439.メガネ君、岩窟王国バルバラントに入る
今回の旅に当たって、バルバラントのことは軽く調べた。
岩窟王国バルバラント。
岩窟王国と言われるだけあり、バルバラントは魔鉱石を始め、色々な原石の採掘量が多い。
大きな鉱脈があったから国が建った、というのが成り立ちである。
建国四百年になろうという今でも、当時からすれば落ち着いたが、まだまだ生きている鉱脈は多いのだとか。
すでに枯れてはいるものの、かつては金脈があったという場所には、今はバルバラントの王都ができているそうだ。
まあ、現代でも鉱山の探索・発見やら採掘やらが盛んではあるが、それ以外は割と普通の国である。
「狩猟ギルド? 知らんな……でも偽造とも思えん」
まだ太陽が昇り切らない朝一番に関所に駆けこみ、待ち時間もなく入国審査を受ける。
提示した身分証は、狩猟ギルドのものである。
初めて見るというギルド証を手に、若い兵士はしきりに首を捻っている。
ナスティアラでもそうだったが、こっちの国でも、狩人の数はかなり少ないようだ。
「冒険者ギルドじゃないんだよな?」
「そうですね」
昔は狩猟ギルドも盛んだったそうですけどね。
「どうした? 問題か?」
仲間の戸惑いが見えたのか、奥から出てきた中年の兵士が応援に入ってきた。
「ん? 狩猟ギルド? へえ、懐かしいな。昔はちょくちょく見たんだが……そういえばここ数年はまったく見てないな」
よかった。こっちの兵士は知っていたようだ。
「通していいぞ。狩猟ギルドの者は、下手な冒険者崩れより腕も人格も信用できるからな」
――入国料を支払い通行証を受け取ると、俺は正式にバルバラント王国に足を踏み入れた。
さて、とりあえず情報収集したいな。
関所の近くには、ここを通る人を狙った商売人が集うことがある。それが街に発展したケースもあるそうだ。
バルバラントの場合は……大きな宿屋と雑貨店のような店がいくつかあるだけだ。村とも街とも言いづらいな。
…………
あの村で聞いた情報と照らし合わせると、ここには長居しない方がいいな。
明らかに傭兵らしき連中がいて、関所を通ってやってくる者を監視している。そして今通ってきた俺を見ている。
「――あのガキどうだ?」
「――馬鹿か。あんな弱そうな奴誘ってどうすんだ」
聞こえてますが。
どうも仲間になりそうな奴を探しているらしい。
……うん、だいぶきな臭いな。これは本当に内乱的な何かが起こるかもしれない。
よし決めた。
素通りする体で、少しだけバルバラントの様子を探ってみよう。
老執事ダスカが妙な課題を課したせいで、少し移動に身体を酷使してしまった。今日は早めにまともな宿に泊まって、ちゃんとベッドで休みたい。
だから、ここでの滞在はほぼ一瞬で済ませよう。
「いらっしゃい」
俺は雑貨店に飛び込み、店主のおばさんに「保存食が欲しいんだけど」とすぐさま注文を飛ばした。
「はいよ。乾燥果物、塩漬け野菜、干し肉、乾パンくらいしかないけど、どれがいいね?」
関所からバルバラントの王都までは、馬車で五日くらい掛かるそうだ。
だが距離だけで言えば、俺なら丸一日の強行で到着すると思う。
バルバラントの不穏な気配を考えると、身体を休めるのは急務だが、その上で少し無理をしてでも王都へ急いだ方がいいだろう。
現状、どこで何が起こるかわからない。
国領をのんびり旅よろしくうろうろしているよりは、王都にいた方がまだ安全だろう。
それに、こうなるとハイドラも、違う意味で気になってきたしな。
「――なんか物々しいね」
適当に注文しておばさんが品を用意する間に、そんな話を振ってみた。
「俺、さっきナスティアラから来たばかりなんだけど。バルバラントで何かあったの?」
ここでの情報収集は、このおばさんだけで終えるつもりだ。
長居はしたくないからな。
さて、どんな話が聞けるかな。
「又聞きの噂だから当たってるかどうかはわからないけど。なんでも王様の長く患っていた病気が悪化したらしくてねぇ。そろそろ息子に王座を譲るとかなんとかで、揉めてるらしいねぇ」
え、本当に後継者問題なのか?
じゃあ……本当に本気であるかもしれないのか。内乱、あるいは反乱が。
「それ、俺の聞いた話と違うな」
あれ? 店の奥からおっさんが出てきたな。……旦那さんかな?
「俺は、死んだはずの王子が帰ってきて王宮は大混乱だって聞いたぜ」
死んだはずの王子?
…………
ああ、後継者争いによくあるアレか。身代わりによる権力争いか。
貴族や大金持ちの跡取り問題には、知らない血族や血縁がぽこぽこ湧いてくることもあるとかないとか、稀によく聞くもんな。
「へえ、そりゃまた面白い噂だねぇ。で、その王子ってかっこいいのかい?」
「馬鹿言うな。俺よりいい男がいるか?」
「――はい、お待ち。少しおまけしといたよ。……はい、ちょうど。どこまで行くか知らないけど気を付けなよ、今のバルバラントはいつもと違うからね」
「――ありがとう。気を付けるよ」
「…………」
よし、情報収集完了。次の集落で休憩だ。
関所からバルバラント王都を結ぶ直線上には、ハワの街があった。
村とは言えない規模の、少し大きな街である。
活気のある街だが、やはりここにも傭兵の姿がちらほら見えて、少しだけ雰囲気が悪い気がする。
昼前に到着したハワの街で、そこそこ高級な風呂付の宿を取った。
旅に出てから初めての風呂に浸かり、用意してもらった食事で腹を満たし、「少し休む、夕方には起きてくるから何があっても起こすな」と宿の人に頼んで、部屋に引っ込む。
「――ネロ、頼むよ」
呼び出した猫を侍らせて、俺は早々にベッドに身を投げた。
「……おやすみ」
いつものメガネを外し、「布型メガネ」を装着する。
そして短期集中の強力な自己回復機能を持つ「素養・仮死冬眠」をセットして、一瞬で深い眠りに落ちた。
――寝ている間は何があっても起きないという、なかなかリスクの高い「素養」だが、護衛をしてくれるネロがいれば安心だ。
これで夕方まで寝れば、丸一日以上熟睡したくらいに回復するのだ。