444.メガネ君、ハイドラの目的を考える
参った。
ブラインの塔で出会ったエオラゼルのことは、確かに王子様みたいだとは思った。そして変態だった。
格好も貴族みたいでいい服を着ていたし、何をしていてもどこか品がある奴だった。変態的な言動を行っている時でも無駄に品があった。
会ったことも見たこともない「王子様」は、きっと彼のような人なんだろうと自然と思えるほど顔形は整っていた。わかりやすく変態だったけど。
俺みたいな田舎者とは根本的に違うと思っていた。変態的な意味でも。
でも、そんな彼はすごく気さくで、周りにも気を遣って、ちゃんと集団生活に貢献していたと思う。変態の面は別として。
サッシュの槍の訓練なんかにもよく付き合っていたし、穏やかで人付き合いもいい方だった。仲が良い同期も多かったはずだ。変態ではあるが。
俺だって、初めて食べたという怨蛤に感動して、よく彼と一緒に火を囲んで食べたことをよく覚えている。あの時だけはあまり変態じゃなかった。
――確かに、あまり不自然でも意外でもない気がする。
「言われてみれば、エオラゼルって何から何まで王子っぽかったね。変態だったけど」
「な? うちも知らされて驚いたけんど、改めて考えると割と普通に納得できたわ。どう考えても変態じゃったけど」
うん。疑いようのない変態だったけどね。
「その王子が、なんだって暗殺者育成学校に? ――いや、そもそもを言うと暗殺者を育成する孤児院にいたって話だったと思うけど」
セリエやリッセたちと一緒に、暗殺者を見出す孤児院で育ち、エリート教育を受けたとかなんとか聞いた覚えがある。
確か、リッセと剣術で並ぶとも劣らないとか、そんな話も聞いたはずだ。
記憶違い……では、ないと思うけど。
「エオラゼル自身も最近まで知らんかったらしいわ」
「え?」
「ほれ、王位継承問題じゃけぇ。現国王が病に倒れた折に、うちらの関係者から知らされたらしい。
われはバルバラント国王の長男じゃけぇ帰りたかったら帰れ、ってな」
…………
ああ、そうか。
「王位継承問題、か……」
「うん。詳しい事情はわからんし、うちも聞く気はないわ。きっと腹が立つだけじゃけぇ」
だろうね。
きっとエオラゼルは、物心つく前から王位継承問題に関わり、身の危険があったのだろう。
だから、バルバラントから引き離された。
どういう経緯や伝手かはわからないが、ナスティアラの暗殺者育成学校にいたのは、安全に保護するためだろう。
ナスティアラの王宮や貴族にいたら、もしかしたら足が付くかもしれない。エオラゼルは見た目からして王子様なので、表舞台にいれば女性たちが放っておかないと思う。
それに加えて、「人探しの素養」みたいなものもあるから、いっそ表舞台から引き離そうと考えた。
だから、いわゆる暗部に入れることにした――隠す意味も込めて。
まあ、俺の予想が当たっているかどうかはわからないが、エオラゼルが変態だがすくすくと育って今に至るのであれば、その選択はそこまで間違ってはいないと思う。
彼が自分の人生をどう思っているかはさておき、だが。
「――で、話の本題はここからなんじゃ」
「聞かなかったことにして帰っていい?」
やっぱり重いよ。そんな王族が関わるような話は、俺には手に余るって。人には向き不向きが合って、これは俺に向かない奴だよ。責任が重い奴だよ。
「何言うとんじゃ。せっかく来たんじゃし聞いてったらええわ」
「でも聞いたら終わりなんでしょ? 君が手伝う気になってるなら。聞いたらやらざるを得なくなるんでしょ?」
「…………」
…………
「――ほれほれ、酒飲め酒。これめっちゃ高いけぇ、飲まな損じゃ」
フロランタンは話をはぐらかした。
すごくわかりやすく話をはぐらかした。
……わかったよ、聞くよ。
唯一の年下だったからか、俺は二年前からフロランタンだけはちょっとほっとけないんだ。
どうやらあの頃の気持ちは、今も俺の中にあるようだ。
仕方ない。
可能な限り手を貸そう。あくまでも可能な限り。それだけだ。絶対深くは関わらないから。俺は命が惜しい。
「とりあえず、考えるべき案件は三つなんじゃ。
一つは、エオラゼルの王位継承問題。
もう一つは、ハイドラが狙っとる宝。
そして最後に、内乱。
これらは一つの問題のようで、実は別もんじゃ」
……うん。
今見えている問題を大きく別ければ、その三つということになるだろう。
「ハイドラの横槍感がすごいね」
項目を並べると、ハイドラが火事場泥棒的に盗みを働こうとしているようにしか思えない。
「いや、それがそうでもないらしいんじゃ。うちには知らされとらんけどな」
へえ。
「ハイドラの狙いはな、代々バルバラント王が引き継ぐいう『バルバラント王の金冠』と『金の紋章指輪』じゃ。この二つを盗むいうとるわ」
…………
あ、はい。
「本気なんだね、ハイドラ」
盗賊団云々は今聞いたし、そもそも悪い奴だということも知っていたが。
それでも素直にびっくりした。
本物の盗賊じゃないか。
それも大した物を狙っているものだ。捕まったら確実に死刑だぞ。
「まあ、本気じゃろうな。さすがに冗談で捕まったりせんじゃろ。――今ハイドラがおる採掘場は、城に繋がっとるけぇ。どうにかして城まで忍び込むつもりみたいじゃな」
どうにかして。
それはちょっとハイドラらしいな。たぶん彼女ならやってのけるだろう。そのための計画もあるはずだ。
「じゃあ、俺たちに手伝わせようとしていた脱獄は?」
「いらんじゃろ。自力でどうにかできるはずじゃけぇ。
ただ――ハイドラは盗みしかせん予定じゃ」
盗みしかしない?
……ああ、盗みしかしないのか。
「つまり王位継承問題も、内乱も、関わらないと」
「そうじゃ。……エイルならもうわかるじゃろ? じゃけぇうちやシュレンが動いとるんじゃ」
そうか。
そういう事情で俺たちを呼んだのか。
……じゃあ、やらないわけにはいかないか。――ほら見ろ、聞いたらやらざるを得なくやつだったよ。
「――俺たちで内乱を止めるんだね?」
「――もしくは、最小限の犠牲で済ませる、じゃ」
ハイドラが俺たちを呼んだ理由はわかった。
内乱で傷つく人をなくす、あるいは減らすために呼んだのだ。
内乱は小規模らしいけど……何にしろ、そういうのが起こって一番に被害を受けるのは、力のない市民や周辺の村である。
村出身の俺としては、やはり、聞いた以上は見過ごせない一件である。
――それにしても、ハイドラはどういう計画を立てているんだろう。
ハイドラが王冠だの指輪だのを狙う理由はなんだ?
彼女からすれば、自分はそっちに掛かりきりになるから、他を俺たちに任せたいのだろう。
これは、言わば、そう――
極論を言えば、集めた同期を「自分の盗賊団の手駒として使い倒す」つもりなのだ。
盗賊団の目的は、今バルバラントにある王位継承問題と内乱の解決。
そして、ハイドラが王冠と指輪を盗むのはそのついでか、あるいは二つの問題の解決に必要だからだ。
…………
今考えられるのはここまでかな。
シュレンはどう考えているんだろう。
すぐにでも話をしたいな。




