404.メガネ君、古参の様子を見に行く
「うーん……エイルならなんとかなるかもって思ってたんだけど」
買いかぶっているリッセの期待には応えられなかった。
何度チャレンジしても、俺もどうしても四足紅竜に乗ることはできなかったからだ。
「俺なんてこんなもんだよ」
一応馬には乗れるけど、得意でもないし。今や自分の足で走った方が早い気がするくらいだし。
多少人よりは小器用かもしれないけど、本当にこんなもんだ。
「僕もエイルならって思ってたんだけどな」
リッセだけではなく、サジータも買いかぶっていたようだ。期待に応えられずすみませんね。
「……なんかごめん」
すっかり汚れ切った俺たちに、一人だけ綺麗なリオダイン。
肩身が狭そうな顔が気の毒である。
ベルジュは、夕食の準備をするからとさっさと切り上げてしまった。
彼の立派な体格では、子供の四足紅竜に対すると向こうの負担が大きそうだったので、不可抗力の退散である。
子供では、体格的に乗るのが難しい。
しかし大人の四足紅竜で乗る練習は、さすがに危ないと思う。
振り落とされる際の速度もそうだが、高さも怖い。馬より大きい成体から落とされたら、擦り傷くらいじゃ済まないだろうから。
なので、ベルジュはもう乗る機会はないだろう。
「何が違うんだろう」
どれだけやっても全部振り落とされて、すっかり俺も泥だらけである。
見れば、すっかり乗ることに慣れた子供たちは、四足紅竜がどれだけスピードを上げても楽しそうに笑って走り回っている。
あの子供たちと、俺たち。
何の違いがあるんだろう。
「稀に外の人間が乗れることもあるとは聞いている。リオダインがそうだったようだな。しかし私からすれば、乗れないのが当たり前だ」
教えてくれているサキュリリンにとっては、乗れないことで頭を捻っている俺たちは不自然に見えるようだ。
乗れなくて当たり前、か。
こっちは見ての通り、乗りたくて必死なんだけどな。
「何度も聞いてるけど、サキュはどういう風に乗ってるの?」
「何度も言っているが、本当に普通にただ乗っているだけだ。特別なことはしてない」
俺もここですでに何度か聞いているリッセの質問に、今度も律儀にサキュリリンは同じ答えを返す。
こちらで唯一なぜか乗れているリオダインにも聞いてみるが、同じような答えを口にしていた。
特別なことは何もしていない、と。
となると、だ。
「無意識に何かやってるのかな」
サジータがポツリと漏らした一言は、俺が思ったことと同じだった。
そう。
本人は何もしてないが、実は無意識に、咄嗟に、自然に何かをしている、というパターンだ。
だって、なんか、なんというか……結構不自然な点もあるんだよな。
――まあ、この話はサキュリリンには伏せた方がいいかもしれないので、敢えて今は言わないが。
「俺、ちょっとジジュラさんたちの様子を見に行ってくるね」
ちょっと停滞気味だし、このまま無策で続けても成果は得られそうにないので、今日のところは俺の練習は終わりにする。
いくつか案を考えて、明日また試してみよう。
こっちはもう切り上げて、古参たちが集まっている場所へ顔を出してみよう。
「ゴーグル」の様子を見たい。きっと調整してほしい人もいるだろう。
――レースの話が出てからちょっと慌ただしくなったが、一応戦士全員に……いや、ジジュラを抜かして全員に渡すことはできたのだ。
レースに使うかどうかはさておき、これで最低限俺の仕事は終わったことになる。
あとは予備分の補填と調整の完了で、お役御免だ。
冷静に考えると、この里に居られる期間も、少し終わりが見えてきているようだ。
――お、すごい。
念のためとサキュリリンが案内がてら同行してくれて、俺たちは古参やベテランが四足紅竜を乗り回している、森に入った広場へとやってきた。
そこでは、成体の四足紅竜に乗った戦士たちが、長い槍を駆使して一対一の騎馬戦を行っていた。――もちろん訓練だ。槍の刃はついてない。
大きな四足紅竜同士がぶつかったり牽制したりと戦うその上で、戦士同士も戦っている。
すごいな……
四足紅竜がぶつかり合っているのもすごい迫力だが、その上にいる戦士たちもすごい。
バランス感覚といい、四足紅竜の動きと己の動きががっちり噛み合っていることといい、まさに人馬一体という感じだ。まあ馬じゃないけど。
これは確かに、里の制圧は難しいだろうなぁ。
戦士単体でも強いのに、四足紅竜に乗ると比べ物にならないほどもっともっと強くなる。
彼らを相手にしないといけない時点で、里を襲う、制圧する、隷属させる、なんて無理だと思う。生半可な戦力ではびくともしないだろう。
本当にドラゴンが欲しいなら、竜人族を敵に回すのは絶対に悪手だ。
表向きは友好的に近づいた方が、まだ可能性はあると思う。
「どうした小僧」
俺に気づいたジジュラが歩み寄ってきた。理由は違うだろうが、彼も俺たちと同じように泥だらけの汗まみれである。しっかり訓練を積んでいたのだろう。
「『ゴーグル』の調整を請け負いに来ました」
何人かは持っていないが、何人かは装着していたり首から下げていたりと、こちらでは使う派と使わない派で別れてしまっているようだ。若い人たちは全員使ってるからね。
「お、そうか。悪いな。……っておまえ本当に出るつもりか? その汚れ、四足紅竜に乗ろうとして失敗したんだろ?」
調査隊のレース出場は、すでに長老から広く通達されている。ジジュラどころか戦士じゃない里の人間でも知っていることだ。
「ぜひ出たいんですけどね。でもまだ乗れないんですよ」
ドラゴンについて聞くために、素直にこちらの現状を話しておく。
「なんかコツとかありませんかね?」
「コツか。……そういうのを意識して乗ったことがねえからなぁ。なあサキュ?」
「そうだな。子供の頃から普通に乗れていたしな」
そうか……
もう戦士に聞いても無駄かもな。
彼らにとっては乗れるのが当たり前なんだから。
「おっと。レースが終わるまでは『外嫌いの戦士長』でいないとな――おい! 小僧が『オモチャ』見てやるってよ!」
広場の戦士たちに言い放ちながら、ジジュラは行ってしまった。
レース関係で一度腹を割っているだけに、今ジジュラは普通に接してくれたが――まだ外部には「外嫌い」という態度で接するようだ。
立場上、それが必要なのだろう。




