450.メガネ君、作戦決行前日
「おーネロー。元気だったー?」
「おお、でけぇな……確か灰塵猫だよな?」
あれ?
「ハリアタンは見たことなかったっけ?」
「ちょっと見かけただけだったな。おまえら獣人の国に行く行かないでバタバタしてたから、邪魔するわけにもいかなかったしよ」
ああ、そうか。
ネロと契約したのは出発直前だったからな。獣人の国で……というか竜人族の里で活動するために、ネロが必要だったから。
「野生の灰塵猫は狩ったことあるけどよ……こうして見るとただのデカい猫だな」
うん。これは愛せる猫だ。
出会った時は人相も感情も殺気バリバリの魔物でしかなかったけど、今は完全に猫だ。猫でしかない。正確には召喚獣だが。でも愛猫である。
――さて。
「今は猫はいいから、早速始めよう」
昨日の夜、トラゥウルルから――大元を辿るならハイドラから伝言が届いた。
今は、その翌日の夜である。
フロランタンに頼んで、スラムの空き部屋を一つ用意してもらった。
ここが俺たちのアジトである。
作戦決行と同時に引き払うので、ここには何もない。灯りも持ち込みである。
ただテーブルと椅子があり、敷物の上でいざという時のための猫が寝ているだけだ。腹を出して寝ているだけだ。
吸い込まれるようにネロを撫でに行ったリッセと、撫でたそうだったハリアタンを呼んでテーブルに着かせる。
これから作戦会議である。
――この面子で話し合いと言われると、ブラインの塔で課題に向けて話し合ったことを思い出す。
たった二年と言うべきか、もう二年経ったと言うべきか。
若干懐かしいから、どちらかと言うと後者かな。
「なんだか懐かしいな。魔物狩りチームの課題の会議だろ、これ」
「ああ、そうね。あれからもう二年か。早いね」
考えることは一緒だったようだ。
「――現状を確認するけど」
だが、懐かしがってばかりもいられないので、俺は話を進める。
「シュレンは、予定通りモンティ侯爵のところへ向かった。
エオラゼルにこちらの方針を伝えて、邪神…………フロランタンの木像を渡して、明後日の夜には戻ってくるって言っていたから、それまでに大筋の作戦を練る必要がある」
邪神像 (帰)があれば、作戦の通達は可能だ。
フロランタンが言うには、「長時間は無理」だの「お人形に吹き込んでから使用できる期間が限られている」だの、交信には制限はあるらしいが。
今回に限っては問題ないとのことだ。
シュレンが帰ってくるのを待って、大まかに立てた作戦に対する彼の意見を聞いてから、作戦を決定する予定だ。
そしてそれを、邪神像 (帰)を介してエオラゼルに伝えて、ハイドラが動く夜を迎えることになる。
「役に立つかどうかはわからないが、俺たちは今日の日中、王位継承権周りの情報を仕入れてきた。おまえ知らないんだよな?」
「うん」
俺は素直に頷く。
どうもハリアタンたちなりに情報収集をしてきたらしい。
今は警戒が高まっているのであまり動いてほしくはないが……とも思うが、冒険者が荒事に関わりそうな情報を集めるのは、そこまで不自然ではないか。
優秀な冒険者なら、国内情勢だって気にするものだから。
だから兵士もそこまで厳しい目では見ないだろう。情報を集めるくらいなら。
でも、王位継承問題の情報か。
俺がやりたいのは、内乱の被害を抑えることだ。王位継承権なんてどうでもいいと思っていた。
王族がどうなるかより、地方の村や庶民の方が、俺には大事だから。
詳しく知ったら動きづらくなるかもしれないので、あえて耳に入れなかった部分はある。
「それは、俺も知っておいた方がいい? 知ったら動きづらくならない?」
――たとえば、王子だったはずのエオラゼルがバルバラントを追われた理由なんてものを知ってしまったら、俺は彼の味方をするかもしれない。というかすると思う。
だがエオラゼルの味方をすることで、内乱の被害が広まったり長引いたりするのであれば……という話だ。
だから、知らなくていいと思っているのだが。
「うーん……どう思うよリッセ?」
「まあ、今回の私たちのスタンスは王族の味方ではないし、エオラゼルの味方ってわけでもないからね。知らないなら知らないでもいいとは思うけど」
「じゃあ俺はいい」
リッセが「知らなくてもいい」と言うのであれば、知らなくたって作戦に支障は出ないだろう。
もうスタンスは決めたんだ。
誰にどんな事情があろうと、俺たちは内乱を抑えるために動くのだ。
ただでさえ時間がない今、目的がぶれそうな情報はいらない。
事が一国の王位継承権に関わるほどの大仕事だけに、俺たちの会議は夜を徹しても結論が出ないまま、長々と続けられた。
大筋ができあがったのが昼過ぎで、今夜また集まってもう少し細かく詰めていくことになっている。
そんな作戦会議で二日ほどが潰れ――シュレンが戻ってきた。
「――うむ、なるほどな」
アジトにやってきたシュレンに、まずはこちらで立てた作戦の説明をする。
彼は一つ頷くと、俺を見た。
「俺も城の中に行こう。おまえの負担が少しは減るだろう」
…………
「おい、大丈夫か?」
「問題ない」
ハリアタンの不安の声に、シュレンははっきり答える。
「でも私たち、塔でチームが違ったから、シュレンに何ができるのか良く知らないのよ。もしアレだったら……その、アレだし……」
「アレではわからん」
俺はちょっとわかった。
リッセは、俺の足手まといになりかねないから同行はどうかと思う、と言いたいのだろう。
失敗したら確実に処刑ものの仕事だ。
誰であっても、余計な荷物を持って行くわけにはいかないだろう。
「シュレン。俺は君の実力を疑ってはいないけど、同じ場所で動くのであれば、君に何ができるかは把握しておきたい」
城内に侵入するのは、俺の役目である。
その俺に同行したいというのであれば、それだけの実力があるのか、また一緒に来て何ができるかを、事前にある程度は知っていなければならないと思う。
さすがにやることがやることだ、誰かの面倒を見られるような状況ではない。
下手をすれば二人揃って捕まって死刑なのだ。
余計な心配や不安の芽は、最初から取り除いておきたい。
「――心配するな。侵入ルートもおまえとは別口を探すし、城内での行動も別だ。……だがそれだけでは納得できないというおまえの気持ちもよくわかる。俺も逆の立場なら同じことを言うし、おまえに対して情報開示を求めるだろう」
と、シュレンはポケットから棒状のナイフを出した。
「俺はこういうことができる」
シュレンは、ナイフをテーブルに落とした――が。
「お……!?」
「え、どうなってるの?」
テーブルには到達しなかった。
ナイフは宙に浮いたままだ。
「名前まで明かす気はないが、『俺の素養』は『重力』だ。兵士や騎士たちの武具を『重く』するだけでも、充分戦力を殺ぐことができるだろう。
今聞いた作戦に打ってつけとは思わんか? 人を傷つけることはないからな」
……なるほど。
「わかった。一緒に行こう」
なんだか悪いことをしてしまった気がする……
「メガネの特性」があるだけに、「素養」のことはたくさん調べてきた。
その中に、あったのだ。
元々その「素養」を知っていた俺には、シュレンのあれだけの説明で、「彼の素養」が「視え」てしまった。
――シュレンの「素養」は、「禍重螺」。
東洋に伝わる秤神の名を持つ、非常に珍しい「素養」だという。詳細も「重力に作用することができる」とか、その程度しか情報がなかった。
実際に使用しているところを「視て」、「視た」上で更に情報を得られたことで、条件を満たしてしまったのだろう。
重力の付加、か。
強力な「素養」である。実に頼もしい。
そこからは、シュレンは特に作戦に異を唱えることなく、最後の打ち合わせが終わった。
あえて関わらないように振る舞っていたフロランタンを呼び、久しぶりだねーなどの挨拶もそこそこに、邪神像 (帰)を通してエオラゼルにこちらの作戦を説明した。
――「全部承知した。僕たちもその作戦通りに動こう」
これで準備は整った。
あとは、それぞれが……特に俺がしくじらなければ、内乱の被害は最小限に抑えらえるだろう。
……あ、なんか緊張してきた。これは猫なしではいられない。今日は猫と寝よう。
作戦決行は明日の夜。
なんとかギリギリで、準備は間に合ったのだった。