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461.バルバラント王国の騒動、深夜帯 8





 五人。

 悪くない戦果だが、問題はむしろここからだ。


(同じ手は通用しないよな)


 なんとか一気に五人仕留めたが、だからこそ、ここから向こうの警戒心は一気に高まる。

 実際、抑えてはいるが、影たちから漏れる濃密な殺気が伝わってくる。


 ――地面に接地した「最大衝撃(フルインパクト)」を踏ませた。


 ――左腕に巻いていた紐を、一部例外を除いて「使い捨てメガネ化」して、触れたに装着し「素養・仮死冬眠(ハルノオトズレ)」を強制付加するよう仕込んで投げた。


 ――「最大衝撃(フルインパクト)」を踏ませた影を投げて怯ませた隙に、「一秒消失(ロスト・ワン)」で距離を詰めて仕留めた。


 悪くない流れだったと思う。

 そう、難を言うなら、この状況そのものだろう。


(やっぱり十人は多いって……)


 エイルには手段を選んでいる余裕がない。

 影たちは、先にエイルの動きを見てある程度「素養」に当たりをつけていたからこそ、まだ余裕があったのだ。


 触れずに縄でも投げて捕縛する。

 囮としてちょっかいを出す。

 一斉に仕掛ける。


 暗殺者育成学校で習ったセオリーを踏襲している辺り、やはり彼らも歴としたプロなのだ。


 ――正面切った「素養を踏まえた戦い」において、即死あるいは殺傷能力の高い初手は避けること。


 相手がどんな「素養」を持っているかわからないからだ。

 飛び道具、毒、剣でも槍でも、それが己に返ってくるような恐ろしい「素養」を持っている可能性もある。


 だから、不意打ち以外、または「相手の素養」にある程度当たりを付けてから、殺す気で掛かってくるのだ。


 エイルを認識する影たちは、「エイルにはできることは多いが、殺傷能力はない」と思っている。

 あるいは、不殺を貫く者だと。


 お互い、衰退著しい暗殺者業界の者である。


 「今時殺しは流行らない」というのが若い暗殺者の主流なのだ。

 そこまでやれば引っ込みがつかず、報復合戦が始まり、行く末は戦争であることもわかっているからだ――が、今はそれはいい。


 エイルへの警戒が高まっているせいで、影たちに動きがない。

 このまま睨み合いが続くと非常にまずい。


 フロランタンが出す撤退の合図は、絶対厳守である。

 ここで時間を無駄にするわけにもいかないし、この状態では合図が聞こえても逃げられない。


(こっちから仕掛けるか……――ネロ、二人頼むよ。殺さなければ何してもいいから)


 どうせ「仮死冬眠(ハルノオトズレ)」で怪我は治せる。どれくらいやるかは(ネロ)の気分次第だ。ひどければご愁傷様である。


(あの眼帯の人には絶対に手を出さないで。あれは俺がなんとかする)


 あれはネロでも勝てない。

 エイルでも、きっと勝てない。


 でも、戦う以外で切り抜ける方法はない。













 恐ろしい素質だと思った。


 独眼の男――バルバラントの影の首領デルマウスは、残っている一つの目で、つぶさに仮面の侵入者を見ていた。


 たったの一手で、状況が半分ひっくり返った。


 己の部下が五人、一気に無力化させられた。

 絶対有利の包囲網にあったのに、ここまで一気にひっくり返るとは。


 いくつか「素養」が使える、という報告は受けていた。

 だが、実際はいくつかどころの話じゃない。


(――魔術や魔法の類ではないな。恐らくは『模写・再現の素養』……それにしても多いが)


 どんな「素養」なのか見当も付かないが、しかし。


(――捕らえても仕組みはモノにはならんか。降伏しなければ殺すしかないな。惜しいが)


 あれはバルバラントの脅威になる。

 いや、もしかしたら、この国だけに留まらず、世界の脅威になりうるかもしれない。


 ――仮面の侵入者が仕掛ける。


 いつの間にか手に持っていた砂を投げつつ、等間隔で囲んでいた影の一人に駆ける。

 囲んでいた影たち四人が追い、仮面の侵入者が仕掛ける瞬間という隙を突くために、距離を詰める。


 その最中。

 一瞬、侵入者が掻き消えた。


(――いや、消えとらん)


 暗いせいで一瞬消えたように見えたが、あれは「中途半端に透明化」したのだ。

 そしてはっきり聞こえた。


 「遅い」と。


 その声に反応して、仮面の侵入者が向かっていた影が、後ろを振り向いた。


(――未熟者め)


 消えた侵入者と、声。


 この二つに騙された部下は、敵を眼前にして後ろを振り返る間抜けとなり下がり、意識を取られた。


 恐らくは、投げた砂に仕込んだ「爆ぜる爆音の罠(サウンドボム)」による声でのトリックだ。


(――だが次はどうする)


 それで仕留められるのは、正面の一人だけ。


 すでに背後に迫っている四人は、もう攻撃態勢に入っている。


(――なんと)


 これにはデルマウスも驚いた。


 仮面の侵入者の頭上を飛び越えるようにして、巨大な猫が現れた。

 カウンター気味に影たちに飛び掛かる――と同時に、その虚を突いた隙にまた一人侵入者に倒される。


「ちょ、何こいつ! 早すぎっ」


「頭引っ掻くな! 傷跡がハゲる!」


 異様な速度で縦横無尽に翻弄する猫に追われ、影二人が戦線離脱。間抜けにも程がある。


「な、な、……なんだおまえ……なんなんだおまえぇぇ!!」


 そして、最後に残った一人は、完全に侵入者の異常さに飲まれて冷静さを欠き、勝負にもならないまま倒された。


 この時代には仕方ないのかもしれないが、実戦経験の少なさゆえか。

 追い詰めたはずの獲物に抵抗され、返り討ちに遭ってしまった。


(――……惜しいな)


 部下たちの鍛えなおしは当然考えるが、相手が上手だったことも認めねばならない。


 腕がいい。

 まだ若いだろうに、自分の部下たちを圧倒している。


 このまま鍛え続けて成長すれば、それこそ世界征服さえ成し遂げそうな逸材だ。


 だから、惜しい。


(――才ある若者の芽を摘むのは気が進まんな)


 十一人いた影は、残り一人。


 仮面の侵入者は、まるで獲物を狙う狩人のように、最後の一人であるデルマウスを見詰める。

 冷静かつ何の感情も感じさせない冷たい眼差しで。





「――最後の対話だと思え」


 独眼の男は、ゆっくりとした動作でナイフを取り出した。


「我々は第一王子派でも第二王子派でもなく、国王派だ。今はまだ(・・・・)な」


 ナイフの刃を親指の腹で撫でつつ、エイルの一挙一応を見逃さないよう、一つしかない目でじっと見つめる。


「おまえが国王の寝室に忍び込んだ時からマークしていた」


 エイルは声もなく驚く。


 あの時か、と。

 一番最初の寄り道の時からか、と。


「あの時おまえが国王を手に掛けようとしていたら、おまえは死んでいただろう。そういう罠を仕掛けてあるからな。

 察するに、おまえは第一王子派だな? そして今から兵を引き連れてくる第一王子の陽動か、先遣か、露払いか……そういう役目を担っているのだろう」


 計画に添った上での行動なので、エイルの動向は陽動でも先遣でもない。ただの計画の一部である。強いて言えば露払いが近いだろうか。


 ただ、この一事だけを見れば、そう考えるのが一番自然である。


「さて、最後の警告だ。

 我々は第二王子を推すつもりはない。バルバラント王国の決まりで、王位継承問題には関われんのだ。我々はあくまでも国王の部下であって、王族の部下ではない。


 ――その上でもう一度言う。降れ。まだ死ぬには早かろう」


 最後の警告と言うだけあって、本当に最後の温情なのだろう。

 だが、エイルの答えは、最初から決まっている。


 何も言わず、反応も示さず、ただただ独眼の男を見ているだけ。


「そうか。……残念だ」


 感情を見せない口調も、表情も、この一言だけはほんの少しだけ崩れた。


 ――それはきっと、憐れみの表情だったのだろう。





  とぷん


「――っ!!」


 エイルは驚いた。

 独眼の男の「素養」が「視え」たからだ。


 それと同時に、両足が地面に……いや、底なしの闇に、膝まで沈んだ。


「――あっ!?」


 そして、どんな状況でも堪えていたエイルの声が、漏れた。

 漏れてしまった。


 でも、さすがに仕方ないのかもしれない。


 ――自身の胸に、心臓に、一直線に飛んできたナイフが、深々突き刺さったのだから。


 それも、一本ではなく。

 二本も、三本も、四本も。


 エイルを確実に殺すために飛んできて、全てが突き刺さったのだから。





 エイルが「視た」独眼の男の「素養」は、「光無き奈落(ブラックアビス)」。


 物質に底なし沼を生じさせる「素養」である。

 かつて、世界から一切の生物を消して自然のみ残る楽園を造ろうとした狂光天使アヴァレイキエルを闇の底に沈めたという由来を持つ、「古き闇の勇者の素養」である。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勝ち目0なんじゃなかったの? [一言] おじさん金属相手ならば勝ち目ないですね〜
[一言] なんと! エイルはどうなった、、、 ハラハラドキドキ
[一言] 猫に翻弄されるおっさん達(笑) ネロを褒め称えたいので一晩貸してください
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