420.ドラゴンレース 7
グルルル
「ごめんごめん。悪かったよ」
首に縄を掛けた体で少し引きずってしまったので、「黒鱗」が相当怒っている。
真横を走るエイルと「丸かじり」に、唸りながらガンガン当たって遺憾の意を示している。――あとで改めて謝罪の意を示しておきたい。
一回り小さいとは言え「黒鱗」も立派な四足紅竜である。
重量も並大抵ではないはずだが……それでも一時的に「黒鱗」の体重を支え引っ張った「丸かじり」の力量と安定感はすばらしい。
「丸かじり」は、ほかの成体と比べて、特に秀でた部分がない平均的な身体能力を持っているとエイルは認識しているが。
だからこそバランスがよく、高い安定感を持っているのかもしれない。
――まあ、それはさておき。
「おかしくない?」
「おかしいね」
「黒鱗」の背に戻ったリッセの主語を欠いた言葉だが、エイルは同意する。
ついさっきのことなので、さすがにわかる。
――そう、あそこで待ち伏せなんて、どう考えてもおかしいのだ。
タイミング的には、中間地点である里を通った直後になる。
エイルはコースの作りから、待ち伏せや罠を連想した。
騎乗者もドラゴンも、好戦的な荒くれしかいないようなレースの性質上、むしろ待ち伏せも罠もあると考えた方が自然だとさえ思っていた。
その辺はリッセも同じ考えである。
速く走ることしか頭にない状態だが、それでも自然とそれくらいは考えられる。
どう考えても、仕掛けてくるタイミングがおかしい。
もっと後ろの様子を見てから。
ちゃんと相手を見てから仕掛けてくるものだとばかり考えていた。しかしさっきのやり方では、向こうだって仕掛ける相手なんてわからないだろう。
そもそもここで蹴落としをしても、抜かれようが抜かれまいが順位的には微妙である。
現在ここの順位はほぼ中ほどで、ここら辺が一位か二位ほど上下したってなんの意味もない。
現状は後ろを気にするより、ひたすら前を追ってトップに立つことを考えた方が建設的だろう。
まだ中盤だ、追いつくことができるかもしれない。
――競争として考えるなら、そうなのだが。
しかしさっきの戦士――「ゴーグル」をしていない古参の戦士は、「後続に追い抜かれる心配」ではなく「ただの嫌がらせ」という意味合いで仕掛けてきた可能性が高いように思えた。
だから相手を選ばず、「来た相手」を「無差別」に襲った。
リッセが狙われたのではなく、たまたま待ち伏せした直後にリッセが引っかかった。
つまり――
「それ自体が目的かな……」
目的は、嫌がらせ。邪魔。蹴落とし。
レースには関係ない、ともすればなんのためにやるのかいまいちわからない、そんな目的で動いているのではないか。
エイルはジジュラの最終目標を知っている。
その辺を加味すれば……
「……ハンディ?」
「ん? なんかわかった?」
若い戦士たちに勝たせるため……いや、ジジュラの気性からして、素直に勝たせるつもりはないだろう。
だが、若い戦士の勝率を上げるための行為では、あるかもしれない。
だとすれば――
「リッセ」
「何?」
「今は急ごう。追いつけるかも」
事情を話すのは後でも、レース後でもできる。
もし推測通りの理由で古参が動くなら、トップ集団で嫌がらせや邪魔、蹴落とし行為といった行為が行われているはず。
あるいはこれから起こるはずだ。
だとすれば、トップ集団がまとめて減速する可能性が高い。
「よし、一緒に風になろう!」
「それは嫌だけど」
――ジジュラたちが何を考えているかは知らないが、それに付き合う理由はない。減速するなら追い抜くだけの話だ。
二人は再び速度を上げて、上位集団を追うのだった。
エイルの読み通り。
あるいはジジュラの指示通りである。
「――なんだ貴様!」
幅寄せしてきた古参相手に、年長の女戦士がいきり立つ。
「――いいじゃねえか。おっさんと遊ぼうぜ」
「――ふざけるな! 老人とて容赦せんぞ!」
「――ろっ老人じゃねえよ! まだ三十代 (三十九歳と二十三ヵ月)だ!!」
トップ集団。
ジジュラを先頭に、古参たちも固まっていたが。
中間地点を越えた辺りから、いつしかパラパラと別れて、それぞれで若い戦士たちに仕掛け出した。
一番最初に狙われたのが、女戦士四人組だった。
前にいた古参の一人が大きくスピードを落とし、集団の中に自然と、だが強引に割り込んできた。
そのせいで陣形が大きく崩れた。
それを皮切りに、それぞれが騎乗を阻害される嫌がらせをされ始める。
――真っ先に狙われた女戦士たちに向けた、古参たちの共通認識は、「思ったよりも厄介だから」である。
女戦士たちは、戦闘面はやはりやや男の戦士に劣るが、騎乗技術はかなり高いのだ。
それはトップ集団に全員が食い込んできていることから実証済みである。
この集団がトップに立ったら、恐らく順位は変わらずゴールまで駆け抜けられる。
特に集団なのが問題だ。
一頭では対処できないし、二頭でも難しそうだ。
古参だって転倒や減速のリスクを負って仕掛けるのだ、まだ生き残りが多い内に対処しないと――頭数が揃っている今潰しておかないと、普通にまずいのだ。
「――ああ面倒臭い! サキュ、先行け!」
「――老人どもは任せろ! おまえが勝て!」
「――もう許さない絶対許さない! 絶対あとでそのヒゲむしってやる! ヒゲもハゲさせてやる!」
一人完全にキレているが。
「――わかった!」
仲間たちが古参たちを引き付けている間に、サキュリリンは先行する。
そして。
「――おう、来たか。歓迎するぜ」
抜こう抜こうと駆けるアヴァントトを、その都度牽制していたトップランナー、ジジュラの横に並んだ。
アヴァントトとサキュリリンで挟み込んだ形となっているが。
それでも、ジジュラの勝ち気で獰猛な笑みが、揺らぐことはなかった。




