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464.バルバラント王国の騒動 夜明け





 玉座に座する次期国王の前に、要人らしき者たちが集められた。

 まあ、全員まだ寝ているが。


「これ、どうする?」


「うーん……」


 恐らくは、目元に巻いている紐の影響だとは思う。


 だがもしこれが「素養」のせいでこうなっているなら、強引に外していいものなのかどうかが疑問である。

 力ずくでどうにかして、対象に不都合が起こらないという保証はない。だから下手に触れられないのだ。


 そんな疑問を前に悩んでいた一同だが――やはりこれをやったのであろうメガネに抜かりはなく、空が明るくなってきたいいタイミングで、全員が一斉に起き出した。


 これは何事だ、だの、なぜ縛られている、だの、解放しろ、だの、あれ腰の痛みがない、だの、わしは久しぶりに熟睡できたのじゃ、だの。


 目元に布を巻かれている連中が、冷や水を打たれたかのように同時に目を覚まし、蠢きながら騒ぎ出す。


「――お、王子……!?」


 そんな中、とりあえず目元の布だけ取っていき……ここがどこで、今自分が誰の前に転がされているかを知り、ある者は当然驚き、またある者の表情は苦渋に満ち、あるいは諦念に脱力する者もあった。


「――兄上……!?」


 その中、一際驚いたのが、第二王子ダスティオーブである。


 玉座から引きずり下ろしたはずの兄が一晩の内に戻ってきて、気が付けば逆の立場……いや、元通り(・・・)となって目の前にいるのだ。

 驚かないわけがない。


「――これはどういうです!?」


 そして、ようやく城内の異変を察知したのか、離れに住んでいる第二王妃ほか王族たちが乗り込んできた。


 非常に良いタイミングである。

 兵士たちもぞろぞろとやってきたので、兵士を足止めしていたシュレンも引き上げたのだろう。


「どうしてこんな……誰か! ダスティの縄を――ひっ」


「――美しくも醜きご婦人。どうかお静かに」


 フードを目深にかぶったエオラゼルが、玉座の傍から一気に距離を詰め、騒ぎ立てる第二王妃に剣を突きつける。


「ぶ、無礼者! 誰に向かって――う」


 反論は、首に当たる冷たい刃の感触を知り止まる。


「斬らないとお思いですか? 僕は第一王子の味方で、あなたには斬られる理由があるでしょう?」


 耳元で囁かれた艶のある優しくも冷たい言葉は、多かれ少なかれ本気を感じさせるものだった。


 第二王妃ほか王族に睨みを利かせたエオラゼルを見て、第一王子が立ち上がった。


「皆の者! 父が倒れ、私が不在の間、よく城を守ってくれた!」


 これで役者は揃った。













「――へえ。それでどうなったの?」


 あまり興味はなさそうな相槌だが、そう見えるだけで、エイルは割と興味津々である。


 その日の夜。

 エイルとシュレンは、今朝バルバラント王城で起こった事の顛末を、リッセ、ハリアタン、サッシュ、ベルジュから聞いていた。


 決して他所では漏らせない「騒動の真相」を、ちょっといい酒場の個室を借りて、ちょっといい酒といい料理を食べつつ、ささやかな祝賀会を兼ねて集まっていた。なお、支払いはエオラゼルである。


 明け方から続くなんだかんだで、バルバラント王都は混乱を極めていた。


 第一王子の帰還と。

 第二王子らの主張と、事の正当性と。


「ほら、事の発端は、王様が倒れちゃったことでしょ?

 で、バルバラントでは、次期国王には国王から王冠と指輪を渡すって儀式があるらしくてね。


 元は第一王子が正式に渡されていたから、揉める理由はなかったのよ。

 もしこのまま王様が亡くなるようなら、そのままスムーズに第一王子が国王の座に納まるはずだった。


 けど、どっかのタイミングで、第二王子が第一王子の持っていた王冠と指輪を偽物にすり替えてたらしくてね。

 でもって第二王子は、王様の意識が戻って自分に次期国王を任せると言った、とかなんとかでっち上げたみたい。それが騒動の始まりだね。


 それで城内は、第一王子派と第二王子派の真っ二つになったんだけど――」


 その時、先代から代替わりしたばかりの騎士団長が、第二王子や第二王妃の甘言に落ちた。

 騎士という武力を押さえられたことで形勢は大きく傾き、第一王子は殺される前に、城を逃げ出したのだ。


 ――そしてエオラゼルと会い、彼の同期たちが集まった。


「しっかしまあ、やっぱり当人が出てきたらさすがに終わりよね」


 と、すっかり語り部と化していたリッセは、果物の果汁で割った強い酒をぐいっと胃に流し込む。


「王様が言った言わない、王冠を譲った譲らない、本物はここにあるだの偽物とすり替えただの、なんか泥沼って感じの言い合いが少しあったんだけどね。

 でもそこで、まさかの国王の復帰よ。まさかこのタイミングで都合よく目覚めてくれるとはねぇ」


 一瞬リッセはエイルを見たが、エイルは気づかなかったことにして「それで?」と促しながら、大振りの茹で海老にフォークを刺す。


「王様がはっきり『後継ぎは第一王子アシックザリアである』と言い放ったことで、決着がついたってわけ」


 ふむ、と頷き、シュレンは腕を組む。


「ハイドラの役割は、本物の王冠と指輪を盗むと同時に、偽物と入れ替えることだったのだな?」


「そうだね。第二王子が本物とすり替えて第一王子に行った偽物を、また入れ替えて元通りにしたって感じだね」


 まあ、ハイドラからすれば盗むついでに入れ替えるなんて、大した手間でもないだろう。


「王様の回復は本来なら(・・・・)誰にも読めないことだから、もし王様が出て来なければ、やっぱり最終的な決め手は王冠と指輪になってたと思う。

 その場で、本物の王冠と指輪を持つ者が次期国王、って結論になってたんじゃないかな。


 その辺を考えると、ハイドラのやったことはかなり大きいね。

 仮に王様が回復してきたとしても、第二王子が本物を持っていたとすれば、いくらでもごねて、騎士たちを使って強行手段に出る可能性もあったわけだし」


 まあ、可能性の有無だけを言えば、いくらでも考えることはできる。


 今はただ、あらゆる可能性からこの決着に落ち着いた。

 それだけのことである。


「あ、そういえば、エオラゼルから伝言を預かってるよ。今回はありがとう感謝してる、今度は僕が君たちを助けに行くから困ったことがあったら呼んでくれ、ってさ。あとキスしてもいいとか寝ぼけたこと言ってたけど、欲しかったら直接貰いに行ってね」


 エオラゼルは、密かに明かした顔と身の上話で、国王(ちちおや)との再会を果たした。

 まだ城内がごたごたしているので、落ち着くまでは第一王子の傍にいることにしたそうだ。


 今回の騒動の結果、第二王子と第二王妃、そして彼らの味方になっていた者たちの処分は……まあ、今すぐは決められないそうだが。

 しかし、奇跡的に死者が出ないという形であったため、最悪死刑は免れるかもしれないらしい。


 エイルらが目指したのは、「被害を最小限にすること」である。

 拡大解釈ではあるが、当事者たちをも目的に含めるのであれば、これもまた悪い結末ではないのかもしれない。


 ――何にしろ、やることはやったのだ。


 その結末までは興味ないし、関わるべきではない。

 そこから先を考え、受け取めるのは、それこそ当事者たちの仕事である。


「ハイドラは?」


 エイルとしては、巻き込まれることになった発端には、嫌味の一言くらいは言ってやりたいのだが。

 しかし、最初から最後まで、彼女に会うことはなかった。


 この場で会えなかったということは――次に会う機会は、かなり先になりそうだとも思う。


 トラゥウルルはフロランタンと一緒にいるようだ。シロカェロロも一緒である。


 「立場的に今は動かない方がいいかもしれない」とフロランタンは言っていた。

 トラゥウルルとシロカェロロはわからないが、とにかく二人と一頭はこの場には来なかった。


 マリオンも行方が知れないが、きっとハイドラと一緒だろう。


「わかんない。私も会えなかったなぁ。案外もうバルバラントを離れてる気はするけど」


 まあ、エイルやシュレンはバルバラント王都にいないことになっているが、ハイドラに至っては正真正銘の脱獄囚である。


 今の王都は混乱しているので、ハイドラを追うような者はいないとは思うが、あまり長居したい場所ではないだろう。


「――なかなか面白い計画だった。いずれまた会おう」


 肝心の話が済んだと見るや、シュレンは立ち上がった。


「お、行くのか? 早すぎないか?」


 少し酔ってきているサッシュの言葉に、シュレンは肩に掛かっていた地毛の長い黒髪を払った。ちなみに女装中である。


「俺はまだ修行中で、今回はハイドラに呼ばれて修行を抜けてきた。早く戻らねばならない」


 では、と踵を返した時、椅子の足と彼の足がガンとぶつかり、派手が音を立てた。

 そのまま振り返ることなく部屋を出ていったが……


「あいつ酔ってたんじゃね?」


 どうやらそうらしい。

 酒に弱いところも、シュレンとエイルは似ているようだ。


「じゃあ俺も――」


「待った」


 席を立とうとしたエイルは、リッセに捕まった。


「どこ行くの?」


「俺も飲み過ぎたから、今日はもういいかなって」


「エイルの話、まだ聞いてないんだけど」


「あ、そうだ。おまえ城内で何したんだ?」


「そうだ。みんな寝てたぜ? なあベルジュ?」


「茹で海老料理を追加する。食う奴は?」


 サッシュ、リッセ、ハリアタンが手を上げる。

 エイルと、聞いた当人であるベルジュを除く全員である。


「ほらほら、あんたの好きな海老もまた来るから。座った座った」


 全員の視線が向いている辺り、どうも逃げられそうもない。

 どうやら、もうしばらくは、この酔っぱらいどもと付き合わなければならないようだ。


 エイルは観念して、椅子に座り直した。


 ……これもまた、どうしてもはずせない飲みの席だと思うしかないのだろう。





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