403.メガネ君、四足紅竜に乗る
ようやくここまでこぎつけることができた。
ドラゴンの調査、里の調査、森の調査と、調べたいことはたくさんあったが、そのほとんどをネロ任せにしていた。
本人ならぬ本猫的には、「基本ただ歩き回るだけだから特別なことをしているつもりはない」と言っていたし、実際大して負担にもなっていないようだから、あまり気にしなかったが。
問題は、ネロでは調べられない部分が丸々残っていたことだ。
特にドラゴン関係は、「視る」だけではなかなか知りたいことまではわからないから。
しかし、ドラゴン騎乗レース開催に伴う俺たちの参加で、なんとかドラゴン回りのことを調べたり、質問したりできる状況ができた。
これで不自然に思われることなく、堂々とドラゴンのことを探ることができるはずだ。
そして、「誰でもドラゴンに乗れるんじゃないか」という推測も、確かめることができる。
――さあ、調査開始だ。
と思った矢先の出来事だった。
「――おい。調整頼む」
「――こっちもだ。ちょっとベルトがきつい」
「――目元だけ日焼けしてこんな台無しな顔になったんだが、責任を取って婿になってはくれまいか?」
「――ずるい。私は二番目の嫁でいいが、そういう弱みに付け込むような理屈はどうかと思う」
「――なあ、色変えてほしいんだけど! あいつより派手に!」
「――こっちも変えてくれ! あいつよりもっと派手に!」
ドラゴン騎乗レースが本決定し、「ゴーグル」の情報が解禁となった今、彼らが人前だなんだで遠慮する理由がなくなった。
騎乗の練習をする畑の横や、少し森に入ったところにある広場では、戦士たちが成体の四足紅竜に乗ってレースに向けての訓練に励んでいて。
そこに、朝からのこのこ顔を出した俺たち調査団……というか俺だけは、すぐに戦士たちに囲まれてしまった。
「ゴーグル」を配られた戦士同士で意見の交換などもあり、色々と改善点や疑問点、気になる点が見つかっているようだ。
「先に行ってて」
一緒に来たサジータ、リッセ、ベルジュ、リオダインに、乗り方を教えてくれる約束をしているサキュリリンの元へ先に行くよう言っておく。
ちなみにカロフェロンとセリエはパスした。
カロフェロンは森の毒の調査と検査が残っているから、と言っていた。セリエは乗れる乗れない以前に乗り物酔いが怖いそうだ。
俺は戦士たちの「ゴーグル」の調整をしてからじゃないと、動けそうにない。
乗る気満々で来たんだけどな。
でも、要望があるからだけではなく、調整はしたい。
改善点などの話は、俺自身も気になる。
表立って言うことはないが、より完成に近づいていると思えば、決して苦ではないのだ。
「最高のゴーグル型メガネ」を模索するなら、これ以上の環境と好条件はないだろう。いっそ文句など出ないくらい完璧に仕上げてみたい。
それと。
「――悪いが開けてくれ」
囲んでいた戦士たちが、その声に反応して道を開ける。
そこにいたのは、アヴァントトだ。――父親にして戦士長であるジジュラにちょっと教育されたせいで少々怪我をしたものの、もうすっかりよくなっているようだ。
「俺の分を貰えるか?」
「もちろん」
アヴァントトの「ゴーグル」は、ジジュラが貰ってから……と言っていたが、こうなってしまったらもう遠慮する理由はないだろう。
そう来るだろうと思って用意してきた。
たとえ彼が言わなくても、俺から渡すつもりだった。
「ありがとう。立場上我慢していたが、実はずっとこれが欲しかったんだ」
と、「ゴーグル」を受け取った彼は珍しく笑うのだった。
朝も早くから来たはずなのに、午前中いっぱいは戦士たちの相手をして過ごした。
女戦士たちが「後ろに乗せてやる」だの「ユーララの木まで遠乗りしよう」だのとこぞって誘ってくれたが。
しかし、一人を受け入れたら全員を受け入れるはめになりそうなのでやんわりと、しかし頑なに固辞し、ひとまず戦士の相手は終わった。
見た感じ、畑の近くは若い戦士たちだけが集まっているようだ。
漏れ聞こえた話に寄ると、古参の戦士たちは少し離れた広場にいるらしい。あとで顔を出した方がいいかもしれない。
その前に、調査隊の様子を見ないとな。
「――よし、乗れ」
「――あ、お疲れ様でーす。失礼しまーす」
目の前に四足紅竜で乗り付けてきた女戦士に挨拶し、少し離れたところで里の子供も混じってわいわいやっている集団の元へ向かう。
…………
うーん。なかなか苦戦しているみたいだな。
「あ、エイル」
泥まみれのリッセが振り返る。
「さすがに転びすぎて吐きそうだ……」
土埃まみれのベルジュが、激しく身体が揺らされ続けたせいで気分が悪くなってしまったようだ。
「もう少しでなんとかなる……か?」
なんでもそつなくこなしそうなイメージが強いサジータも、もう汗やら土やらでどろどろである。
「……」
唯一綺麗なままのリオダインが、申し訳なさそうな顔で佇んでいた。
「やっぱり君は乗れるの?」
「うん。なんでだろうね」
俺が聞けばそう応える彼は、逆の意味で立場がないようだ。
――サキュリリン指導の下、子供の四足紅竜には里の子供たちが乗っている。
さっきまで成体の四足紅竜を間近に見たり、後ろに乗れと誘われたり、やたら乗れと誘われたりしたので、サイズ的な違和感がちょっとあるが。
しかし、子供のドラゴンでもやはりドラゴン。
遠目には赤毛の大型犬だが、直線を走り抜けるスピードはかなり速い。子供の段階で馬より速いのではなかろうか。
こうなると、成体のスピードはどれほどのものか――
それを考えると、たとえ毒がなくても「ゴーグル」は必需品かもしれない。小さな虫が目に入るだけでも大変なことになりそうだ。
「――来たかエイル」
子供たちを見ていたサキュリリンが、俺に気づいて寄ってくる。彼女ももう怪我はいいようだ。
「早速乗るか?」
「お願い」
レースには興味ないが、ドラゴンには触れておきたい。
調査のためでもあるが、それよりほんの少しだけ、好奇心の方が強いかもしれない。
ドラゴンに乗る機会なんて、本当に早々あるものじゃないから。
サキュリリンが口笛を吹くと、子供を乗せた四足紅竜が軽やかな足取りで戻ってきた。
「よしよし。今度はこいつを乗せてやってくれ」
子供の四足紅竜の首を撫でて労い、今度は子供の代わりに俺が乗る。
体格的には、俺が一番リオダインに近い。
だから、もし重量や空気抵抗的な問題で四足紅竜が乗せる・乗せないを決めているなら、俺は大丈夫だと思うが。
小さめの馬くらいである。
大人しい四足紅竜に着けてある鞍のようなものにまたがると、自然と四足紅竜の首の上に手が乗る。
ひんやりとして硬い、赤い鱗。
遠目にはちょっと変わった犬くらいな感じなんだが、やっぱりドラゴンなんだよな。
「乗ったか?」
「うん」
「鞍の前の部分を持て。そう、そうだ。では――行け!」
パンと、軽くサキュリリンが四足紅竜の尻を叩くと、四足紅竜は勢いよく走り出した。
そして俺は勢いよく地面を転がった。