そんな噂が絶えず、何が真実なのかはわからない。
だが、彼を知る実力者がそんな噂を聞くと、どんなに信じられない内容であってもこう言うのである。
――「あのメガネならやりかねない」と。