408.メガネ君、レース出場を悩む
一難去ってまた一難。
子供の四足紅竜に乗れるようになった直後に、再び壁に当たった。
今度は、大人の四足紅竜に乗れない。
「――なんだその目はぁ! またぶっちぎってやんよぉ!」
乗れないことをちょいちょいバカにしてきていた子供に積もり積もった恨みを返した結果、リッセと竜人族の子供たちに因縁と確執が生まれたようだが――それはそれとして。
「――はいはいこっちこっち」
子供を睨んでないで来い。
憎たらしいのは同感だけど来い。
俺もバカにされてたけど、充分仕返しはできたからもういいだろ。それどころじゃないから。
なんだか知らないけど、ちょっとリッセが普段より興奮状態にあるようだが、そんな彼女を捕まえてサジータの下に向かう。
次の問題に関する招集である。
「なかなか上手くいかないね……って、リッセは子供たちじゃなくて僕らを見てくれないかな?」
サジータが呆れるほどに、リッセがなんか興奮している。
こんな状態のリッセは、俺も初めて見る。
多少怒りっぽい面はあっても、割と理性や自制心は強い方だと思っていたけど。
「だってあいつら見てくっからぁ。すごい見てくっからぁ。今も見てっからぁ」
しかも柄と口調と目付きまで悪くなっている。なんだこれは。なんの現象だ。……え? 酒? 酒飲んでるの?
「……ああ、たまに見るなぁこういう人」
と、サジータは呆れた顔のまま呟く。
「彼女、スピード狂なんじゃない?」
スピード狂?
「簡単に言うと、速さに魅せられた人だよ。リッセは四足紅竜で目覚めたんだね。あれ、子供なのに馬より揺れない上に、馬より速いもんね」
速さ……あっ。
「そういえば、故郷の村の人がこんな感じになったことがあります」
俺が乗馬を学んだ時、教えてくれたのは師匠の奥さんだった。
割とすぐに乗れるようになったし、村の馬は多くないので、あまり練習する時間は取れなかったが……思い返せばあの人と、師匠の奥さんと今のリッセは似ている。
師匠の奥さん、普段は穏やかなのに、馬に乗ったら目付きが変わっていた。
なんかやたら馬の速度を上げたがったり、かなり柄と口調が悪くなったりしていた。「もっと速く走れオラァ!」などと馬を叱咤していた。
師匠が「もし馬での勝負を仕掛けられたら負けとけ」と言っていた理由は、色々よくわからない俺でもすぐにわかった。
勝ったら非常に面倒臭いことになるんだろうな、と。
そうか。
あれはスピード狂というのか。
「まあ、ちょうどいいと言えばちょうどいいのかな」
うん、まあ、そうかもしれないですね。
とりあえず、乗っていた四足紅竜から離して少し落ち着いてきたリッセの視線をこちらに向けさせ、俺たちは会議を始める。
「一つ目のハードルは越えられたけど、またすぐにハードルにぶつかったね」
「あ、見てましたよ。大人の四足紅竜には乗れない感じでしたよね」
リッセが子供相手にムキになっている間に、俺とサジータとリオダインで試したのだが――それは見ていたようだ。
「で、リオはやっぱり乗れる、と」
その通りだ。
俺とサジータは四足紅竜に威嚇されて騎乗拒否されたが、リオダインだけはまたしてもすんなり乗れた。
すんなり乗れて、今は若い戦士たちに混じって乗り回している。
「で、ここらでちょっと方向性を定めないといけなくてね」
「方向性、ですか?」
ここで疑問符が浮かぶ辺り、どうやらリッセはそもそもの話を失念しているようだ。
「――僕らはレースはどうする、って話だよ」
そう、それは方向性と言うべき問題だ。
元々俺たちがレース参加を申し込んだのは、四足紅竜に乗る方法を調べるためだった。
竜人族の戦士たちは「ゴーグル」関係という発端でやることを決めたが、俺たちは違う。
最初からレースそのものに目的はないのだ。
そして、問題の「四足紅竜に乗る方法を調べる」という問題は、ついさっきクリアした。
まだ子供にしか乗れないが、一番の難関だった「乗る方法」が判明した今、大人の四足紅竜に乗るのも時間の問題だろう。
つまり、これ以上俺たちが騎乗訓練をする理由がないのだ。
ましてやレース出場なんて、参加する意味もない。
更に言うと、戦士たちはレースに参加するだけの理由がある。
そしてそれは竜人族たちの問題であり、俺たちが拘わるべき問題ではない――基本的には。
四足紅竜に乗る方法を探すためにここまでは甘えさせてもらったが、これ以上はどうするかって話である。
部外者極まりない外から来た客人でしかない俺たちが、このまま里の問題に関わっていいのかって話である。
――サジータがそんな話をすると、リッセが今まで見たことないほど険しい目付きで……まるで急すぎる曲がり角を最速で駆け抜けようと決めた時みたいな覚悟した顔で言い放った。
「私は出たいですけど」
うん。
今のリッセなら出たいって言いそうだな、とは思っていた。
「サジータさんだって、選手として出てもらうって言いましたよね?」
言ってたね。数日前の夜に。
「あれは嘘だよ」
「うそ!?」
「乗れませんでした諦めます、なんて簡単に言ってもらっちゃ困るからね。少しだけ退路を断つつもりで言った。でも嘘だよ」
嘘だったのか……
まあ、割と簡単にベルジュを解放した辺りで、レースに意欲的だとは思っていなかったけど。
「私は出たいですよ! 出たいです! 戦士だかなんだか知らないけど全員ぶっちぎってやりたいですけど!」
声が大きい。
ほら見ろ、戦士たちがこっち見てるだろ。聞き捨てならないみたいな顔して見てるだろ。
「――あ? 何見てんだあいつら? ちょっと挨拶行ってくる」
「迷惑だからやめなって」
そりゃ見るだろ。
明らかにケンカ売ってるんだから。
なぜだかものすごく喧嘩腰な面倒臭いリッセを捕まえ、ついでに戦士たちの視線を遮るように立ち位置を変え、話を続ける。
「まあ、そこまで言うなら出たらいいよ。出ても出なくても構わないし。でも僕はパスかな」
サジータは、今はこれ以上を求める気はないようだ。
これまでも長期に渡って里に潜り込み調査をしてきたそうだから、今更焦るつもりは微塵もないのだろう。
なんというか、プロの余裕と落ち着きを感じる。
俺は、今できるならできるところまで、って思うんだけど……
これでもまだ、調査という点においては、急ぎすぎなのかもしれない。
これがサジータの潜入調査のやり方か。
腰の据え方が、俺たち候補生とは全然違う気がする。
「俺も出る気はあんまりないですね」
ひとまずの調査は完了した。
これ以上は、今は必要ないと俺も思う。
それに、四足紅竜のことはもういいとして、暴風竜の調査が丸々残っている。
……今は、こっちはちょっと調べようがない気もするが、でも無視もできないだろう。
「えっ、エイルも出ないの? 一緒に出ようよ」
「俺の分もリッセががんばってよ」
「そりゃ一緒に出たって私がエイルもぶっちぎるけどさ。でも、こんな機会もうないかもよ?」
……それを言われると、ちょっと弱いなぁ。ぶっちぎるのは勝手にやればいいけどさ。
暗殺者育成学校に属する一年間は、できるだけがんばろうと決めている。
村にいるだけじゃ得られなかった経験も体験もたくさん積んだし、それらはほとんどやってよかったと思うものばかりだ。
今度のレースも、出たら出たで、得るものがありそうな気はするが……
…………
でも、優先するべきはワイズの命令だ。そのために俺は今ここにいる。支障が出るなら出るべきではないだろう。
「――おい! おまえらガキの四足紅竜に乗れるようになったんだってな!」
思い悩む俺の思考を吹き飛ばすような荒々しい声とともに、彼は貫禄充分にのしのしと歩いてきた。
戦士長ジジュラである。
こうして外を歩く姿を見ると、まるで山賊の親玉のような荒くれ者である。……まあ荒くれは間違ってない気はするが。
若者の戦士たちとは離れた場所で訓練していたはずだが……
「でも一端の四足紅竜には乗れねえだろ! おまえらは俺たちにも四足紅竜にも認められてねえからなぁ!」
…………
あ、そうか。
そう言えば言っていたな、ドラゴンが乗り手を選ぶって。
四足紅竜に乗る条件は、判明した。
次は、四足紅竜に認められないといけないわけだ。
子供の四足紅竜は子供でも乗せるくらいには優しいが、大人の四足紅竜はそうじゃない。
セリエとリオダインが、アヴァントトから聞いたと言っていた。
自分に見合わないと思った戦士は乗せない、そうなったら戦士は引退する、とかなんとか。
認められる――要するに、力を示さないといけないのだろう。




