432.メガネ君、かつての同期と再会する
リーヴァント家での訓練を終えた夕方。
ちょっと雨が本降りになってきた中、人気のない王都を走って帰宅した。
「ふう……」
少し濡れた。
秘術を使って走っても、濡れるものは濡れる。実体は消えないから。
どうせ汗も掻いたし、せっかくなのでこのまま街の大浴場に行って汗を流してくることにしよう。
タオルと替えの下着を出すために自室に向かうと、セリエはもういなかった。ネロがベッドで寝ているだけだ。
「ネロ、すぐ戻るから留守番よろしく」
一応声を掛けると、一回だけぱたんとしっぽが上下に揺れた。どうやらあれが返事のつもりらしい。
「…………」
可愛い。
非常に可愛い。
意味もなく猫の胸毛をもみくちゃにしてから、再び家を出た。
風呂に入って汗を流し、家に戻ると、窓から灯りが漏れていた。
どうやら予定通り家主が帰ってきたようだ。
「お帰り、ロロベルさん」
そう言いながら家のドアを開けると、
「――ただいま、少年。先に食べてるよ」
特徴的な髪形の女性ロロベル・ローランが、テーブルに着いて食事をしていた。
「予定通りだったね」
「ああ、仕事が順調にいってね。留守番ありがとう。明日にでも報酬を渡そう」
俺もロロベルと一緒に食べようかと、台所の鍋を覗き……あれ? ないな?
振り返ってロロベルが食べているメニューを見ると、よくある大葱の入ったシチューと日持ちする少し堅いパンだった。俺の食事の定番である。
なるほど。俺の夕食はそこか。
「それ、台所にあった作り置きだよね?」
だとしたら、セリエが作っていった昼の残りだ。そして俺の夕食になるはずだったものだ。
「ああ、ちょうど一人分くらいありそうだったから……ん? もしや君の分だったか?」
「いえ、お気になさらず」
もう半分は食べているからな。返されてもちょっと困る。
「そうか? では遠慮なく」
仕方ないので、保存食の干し肉でスープでも作って腹に納めることにしよう。
今日もたくさん身体を動かしたから、かなり腹が減っている。抜きで寝るのはつらい。
野菜の余りや切れ端でもあればいいんだが……あるかな? セリエもすっかり料理が上手くなったからなぁ……
食料を求めて台所を漁る俺の背中に、「ああそうだ」と声が掛かる。
「少年、懐かしい顔が来ているぞ」
うん? 懐かしい顔?
「君に会いに来たという者と、一緒に帰ってきたんだ。今日は宿に泊まって明日訪ねると言っていたが――」
俺に会いに来た……?
「恐らく向こうも、今頃は夕食を食べている頃だろう。予定がないなら行ってきたらどうだ?」
「はあ」
まあ、風呂も入って身綺麗になったばかりだし、誰かに会うのは全然構わないが。夕食も行った先で取れるなら問題ないし。
「誰が来てるんですか? もしアレなら会わずに済ませたいんですが」
いったい誰がどこから俺に会いに来たのかはしらないが。
でも、向こうが会いたいと思っていたとしても、俺が会いたくないパターンも充分ありうるわけで。
というわけで、会う会わないは誰が来たのかを聞いてから判断したい。あとできれば予定を聞く場合も、用事を話してからにしてほしい。用事によっては予定が埋まってることもあるのだ。
「たぶん君も会いたいんじゃないか? 例の学校の同期だと言っていたぞ。確か名前は――」
雨の中をまた走り、ロロベルから聞いた宿までやってきた。
そこそこの大きさで、食堂があるいい宿である。風呂はないが、近くに大衆浴場があるのも嬉しい。
治安のいいナスティアラでも、特に治安のいい大通りに近い場所である。
「いらっしゃい!」
宿もやっているが、食堂も開いている。泊まり客じゃなくても利用できる作りのようだ。来たことはないが、存在は知っていたかな。
雨を逃れて飛び込んだ客が多いのか、食堂の席はほとんど埋まっている。ゆっくりと客の顔を見回していき……あ、いた。
「相席になるけどいいかい?」と聞いてくる店員のおばちゃんに、連れがいるからと断りそのテーブルに近づく。
「サッシュ」
近くで呼びかけると、見覚えのある青髪の頭が回った。
「お? ……おう、エイル! 久しぶりだな! てめぇ少し背ぇ伸びたか!? 伸びたよな!?」
そこにいたのは、依然会った時より少しだけ体格が良くなったチンピラのサッシュと。
「元気そうだな、エイル」
それと、相変わらず大柄な料理人ベルジュだった。
サッシュとはブラインの塔で少し早めに別れたが、獣人の国で別れたベルジュとは約二年ぶりの再会である。
厳密には、今度の冬を越えたら二年だ。