445.メガネ君、シュレンと話す
「――私が今やっていることは城下町の調査だ。同期探しも兼ねてな。何が必要になるかわからない」
フロランタンと話をした二日後、大帝国の料理屋で再びシュレンと会うことができた。
前に俺たちが会った店だ。
彼はあの時と同じように、先にいる俺のテーブルにさりげなく相席してきた。
他に客もいるが、不自然にこそこそすると逆に怪しまれるので、割と普通に話している。
不思議と、お互い同じことを考えている気がする。
俺たちの待ち合わせ場所は、どうもこの店になりそうだ。
昼、用がある時はここにいる。
そんな感じで。
お互い、バルバラント王都にいないことになっているので、たぶん他の場所で会っても他人のフリをするのだろう。
シュレンに「今何をしているのか」と聞いたら――俺がやっていることと同じことをしているようだ。
俺もひとまず、街の地形を調べるところから始めているから。
本当に、俺とシュレンは、本質的なものがよく似ているのだろう。
まあ、俺の方がひねくれてるかもしれないが。
「同期は見つかった?」
「いや。ただ連絡は入っている。――変態と一部の者は合流したらしい」
変態。
急に出てきたアレな言葉に少し驚いたが、そうだ、エオラゼルのことだ。
「実は、その辺のことは詳しく聞いてないんだよね」
だからエオラゼルと合流したと言われても、よくわからないのだ。
――ただ、現状からエオラゼルがいそうな場所と言えば、かなり限られている。
「もしかして変態が旗になってるの?」
「うむ。言わば乱の核だ」
乱の、核。
――ああ、なるほどね。内乱の中心か。
つまり正統な王位継承者は城にいて、エオラゼルは因縁をつけて内乱を起こす側ってことか。
正確なところはわからないので、今はこういう風に把握している。
「じゃあみんな傭兵に混じってる感じ?」
「そうだ。ちなみに青髪、料理人、白狼はすでに向こうにいる」
……へえ。
「白狼、いるの? ちょっと意外かも」
白狼は、シロカェロロのことだろう。
彼女は途中からブラインの塔に来たので付き合いは短いが、身体能力の高さは良く覚えている。一緒に馬車を襲ったり、命を救われたこともある。胸毛がすごいんだよね。一度でいいから触りたかった。
「もうじき他の面子も来るだろう。詳細はその時に明かすと聞いている。私はそれまでにできることをしている」
うん、俺もそうだ。いざ動く時のために備えている。
「わかった。今話せるのはこれくらいだね」
「ああ。では――」
「一つだけ興味本位で聞いていい?」
席を立ちかけたシュレンにそう言うと、彼は座り直した。
「なぜ協力しようと考えたか、か?」
お、すごい。
「正解。よくわかったね」
「私もおまえが協力しようと決めた理由が気になっていた。――塔にいた時から思っていたが、似ているな」
「そうだね。似ているね」
彼は眉一つ動かさないし、俺も特に表情は変えない。
――でも、たぶん、内心お互い少しだけ笑っていると思う。
「私は単に予約が入っていただけだ。二年前からな」
「二年前から? じゃあ――」
「かもしれん」
ハイドラは、二年前からこの計画を考えていた、のか?
でもエオラゼルがバルバラント王国の王子だと知ったのは最近、ってフロランタンは言っていたけど……
…………
まあ、近い内にその辺の説明もあるだろう。
「正直な話、ただの安請け合いだ。『もし何かあったら手伝ってくれるか?』と問われて頷いた。そんな約束のツケがこんな形で回ってきた」
ああそう……
「律儀だね」
シュレンは、二年前にハイドラと交わしたのだろう些細な口約束を、果たしに来たのか。まあほかにも理由はあるかもしれないが。
「おまえは?」
「単純に嫌だから。できるだけ穏便に済むようにしたいと思ってるだけ」
「そうか。忌子と同じか」
と、今度こそシュレンは立ち上がった。
「同期が来たら部屋に手紙を残す。今後何かあればここで待て」
「了解」
そして俺たちは、他人のようにそっけなく別れた。
シュレンと話した翌日のことだった。
今日も深夜城下町を歩き、明け方近くにフロランタンが用意してくれた寝床へ戻る。
スラムの奥にある小さな一軒家だ。
どうもここら一帯はカジノ絡みの従業員やフロランタンの部下が住んでいるらしく、見た目に反して治安が良いようだ。
まあ、いくらスラム街でも、下手に本物にちょっかいを出す者は少ないということだろう。
俺も、怖いからあまり関わりたくはない、というのが本音だ。
ドアを開ける――と、下の隙間から部屋に投げ込んだのだろう小さな紙片が落ちていた。
拾い上げて見ると、文字が書いてある。
「……優等生と鷲来る……?」
ん? 優等生と鷲?
……あ、そうか。
一瞬考えたが、すぐにわかった。
リッセとハリアタンだ。
あいつらもバルバラント王都に来たのか。