447.メガネ君、事情を説明する
「――なるほどな。つまりまだ不明瞭って感じか」
リッセとハリアタンが昼食を済ませるのを待って、彼らが泊まっている宿へ移動した。
結構高そうないい部屋である。
ここなら誰かに聞かれる心配もなさそうだ。
別々に部屋を取っているそうなので、ハリアタンの部屋に三人詰め、俺からハイドラやバルバラントの現状を伝えた。
とは言え、まだまだわからないことも多いので、満足いく説明はできなかったが。俺だって知りたいことがたくさんある。
「恐らく、ハイドラとエオラゼルとマリオンしか……いや、もしかしたら、まだハイドラしか計画は知らないのかもね」
小心者の俺が尻込みするような、一国を相手取るほど大きな計画のようだ。
情報漏洩は確実に首を絞める――ゆえに、ハイドラはまだ誰にも計画を話していない可能性は高い。
「えっと?」
リッセが指折り数え出す。
「まずセリエとリオとカロンが不参加でしょ?」
「うん」
その三人は、ナスティアラの研究機関で仕事に就いている。
今回の話は何日も掛かるし、どれくらいの期間拘束されるかもわからないので、彼らは最初から誘っていない。
「フロランタンとシュレンとエイルがバルバラント組で」
「うん」
俺たちはすでに顔を合わせている。
そしてリッセとハリアタンもこっちに入ることになる、のかな。
「エオラゼルとサッシュとベルジュとシロが内乱組なんだよね?」
「うん。俺は会ってないけど、シュレンの情報ではそうみたい」
サッシュとベルジュはバルバラント王都に来ると思っていたし、俺は彼らとここで合流する気だったんだけどな。
何があったのか、乱を起こす側に行ったそうだ。
「で、坑道で金を掘らされているハイドラとマリオンが同じ組、ってことでいいの?」
「正確には、マリオンの所在はわからないんだけどね。でも俺はそう把握してる」
――さて、ここで問題だ。
「トラはどうしたよ?」
そう、ハリアタンの疑問はもっともだ。
彼とリッセが目の前にいる以上、同期で行方がわからないのは彼女だけだ。
猫獣人トラゥウルルはどこにいるのだろう。
「二年前に、これからどうするみたいな話しなかった?」
リッセは俺と一緒に獣人の国で卒業を迎えたので、塔で卒業した連中のことはわからないだろう。
だから、ハリアタンに問う。
「ああ、したなぁ。俺は卒業前から、サッシュに冒険者にならないかって誘われてたんだ。リッセもだよな?」
「うん、まあ、私は誘われなくても冒険者になっていたと思うけどね」
リッセは魔物特化の「素養」持ちだからね。
「トラはなぁ……確かシロと一緒に、どこかへ行くとかなんとか言っていたと思う。小耳に挟んだくらいだから確証はねえし、それ以上の情報もねえな」
そうか。
「じゃあすでに来てるかもしれないね」
「だな。シロがいるなら一緒に来ててもおかしくねえな」
「――ていうか、フロランタンなら知ってるんじゃないの? 塔ですごく仲良かったし」
君も大概仲良さそうだったけどね。四角関係とか起こしていたよね。
……でも、そうか。
確かにフロランタンなら知っている可能性はありそうだな。
…………
…………うん、あるかなぁ。
「……え? 何? フロランタンとなんかあったの?」
リッセの言葉に何も言わなかった俺に、違和感を感じたようだ。
「ちょっと会いづらくなっちゃってね……」
リッセの見えない平手も怖いけど、フロランタンは単純に本物になっているようで怖いんだよね。
別に彼女自身は怖くないけど……環境的な意味で、ちょっと気楽には会えないかな、と。
「あいつになんかあったのか? つかあいつに何かあることなんてあんのか? めちゃくちゃ強いだろ」
いや、うん、なんというか、めちゃくちゃ強いがゆえって感じだけど。
「率直に言うけど、マフィアのボスっぽくなってた」
「「………ああ」」
あ。
この二人も割とすんなり納得できる辺り、二年前から地味にそう思っていたのか。俺も裏社会のボスの娘っぽいとはずっと思っていたし。
「俺なんて今は本当に田舎者の狩人なだけだから。正直マフィアのボスなんて会いづらいんだよね」
「まあ、おまえは警戒心が人一倍だもんな」
そう、俺は臆病なんだ。狩人は臆病なくらいで丁度いいのだ。
「マフィアのボスっぽい、か……」
リッセは腕を組む。
「じゃあ、あえて会わないって選択もありかもね。
バルバラントから見れば私たちは無関係な他人ということにして、繋がりがないように見せておいた方が、色々役に立ちそう」
それはありだと思う。
これからやることを考えると、誰かが兵士に捕まる可能性も大いにある。
芋づる式に全員が引っ張られないよう、表向きには繋がりはないと思わせた方がいいかもしれない。
全員捕まったら、それこそ救出できなくなる。
ハイドラのように自力で脱獄するつもりで捕まらないのであれば、準備不足は免れない。脱獄は至難の業のはずだ。
俺やシュレンはいないことになっているので、お互いの情報や計画を持ち運ぶ役目には、ぴったりだろう。
俺たちはいつでも消えることができるから。
「――にしても、考えられることがまだ少ねえな」
確かに、今ある情報だけでは限度がある。
ただ、これからすぐに動きはありそうな気はするが。
「事情説明は同期を待ってから、みたいな感じだったみたい。だから君たちが到着した以上、これから連絡があるんじゃないかな」
状況が状況である。
内乱の気配は日増しに強くなり、城下町にも見回りの兵士が増えている。
このままでは王都の警戒は高まり、動きづらくなるだけだ。
動くなら急いだ方がいいだろう。
もちろん、タイミングは見計らわなければならないが。
ところでだ。
「君たちはハイドラの脱獄に協力するの?」
サッシュやベルジュは、事情を聞いてから決めると言っていた。
俺とフロランタンは内乱を止めるか、被害を最小限にするために動くつもりなので、ハイドラの脱獄は俺の最優先ではなくなった。
というかハイドラにはハイドラの目的があるらしいので、関わる必要はないだろう。
「俺は協力するぜ。美人のためならやるのが男だ」
なるほど、ハリアタンは下心で参加と。
「やっぱり内乱が気になるよね。あんたやフロランタンがそっちをどうにかしたいっていうなら、私も手伝うよ。ハイドラは一人でなんとでもなりそうな気がするし。それにマリオンもいるなら、滅多なことにはならないでしょ」
リッセの助力はありがたい。
真面目過ぎるけど優秀な彼女は、きっと役に立つはずだ。
すぐに動きがあると思っていたが、それは思った以上に早かった。
俺がハリアタンとリッセと接触したこの日の深夜、最後の一人が俺たちに接触するのだった。
…………
まあ、最後の一人というか、最後の一体というか。
――この二年ですっかり忘れていたはずのアレと再び相まみえるとは、本当に本当に、思ってもみなかった。