422.ドラゴンレース 9
申し訳ありません。
順位表記が間違っていました。
この時点でリッセ五位、エイル六位です。
後からまとめて修正しますので、ご了承ください。
残るべくして残った四人だったのかもしれない。
アヴァントトを始めとした若い戦士たちの多くが、ベテランの戦士たちに蹴落とされた。
結局、レース終盤まで先頭集団に残ったのは、アヴァントトだけである。
誤算だったのが、女戦士たちの騎乗技術である。
狩りや戦闘訓練で見る以上に、その腕は確かだった。
厄介なベテラン勢は彼女らを足止めし――また足止めされる形で、先頭から大きく離されていった。
あれでは足止めしたのか、それとも足止めされたのか――
その判断は、彼女らが生かし一人残されたサキュリリンの結果でわかるだろう。
――それにしても、本当に厄介だ。
攻めどころがなく、また油断もならない。
おまけにレースは終盤で、このままでは恐らく普通に走り負ける。
激しく接触したりもするし、先んじようとしてもみるが、それを込みでも膠着状態が長く続いていた。
痺れを切らしたアヴァントトが叫ぶ。
「親父ぃ! 一対一で勝負しやがれ!!」
一位を走る戦士長ジジュラ。
半馬身ほどの差で二位に着けているアヴァントト。
三位にいるサキュリリンは、あえて離れて様子を見ているという状態だ。
隙あらばと狙っているはずだが、その隙がないので動けないのだろう。
「つれないこと言わないで俺も混ぜてくれよ」
そして――父の幼馴染で戦友にしてベテラン勢の一人であるオーシン。
まるでジジュラの護衛をしているかのように動く彼が、ものすごく邪魔だった。
ジジュラに仕掛けようとしても彼が邪魔をするし、ならばとオーシンを蹴落とそうとすればジジュラが来る。もちろん先に行こうとすれば邪魔をされる。
一時、アヴァントトとサキュリリンとは共闘関係のようになったりもしたが、あれはあくまでも一時的なものだ。
現に今、サキュリリンは静観の姿勢で、ジジュラたちとアヴァントトがやりあうであろうその隙を狙っている。わりと露骨に。
今思えば、一番最初にアヴァントトとサキュリリンがジジュラを挟んだ時点で、勝負を仕掛けるべきだったのだろう。
いや、実際仕掛けたのだ――避けられただけで。
サキュリリンに呼びかけても返事がないので、アヴァントトに協力する気はないようだ。彼女の動向はひとまず置いておくしかない。
となると、ジジュラとオーシンの二人に、アヴァントト一人で臨まないといけなくなる。
だが。
ここまでガチガチのコンビネーションを組まれたら、一頭ではどうしようもない。
だから膠着状態が続いているのである。
「どうしたトト!? おまえとその『ゴーグル』の力はそんなもんかぁ!?」
仮にジジュラと一対一になっても、勝てる保証はない――というか勝率はかなり低いだろう。
にも拘わらず、ジジュラは一対一の勝負に乗ろうと気さえないようだ。
勝ちにこだわる戦士長らしい、非常に合理的な答えである。
安い挑発には乗らないし、たとえ小者や格下相手でも油断なく戦力を投入し攻め切る。
――「誰も怪我せず勝つのが勝利だ、誰かが怪我したらどんな結果でもよくて引き分けだ」と、己と仲間の身を重く案じる戦士の長である。
普段は自分たちを率いる男。
アヴァントトにとっては越えるべき父親は、心も体も憎たらしいほどに強者である。
膠着したままゴールまで行くのか、それとも転倒覚悟で強引に攻めるのか。
アヴァントトは、無謀だがほんのわずかでも勝利の可能性のある後者を選択しようとした。
その時だった。
「――ジジュラぁ! 復讐の時間だぁ!」
後方から、まずは怒号が追いついてきた。
先頭を走る四人が振り返ると――今度は小柄な四足紅竜と、その背に乗る仮面の少女がものすごい勢いで迫ってきた。
「――リッセ!?」
驚いたのは、序盤で転んだと聞いていたサキュリリン……のみならず、四人全員である。
全員が「最初の見せしめ」でリッセが蹴落とされたことを知っていただけに、まさか彼女がここで追いつくだなんて予想もしていなかった。
しかも。
(――行けるか!?)
「復讐の時間」と言うだけあって、リッセはジジュラに対して恨みを抱いているようだ。まあそりゃそうだろう。恨まないはずがない。
ならば、アヴァントトはリッセと共闘できそうだ。
勝率はまだまだ低そうだが――少なくともジジュラとオーシンという強固な壁二枚に、一人でぶち当たる無謀な選択はせずに済むかもしれない。
「……面倒な奴らが来やがったな」
しみじみと口を突いて出たジジュラの言葉は、己が乗る四足紅竜にしか聞こえない。
「――おまえも俺もいい歳なのにな。年寄りにはキツイよな。……もう少しだけ無茶させるぜ?」
一回り大きい四足紅竜――群れのリーダーは、何も応えず走り続ける。
戦士は特定の四足紅竜に乗ることは少ない。
だが、相性というのは確かにあり、長く付き合っていると戦士側も四足紅竜側も、特定の誰かと組みたがるようになる。
群れのリーダーは、いつからかジジュラを選んで乗せるようになった。
そしてジジュラも、この個体でしか己の満足いく騎乗ができないことに気づく。
ジジュラの無茶を、なんの反論もなくよく聞いてくれた個体である。
鱗に残った多くの傷は年輪のようで、二人の歴史――というよりは、ジジュラが無茶をさせた数だと言える。
黙っていても意識が繋がる。
この無類の信頼を寄せられる心地よさは、何者にも代えがたい。
嫁も貰わず四足紅竜にのめり込む戦友の気持ちは、古い戦士ほどよくわかったりする。
ジジュラもまた、そういう一面を持っている。
「――小娘は速い、先行されたら逃げられる。そっちは俺が見てる。おまえは後ろの小僧に注意しろ。何かあれば下手に受けず絶対避けろ。あれは何するか俺にもわかんねぇからよ」
指示を出すが、やはり群れのリーダーからの返答はない。
つまり、了解ということだ。
「――オーシン! サキュを警戒しろ! 前行かせんじゃねぇぞ!?」
「――おう!」
リッセは間違いなく仕掛けてくるだろう。
アヴァントトはその隙を逃さず合わせてくるはず。
問題はメガネの小僧だ。
これが本当に出方がわからない。
リッセの四足紅竜の後ろにピッタリ付いているので、パッと見では見えない。
だが確実にいる。
もう少し近づければ、誰の目にも明らかになるだろう。
――それで?
あの小僧は、先頭集団に追いついて、どうする? どう動く?
リッセの乗る個体は速度に特化しているだけに、仕掛ける幅なんて知れている。
だが小僧の個体は違う。
抜きに掛かるのか。
蹴落としに掛かるのか。
それともリッセを勝たせるために動くのか。
やろうと思えばそこそこのレベルでだいたいのことができる個体だ。
体当たりも怖いし、速度もそれなりに出るし、それらの選択肢を持ったまま付きまとわれるだけでも牽制の意味がある。
いずれにせよ、間違いなくこのレースのダークホースは奴である。
「――おっしゃ、やるぞ!! 気合い入れろよ!!」
バシン、とジジュラが平手で群れのリーダーの首を叩くと、久しぶりに強い声で一鳴きして応えるのだった。
見通しのいい障害物のない荒れ地だけに、速度の差がモロに出る。
その上、先頭集団は互いを牽制し警戒しているだけあり、最高速度が出ていない。
ゆえに、捕捉したらあっという間に追いつくことができた。
「――ジジュラぁ! 復讐の時間だぁ!」
あと少しで追いつこうというところで、すっかりスピードの魔力に憑りつかれているリッセが嬉々として吠えた。
四人全員が振り返り、驚いていた。
「――言わなくていいのに」
後ろに付いているエイルとしては、このまま静かに距離を詰めてあざやかに抜き去るのが……と考えて、首を振る。
そんなことを許すような愚鈍な連中ではない。
むしろ、気づいていないふりをしていてこちらが追い抜く瞬間に邪魔される、なんて行動に出られた方が困る。
一頭くらいなら躱せるだろうが、四頭同時に妨害してきたら、間違いなく転倒させられてしまう。
だから、これはこれでいいと思うことにする。
前を走るリッセの背中が邪魔ではあるが仕方ないとして。
エイルは、前方を走る四頭の動きをつぶさに観察する。
(――サキュリリンは隙を探してるな)
四頭の中、一頭だけ少し離れているのは、三頭のいがみ合いの隙を突いて前に出たいからだろう。
下手に出ようとすれば妨害されるから、じっと待っているのだ。
(――アヴァントトはジジュラ狙いか……でもあの古参が邪魔なんだな。あの古参は……オーシンだっけ? やっぱり『ゴーグル』はしてないのか)
嬉しそうに「ゴーグル」を受け取った姿を憶えているが、……レースの主旨からして、古参はやはり使えない立場にあるようだ。
オーシンは、位置的にアヴァントトを警戒し、ジジュラを守るように動いているようだが――
(――ん? ……ああ、陣形を変えたのか)
ジジュラの傍にいたオーシンが、離れたサキュリリンの近くに寄っていく。
恐らくは、追いついてきたリッセとエイルに対応するための――と、そこまで考えて思考を打ち切った。
「――リッセ! 右に避けろ!」
そう言いながら、エイルは左に移動する。
リッセ越しに見ていたジジュラの背中が、少しだけ屈んだ。
それを見た瞬間、エイルの本能が警鐘を鳴らした。
と――ジジュラの乗る四足紅竜が大きく後ろ足を折り、思い切り地面を蹴った。
「あ、あっぶな……!?」
確かに危なかった。
理由もわからないまま反射的に動いたリッセと、エイルが分かれた間を、蹴り上げられた大量の土が小さな土砂崩れのように襲って来た。
冷静に見れば、土の量も硬度も大したことはない。
何せただの土だから。
しかし、速度が出ている現状では、それでもまともに当たれば転倒の原因になりかねない。
実際避けきれなかった小石が当たったが、小石にも拘わらず結構な衝撃だった。
明らかに狙ってやった行動である。
――やはり戦士長ジジュラは、一筋縄ではいかないようだ。




