409.メガネ君、サキュリリンの「素養」を知る
「――で、どうするんだ客人。やるのか?」
突如やってきた戦士長ジジュラは、俺たちどころか戦士たちの注目まで集めて、そんなことを問う。
やる、とは?
……話の流れからして、大人の四足紅竜に認めさせる方法があるけどやりますか、って話か?
「ちょっと待ってくれ!」
リッセのせいで悔し涙を流している子供たちを慰めていたサキュリリンが駆け付ける。ついでに「ゴーグル」を着用したアヴァントトもやってきた。
「戦士長。まさか客人に『戦士の儀式』を受けさせるつもりか?」
「親父、無茶を言うなよ」
「――無茶じゃねえから言ってんだろうが。だいたいレースやるなら四足紅竜に乗れないと話になんねえだろ。
まっ、引いた方が身のためだとは思うがな! 外の人間は腰抜けだから逃げたって誰も文句は言わねぇよ!」
…………
ああ、なるほど。
ジジュラは何しに来たんだろうと思っていたが、彼は戦士長として、「戦士の儀式」とやらをやらせるつもりで来たのか。
きっと「戦士の儀式」とやらをこなせば、大人の四足紅竜に認められるのだろう。
――表向きは「外嫌いの戦士長」をやらなきゃいけないので、多少煽り気味ではあるが。
でも、「引いた方がいい」辺りは、言い換えると「普通に心配してるよ」って意味で言っていると思う。
「その儀式ってのをやれば、私も乗れます? 乗れますよね?」
やっぱりなんか目付きがおかしいリッセが即座に食いつき――ジジュラは頷いた。
「おまえなら大丈夫だろ。情けねぇうちの若い連中と張り合えるんならな」
そう言えば、リッセはアヴァントトやサキュリリンを始めとした若い戦士たちと一緒に、よく戦闘訓練をしていると聞いている。
その辺を考慮すれば、実力的には申し分ないわけだ。
まあリッセは強いからね。
「おいガキども。この女なら通るだろ?」
「それは……」
「……いや、でもだな、戦士長……」
ジジュラがまっすぐに問うと、ガキどもたるアヴァントトとサキュリリンは、返事に窮した。図星らしい。
――何せ「戦士の儀式」だもんな。
きっと戦うとか、四足紅竜とやり合うような内容の、荒っぽい儀式なのだろう。
四足紅竜に認めさせると言うなら、むしろそれしかないと思う。
「やるのか? 死んでも知らねぇぞ?」
「やる! どいつもこいつもぶっちぎる! レースで優勝するのは私だ!」
おい。……おい。
リッセは本当にどうした。
そんなむやみやたらに波風立てるタイプじゃなかっただろ。ある意味チンピラのサッシュよりケンカ腰が過ぎるんだけど。あいつはまだ、全方位にケンカ売るようなことはしてなかったのに。
「ほう? 面白れぇガキだな。戦士長の俺と戦士たちの前でそれだけ言えりゃ大したもんだ」
まったくだ。
傍で見ているだけの俺の方が心臓に悪いと思うくらい、大したことを言ってくれたものだ。
……一旦サジータが止めてくれないかと見れば、彼はこんな状況でも、いつも通り微笑みを浮かべている。
やっぱりあの人もすごいな。度胸の据わり方も只者じゃない。
「――よし、『戦士の儀式』を始めるぞ! 若い四足紅竜を集めろ!」
ジジュラが宣言したことで、儀式は始まった。
若い戦士とベテランの戦士たちと。
鱗に傷がある、まさに歴戦の勇士である四足紅竜たちと。
それらが乱雑に混じって輪となり囲む中央には、リッセと六頭の四足紅竜が向かい合っている。
傍目には、六頭ものドラゴンに睨まれてもはやリッセは絶体絶命、という風景ではあるが……
狩場のような緊張感や、血気盛んな四足紅竜の戦意はあっても、敵意がないのでそこまで危機感はない。
「客人のために簡単に説明する!」
輪になっている戦士たちの中の一人、この場を仕切る戦士長ジジュラが声を上げた。
「今向かい合っているのは、若い四足紅竜である! こいつらに力を示すことで、ただの人は戦士となる!
――要はやっちまえってことだ。
殺しさえしなけりゃなんでもありだ。
四足紅竜もその辺は承知しているから、殺しには来ねえ。
全力で、自分は四足紅竜の乗り手に相応しい力があることを証明しろ!」
ああ、やっぱり戦士らしい儀式なのか。
じゃあ、まあ……結果はもう見えたかな。
「さあ、一頭選べ! そいつと勝負しろ!」
と、ジジュラはパッと見では若干の大小しかわからない六頭の中から、戦う一頭を選べと言う。
「――こいつがいい」
だが、リッセはすでに選んでいた。
目の前に六頭並んだところで、視線は一頭に釘付けになっていたから。
選んだ基準はわからないが、一目で気に入ったのだろう。
「――黒鱗を選んだぞ、トト」
「――はあ……よりによって……」
近くにいるサキュリリンとアヴァントトの会話が聞こえる。
「何かまずいのかい?」
余裕の表情を崩さないサジータが問うと、一頭の四足紅竜を残して五頭が引き上げるのを見守りつつ、二人が教えてくれた。
四足紅竜には名前を付けないそうだ。
名前を付けて愛着が生まれたら、お互い戦士としてやりづらくなるから。
たとえば騎乗者が身を挺してドラゴンを守ったり、その逆もあったりする。
仲が良すぎるせいで起こる現象である。
だが、竜人族の戦士が目指すのは、そういうところではないという。
共に戦うのは敵を倒すため。
それ以上でもそれ以下でもない。
仮にどちらかが倒れることになろうと、目的がぶれてはならない。
どちらかがやられても敵を倒せればそれでいい。
その目的のために共闘しているのだから、互いを気遣うのではなく、互いが全身全霊で力を束ねて敵に当たれ、と。
そういう意志で戦うそうだ。
――それが正しいかどうかを俺が決めるのは傲慢だ。その結論に至るまでに、きっといろんなことがあったのだろうから。
彼らの誇りと矜持がそうだと言うなら、そうなんだと納得するしかない。
が、それはさておき。
四足紅竜に名前は付けないが、あだ名のようなものが付くことがあるそうだ。
リッセが選んだ「黒鱗」というのも、あだ名である。
由来は、全身赤い鱗に覆われているが、腹側の鱗だけが黒いことからそう付けられた。
傍目には、少し小さめの成体だと思う。
歴戦の四足紅竜と違い、傷も少なく、細身である。どこで若いか否かを見分けるのかはわからないが、若いと言われれば若くも見える。
「あいつはプライドが高くてな。気に入らない戦士には負けてやろうって気概がない」
ちなみにアヴァントトは、挑んでいないそうだ。
へえ……あ、そうか。
「力を示せ」ってのは、必ずしも勝たなくてはいけないってわけではないのか。
それこそ、優しい四足紅竜なら、ある程度できると判断したらさっさと認めたりするのかもしれない。
「若い層の個体としては強いからだな。何人もの戦士候補が挑んだが、勝てたのは私とあと一人くらいだ」
お、サキュリリンは挑んで勝ったのか。
「サキュも大概ひどい有様になったな」
「うむ……いくら『仮死冬眠』でも、あれは我ながらひどかったな……」
ふうん……ん?
「はるのおとずれ?」
サジータの余裕の表情が崩れていた。だよね。今のは聞き捨てならないよね。
「なんだ、サジータは『私の素養』を知らなかったのか。里の住人全員が知っているほど有名なんだがな」
「そうなんだ。……春の訪れ?」
「簡単に言うと、睡眠による超回復だ。骨折くらいなら半日寝れば治る」
え、すごいなそれ。
というか、そう言われると納得できるな。
やたら彼女が怪我をして、でも誰もその心配をしないのをちょっと不思議に思っていたが。
そういう「素養」を持っていたのか。
――『視え』たし。
「私の時はひどかったぞ。両足は骨折、左腕は食われたし、あばらも全部バキバキにされた。それでようやくあの黒鱗に認めさせることができたのだ」
「俺はあの重体を五日で完治させたおまえの方に驚いたがな。腕、生えたんだろ?」
「それまでにもいろんな怪我はしたが、さすがに失せ物を取り戻したのは初めての体験だった」
それは俺も驚く。
腕がまた生えたのか……とんでもない「素養」だな。
なんて言っていいのかわからないが……いや、まあ、何も言わなくていいか。
――そろそろ始まりそうだし。
サキュリリンとリッセは、かなり実力が拮抗していると聞いている。
そんな中、リッセが選んだ四足紅竜「黒鱗」は、サキュリリンを八割くらい殺したことがあるそうだ。本当に。
アヴァントトもサキュリリンも、よりによって一番厄介な四足紅竜を選んだな、という苦々しい顔をしている。
かなり心配しているようだ。
いや、二人だけじゃない。
儀式を見守る戦士たちも、いつかサキュリリンが陥った惨状を再び繰り返すのではないか、と不安げだったり心配そうだったりしている。悔し泣きさせた子供たちさえはらはらしているようだ。
まあ、心配なんて無用だが。
ギャン!!!!???
リッセが振るった木剣が四足紅竜の前足を捉える、と――黒鱗は悲鳴を上げてその場に伏せて転がった。
参った勘弁してくれ、と。
黒い鱗の腹を見せて。
「「……えっ」」
アヴァントト、サキュリリンを含めた戦士たちの多くが、今の呆気ない結果を見て、あんぐりと口を開けていた。
「――よしよし」
降参した四足紅竜「黒鱗」に歩み寄り、撫でるリッセ。
想像できた結末である。
リッセは、魔物特攻の「闇狩りの素養」持ちだからね。
「――風になろう。一緒に」
こうして、リッセはレース出場を決めたのだった。




