448.メガネ君、感動の再会を果たす(一部嘘)
ハリアタン、リッセたちとの話を終え、城下町を一周してスラムに戻ってきた。
街で見かける兵士が日に日に多くなっている。
やはり、徐々に警戒態勢が強くなっているようだ。
いよいよ内乱が起こる可能性が高まってきているのだろう。
このままでは、俺たちが動き出す前に、内乱が始まってしまう。
――実力があろうがなかろうが、少人数で動いている俺たちが時世を左右するほどの事件を制するのであれば、どうしたって事が動き出す前に潰すしか方法はないだろう。
動き出してからでは遅い。絶対に収拾がつかなくなる。手が足りない。事態の速度について行けない。
闇雲に動けばいい、急げばいいとは言わないが。
しかし、このままでは、俺たちが動き出す前に始まり、そして終わってしまうだろう。
せめてハイドラの計画がわかっていれば、まだ合わせることもできるだろうが――と、考えながら部屋に戻ると。
「――来たか」
また部屋に紙が落ちていた。シュレンから連絡がきたのだ。
このタイミングだ、内容は間違いなく――
「……今宵、大通り沿いの酒場『通り雨の宿り木亭』に集合。合言葉は『地下墓地からの伝言』……か」
地下墓地からの伝言。
つまり、そこにいると手紙に書いてきた「ハイドラの居場所」のことか。
どうやら今夜、焦らされていた計画が動き出すようだ。
それ以降、夜まで部屋を出ることなく、仮眠を取ったり自作の地図を睨みながら逃走経路のシミュレートを猫を撫でながら考えたりして、静かに過ごした。
大事の前の小事である。
油断して下手を打って台無しになんてできないので、大人しく時が過ぎるのを待った。
そして、深夜。
この辺に住むカジノ勤めの連中が帰ってきた頃、入れ違うように部屋を出た。
夜も遅いので、明かりは少ない。
闇夜に紛れて道を行き、大通りに出た。
「……」
やはり兵士が明かりを持ってうろついている姿が見える。
「夜目」関係の「素養」持ちもいるかもしれないので、周囲に注意しながら、待ち合わせ場所の酒場「通り雨の宿り木亭」へ急ぐ。
何日も城下町を調べてきただけに、店の場所は知っている。
大通りにはもう何軒もない、まだ明かりのある大きな酒場に入る。
「――ごめんよ、姉ちゃん。もう店じまいだ」
店は広い。
しかし客はおらず、いくつかあるテーブルの上に椅子を上げて、もう床を掃除した後のようだ。
カウンターでグラスを磨いているおっさんが、すぐにそう言って追い出そうとするが――
「地下墓地からの伝言があると聞いて来たんだけど」
「――奥だよ」
合言葉を告げると応えてくれた。
おっさんはそれ以上何も言わず、こちらを見ようともせず、関わり合いはないとばかりにグラスを磨き続ける。
俺も構わず奥へ向かい……俺の気配を察知したのか、幾つか並ぶ部屋のドアが開いた。
「おまえが最後だ」
女装したシュレンだった。
「遅かったかな?」
「だいぶな」
あれ? そうなのか。
今はカジノの支配人的な役職のフロランタンが最後だと思ったがゆえに、俺もこの時間を選んだのだが。
しかし、肝心の本人はもう来ているようだ。
部屋に入ると……確かに俺が最後だったようだ。
大きな円卓があるだけの部屋で、フロランタンとリッセ、ハリアタン、そしてドアを開けたシュレンがいた。
俺が最後である。
「ごめん。あえて遅く来たんだけど、遅すぎたね」
と、俺は空いた椅子に座る。
「気にすんな」とハリアタンが笑った。
「長時間待ったのは俺とリッセだけだからよ」
あ、そう。
どうやらシュレンとフロランタンも、俺と大して変わらず遅かったようだ。
「慎重派らしい時間よね。まあ、慎重じゃないフロランタンも遅かったけど」
「すまんのう。うちは仕事があったけぇ」
リッセの言葉にそう応える辺り、俺が睨んだ通り、フロランタンも仕事上がりで来ていたようだ。
シュレンは――たぶん最後に来た俺の存在を確認してから、俺より先に来たんじゃないかな。一番最初と一番最後の到着は避けそうなタイプだし。俺もできることならそうしたかったし。
「――本題に入ろう」
このまま雑談でも始まりそうな雰囲気だったが、シュレンはさっさと切り出した。
確かに長く顔を合わせていい状況じゃない。
どこからどう足が着くかわからない以上、さっさと話すべきことを話して、別れるべきだ。
「マリオンから連絡があった。そうだな、フロランタン?」
「おう。詳しい話はあとでするけぇ、黙って見とってくれや」
ん?
いまいち要領を得ないことを言うと――フロランタンはごそごそとポケットを探り、テーブルの真ん中に何かを置いた。
なんだ?
……なん、だと……?
目を凝らして、目を疑って、錯覚かなと目を瞑って改めて見て、現実を直視したくないと願いながらも、しかし目が逸らせなかった。
「……嘘だろ……」
ハリアタンが真に迫った恐怖の声を漏らした。
まるで俺の心境を代弁したかのように。
「……まさか……」
リッセが両手で顔を覆った。
まるで俺の心境を体現したかのように。
最後に見たのは二年前か。
正直、あれをどうしたか、どう別れたかも覚えていないのだが。
いや、正確には、思い出したくなかったのだが。
忘れてしまいたかったのだが。
――しかし、まさかここで会うとは思わなかったよ、可愛い邪神像 (真)……
この圧倒的な邪神感溢れるフォルム。
この世の厄災全てを支配していそうな邪悪感。
禍々しさ溢れる十二本の腕には、魔剣や邪剣、邪槍、処刑斧と思しき細々した、そして物々しさをあえて形にしたとしか思えない邪悪グッズを持っている。
――なんかパワーアップしてる……二年前より細工がすごく凝ってる! 凝ってる分だけ邪神感がより強くなってる!
「なんでこんなの出したの?」
「勘弁してくれよ。忘れてたのに……」
そうだそうだ。忘れてたのに。忘れようと努力してきたのに。俺たちの二年間を振り出しに戻してどうするつもりだ。あれからずっと続けてたのか? 作り続けていたのか? 続けていた結果がこれなのか? すごいけど! すごいけど、これはダメなんだよ!
俺の必死な無言の非難も含めて、そんな苦情が飛び出す中、フロランタンは堂々と言った。
「――ええから見とけや。時間がもったいないじゃろうが」
えぇ……
正直見るのも嫌なんだが。
というか見るのが嫌なんだが。
しかし、フロランタンは構わず呼びかけた。
「おう、ウルル。こっちの準備ええぞ」
カッ すぅぅぅぅ
ひ、ひい……!
かつてのように目がピカッと光ったかと思えば、邪神像から白いもやのようなものが立ち上り、ふわふわと人型を形作る。
ついに本物がっ、本物が本物の悪魔を召喚するのか……!?
……ん?
もしかして、トラゥウルルか……?
白い煙のような人型には、獣人らしき尖った耳が見える。
シルエットだけ見れば、あの猫獣人のようにも見えるが……
――「おいーす。ひさしぶりーみんないるー? にゃははー」
うわしゃべった!? え、今のトラゥウルルの声が!?
「トラか!?」
「ウルル!?」
抑えつつも声を荒げるハリアタンとリッセだが、
「無駄じゃ。これ、うちの声しか向こうに聞こえんけぇ」
――あ、これフロランタンの「二つ目の素養・冥界の導き手」か。
この木彫りの木像に意味があるのかはわからないが、きっとフロランタンの力が伝わりやすい物ではあるのだろう。
そして、「冥界の導き手」をどうにかして使ったら、こうして離れている相手と交信ができるのだろう。
すべて推測だが、まあ、あとでフロランタンに答えを聞いてもいいだろう。
…………
ソリチカ教官がフロランタンの邪神像を異様に気に入っていた理由の一端も、これなのかもしれない。
確か、器として優れているとか言っていた気がするから。
「――リッセ、ハリアタン、エイル、シュレン、でもってうちがおるわ。そっちの状況を説明してくれるか?」
全員に戸惑いも驚きもある中、フロランタンは構わず話を進める。
――「りょーかーい。今あたしは王城内に潜入してまーす。マリオンは兵士に化けて坑道の見張りに潜り込んでまーす。ハイドラはいつでも脱獄できるみたいでーす。準備万端でーす」
お、おう……
驚きの形ではあるが、というか驚きの形でしかないが、驚いている間も与えないくらい必要な情報がつらつらっと出てくる。
正直頭が追いつかないのだが、内容が内容だ。
ちゃんと聞いておかないとまずそうだ。