449.メガネ君、四日後の作戦決行に向けて
「――つまりその、なんだ、正確には冥界っつーか、あの世で繋がってる霊同士があの世を介して繋がっている……か?」
フロランタンの説明は、「ようわからんけど、なんかこう向こうで繋がっとるらしくてのう」やら「正直頼んどるだけでできとるからのう」やら「うちにそんな難しい話がわかるかいボケぇ! できるからやっとるだけじゃ!」やら、とにかく感覚的かつ感情的すぎて、かなり理解に苦しんだ。
地頭のいいリッセも首を捻り、シュレンは何も言わず、ハリアタンがちょくちょく質問をして、なんとなーくまとめてくれた。俺? 俺もよくわからない。
冥界とか、あの世とか。
あるとは聞いているが実際にあるかどうかは確かめようがない場所を介して、会話が成立しているらしい。
フロランタンの指定した物同士で……この場合は木彫りの木像に霊を入れ、その霊同士が干渉して、会話ができるとかなんとか。
…………
要するに、霊に頼んで可能となっている、と。
もうそれでいいと思う。
詳しい理屈がわかっても、さすがに俺も使いこなせる気がしない。
一応「冥界の導き手」は登録できてはいるが、これはちょっと、中途半端に触れてはいけない領域の話だと思う。
フロランタンは強い素質がある。
だから「素養」として発現している。
でも俺のは結局、劣化の真似事に近い。
霊……死者の魂を弄ぶような行為に対し、どんな災いが降りかかるかわからないので、俺はこれは触れない方がいいだろう。この「素養」は封印することにする。魂を冒涜するような真似はしたくない。
――それよりだ。
「今後の話をしない?」
思いがけず登場した邪神像 (真)のおかげで、すでにバルバラント王城内に潜り込んでいるというトラゥウルルから、重大な通達があった。
今は理解に苦しむ向こうの話をするより、理解を深めなければならない話を優先するべきだろう。
「――今月の最終日に作戦決行、でしょ? あと四日しかないよ」
ハイドラから、マリオン経由で聞いたというトラゥウルルからの伝言は、かなり単純だった。
恐らくは、できる限り単純にしたのだろう。
又聞きの又聞きになってしまうだけに、重大な情報が抜けたり、あるいは変に歪曲されて伝わることを恐れて。
正直、トラゥウルルにややこしくて長くて細々した伝言を頼むのは、確かに怖いから。どこかで間違えそうな予感しかしないから。
……さすがにあの単純化された伝言は、間違えてないよな? ちょっと不安になってきたが……
とにかく――要点は二つだ。
一。
ハイドラの脱獄予定日は今月末の夜で、その日に坑道から王城に忍び込んで「バルバラント王の金冠」と「金の紋章指輪」を盗みに行くこと。
つまり、四日後の夜である。
二。
内乱組の長であるエオラゼルも、この日の夜にバルバラント王城へ攻め込む予定になっていること。
あえてかち合う日程を組んでいたのだろう。王城側からすれば同じ夜に事件が二つ起こることになるので、陽動作戦の側面も持つことになる。
「――ハイドラは、内乱の騒ぎに乗じて盗みに行き、かつ騒ぎに乗じて脱出するつもり、か」
うん、俺もシュレンと同じ意見だ。
もしくはだ。
「――ハイドラの方が先になる可能性もあるね。あえて見つかることで王城内に陽動を仕掛け、その間に内乱組が攻め込む」
「……どちらもありそうだな」
ありそうだね。
そしてどちらにしても、どちらにも利があると思う。
単独で仕掛けるよりは、両方ともに成功率は高いはずだ。
「陽動か……ウルルがすでに中にいるから、その可能性はすごく高いんじゃない?」
盗みに行くハイドラのために、トラゥウルルが混乱を起こすという形か。
リッセの考えも、ありそうだ。
「……なあ、俺たちのスタンスを先に決めないか?」
ハリアタンは、ひとまずの結論を出したいようだ。
確かに、ハイドラの動きの推測だけでも多岐に渡る状況である。
打ち合わせ不足の感が非常に強く、正直今は「ハイドラはもっとちゃんと話せ」としか言いようがない。
こうして同期を呼んだくせにほぼ放置とか、どういうことだと。そう言うしかない。
「まあ、要はあれじゃろ? 伝えることが少ないっちゅうことは、ハイドラたちは勝手にやるけぇうちらも勝手にせえいうことじゃろ」
あ、そうか。
「どうせ細かな作戦を立てたって、今は不測の事態だしね。だからもう大まかな指針だけで動こう、というのが作戦なのかもね」
王位継承問題で内乱が起こりそうな現在は、まさしく不測の事態が起こっても不思議じゃない。
ならば、王城内はどうだろう?
当然いつも以上に警戒されているはずだ。
それこそ俺たちのような半端な者たちではない、本物の暗殺者を警戒したりもしているだろう。
こうなると、ゆっくりじっくり兵士の配置や見回りルートなどを調査したところで、いきなり体制が変わる可能性は大きい。
実際、日に日に警戒が高まっているのだ。
昨日と今日ですでに兵士の動きに規則性はなく、差異は大きい、という現象は実際起こっていることである。
こうなると、もう調査や下調べという行為は、あまり意味をなさないかもしれない。
それが現状である。
これに対応する策は――ただの一手もしくじれない綿密な計画ではなく、ある程度行き当たりばったりでも対応できる柔軟な方針だろうか。きっと予想もつかない事件や事故が起こるだろうから。
ハリアタンの言う通り、スタンスを決めた方が早そうだ。
「内乱の被害を最小限に抑える。私とエイルとフロランタンの目的は、これでいいのよね?」
リッセの質問に、名前の出た俺たちは頷く。
「ハリアタンは、ハイドラに協力するんだっけ?」
「そのつもりだったけどな……でもなんか、ハイドラは国宝を盗むつもりなんだろ? 今王城内にいない俺には、どうやっても手伝いようがねえよな」
それはないね。
「なら仕方ねえ。俺もおまえらに協力するよ。単独で勝手に動いても皆に迷惑だろうしな」
これでハリアタンも作戦に組み込めそうだ。助かるな。
「シュレンは?」
「ハリアタンと同意見だ。
俺はハイドラの脱獄を手伝うという用向きで来たが、こうなると手が出せん。ならばおまえたちに協力して、内乱騒動を制して、間接的にハイドラの逃走に協力するのがよかろう。単独で動くより効率的だろうしな」
うん。
「じゃあその方向で作戦を練ろうか」
ハイドラたちは、脱獄と盗みに。
エオラゼルたちは、内乱の指揮者として。
そして俺たちは、内乱の被害を最小限にするために。
それぞれ大きく意味合いは違うが、しかし三つとも切り離せないほど密接に関係した作戦が、動き出そうとしていた。
作戦決行は、四日後の夜。
それまでに可能な限りの準備をしなければ。




