421.ドラゴンレース 8
「――楽しいなぁエイルぅ!」
「――全然」
一人、二人と、道に倒れていたり転倒の怪我で動けなくなっている者を抜いていく。
いずれも若い戦士ばかりだったので、やはりトップで古参たちによる蹴落としが行われたようだ。
順位を上げていく毎に、リッセのスピード狂に拍車が掛かっている。
そして、そんな乗り手の気持ちが伝わるのか、「黒鱗」もどんどん加速していく――「丸かじり」がこれ以上の速度は出ない、ついて行けないと意志を伝えてくるほどに。
がんばる「丸かじり」を応援しながら、エイルはこの先のコースのことに想いを馳せる。
じきに曲がりくねった見通しの悪い森コースを抜け、少し大きな河川に突きあたる。
コースとしては、川沿いに少し下り、浅瀬を渡って対岸に行くことになる。
「――リッセ!」
エイルは考えた。
今の「黒鱗」の速度であれば、あとは適当な足場さえあれば問題なく飛べるだろう。
河川を下流方面に滑空しつつ、斜めによぎって対岸へ行けるはずだ。
浅瀬と言えど川に入らないといけないとなると、どうしても速度は落ちる。
それどころか、水の下の足場が悪い。
足の踏み場が悪くて遅くなることはあっても、速くなることは絶対にないだろう。
――それに、エイルだったら、仕掛けるならそこだと考える。
どうしたって速度が落ちる場所。
それがわかっているなら、その付近で待ち伏せし、速度が落ちたところを狙う。
ならば、そこは避けるべきで、なおかつコースをショートカットする方法がある。
「――川を飛び越えよう!」
幸い飛べる条件が揃っている。
もし一人でも進行の邪魔をする者がいたら、飛ぶのはリスクが高い。
飛ぶ瞬間は無防備だ、ちょっとした衝撃でも体制を崩し、崩したら確実に転ぶ。
だから、今なら飛べる。
近くに残っているのは、落とされてすぐには動けない者ばかり。
蹴落としたであろう連中は先に行っているから、今ならノーマークだ。
「――わかった! 黒鱗号、どっか飛べるところない!?」
ガウッ
歯切れのよい返事からして、恐らく「任せろ」的な意味の返答をしたであろう「黒鱗」は――
「――え、ここ!? ……よし行け!」
獣道の脇にあった、リッセが戸惑うほど背の高い大木を目指して走り。
一足で太い枝まで飛び上がり、かなり高い場所から空を舞った。
馬よりも大きいのに、しかしまるで重量を感じさせないその動きは、まさに「黒鱗」ならではの身の軽さ、軽いからこその跳躍であった。
「――おいおい……」
問題は、追従する「丸かじり」である。
「あれは無理」とはっきり意志が伝わってくる。
「――ほかに飛べるとこないかな」
それはあったらしく、リッセたちとは少し違うコースを飛んで、エイルたちも対岸へと飛んだ。
「――うおらぁ! どうしたおらぁ! ヒゲおらぁ!!」
浅瀬のど真ん中で、怒り狂った女戦士が水を蹴りながら古参の一人をぼっこぼこにしていてそれを四足紅竜二頭がポツーンとたたずみ見守る、という不思議な光景を横目に、リッセとエイルは対岸コースへと入る。
川の女戦士と古参もそうだが、川付近に倒れている戦士が何人かいたのが上から見えた。
(結局、今何位だ?)
エイルは一応ここまでで、追い抜いてきた戦士たちの人数を数えていた。
レース開始直後からすぐに最下位になったので、己の順位は非常にわかりやすい。
ただ、参加者の総数がはっきりわからないのだが。
恐らく三十人前後が参加しているはずだが、エイルには確証がない。
(一応、総数は三十人としておくか。それで……)
前半戦。
一度は蹴落とされたリッセと合流し、一緒にここまで追い上げてきた。
中間地点までに抜いた戦士の数は、里に入る直前に落とした戦士も含めて十五人。
あの時点でちょうどど真ん中である。
リッセが十四位で、エイルが十五位だ。
それから後半戦すぐに、森に待ち伏せしていて嫌がらせしてきた古参が一人。
似たような目に遭い落とされたのであろう戦士が三人。
河川を越える時点で、リッセは十位でエイルは十一位。
そして、空を飛んで渡った河川周辺で、浅瀬で荒ぶる女戦士と荒ぶられる古参を含めて、四人ほど見ただろうか。
(ということは、現在六位と七位くらいかな)
振り返って見れば、結構追い上げてきているものだ。
一時は最下位だったことを考えると、なかなかの成績だろう。
――だが、実際の参加人数は二十八名であり、実際の順位は四位と五位である。
エイルとリッセは、ようやく先頭集団に迫ろうとしていた。
後半が半分終わる。
残り四分の一となった頃に、コースは地面が剥き出しになった焼野原のような場所に入った。
ここは毒沼の影響で草も木も枯れ、生き物も近寄らないという不毛の地だという。
昔はここら一帯が大きな毒の沼地だったらしいが、今では毒沼は残っていない。
遮る物のない陽射しのせいで、毒は蒸発し枯れ果てたのだろうと言われていて、年々周囲の緑が荒れ地を侵食して行っているという。
いずれこの荒れ地はなくなるだろう。
だが、それはまだまだ気が遠くなるほど長い年月が必要である。
荒れ地は広い。
だからこそ――
「――ジジュラだ! 追いついたぞエイル!」
「――そうだね」
荒れ地の彼方を、四頭の四足紅竜が走っているのが見える。
そして、その中心の一際大きな四足紅竜こそ、戦士長ジジュラの乗るドラゴンである。
コースは残すところ四分の一。
レースはいよいよ大詰めに近づいていた。