402.竜人族の里で 11
「ドラゴン騎乗レースが開催されることになった。あ、ちなみに陸上だけだよ」
話を聞いたジジュラが賛同し、長老がそれを認めた。
その後、里の主要人物を集めて話し合いもしたそうだが、すんなり決定したそうだ。
正式にレースをやることが里の人間たちに通達があった夜のこと。具体的に言うと、レースの話が出た翌日の夜である。
サジータの呼びかけで、台所付きの食事をするテーブルには、調査隊メンバー全員が集められていた。
全員が一度に集まるのは、久しぶりのことである。
里に入る前から言われていた「それぞれの生活を送っている」ので、どうしても生活リズムに狂いが生じ、なかなか会えないことも珍しくないのだ。
そんな面々に集合を掛け、サジータはレースの話題を切り出した。
「聞いてますよ」
リッセが相槌のように言うと、全員がその通りだとばかりに頷く。
そう、すでに全員が、そこかしこでレースの噂が立っていたのを聞いて知っていたので、驚く者はいない。
というか、知らない方がおかしい。
やたらボロボロになって足を引きずって歩いていたアヴァントトやサキュリリンを始め、戦士たちが一様にはしゃいでいたのが、目につかないわけがない。
何事かと聞くまでもなく「冬場の狩りは禁止されているから本当に暇だ。そうじゃなくてもレースは面白そうだ」と。
レースがあることと、それに対する意気込みを聞かされた。聞いてもいないのに聞かされた。
特に若い戦士たちは、腕っぷしでは敵わない古参やベテランの戦士たちに、ドラゴン乗りの技でなら負けないと鼻息荒くやる気に満ち満ちていた。
そんな有様だったので、サジータの情報は遅い。遅すぎるくらいだ。
わざわざ呼び出して全員に伝えるようなことではないだろう、と。
――この時までは、エイルを除く全員がそう思っていた。
――この時までは。
「そうか。じゃあ話は早い」
そしてサジータは、本題に入るのだった。
「ドラゴン騎乗レース、僕らも出るからね。だからこれからのことを話しておく」
「「……え?」」
それは確かに、全員を呼び出して通達するべき、非常に大事なことだった。
全員が疑問符を浮かべ、戸惑い、それが可能かどうかを考える。
――いきなり否定的なことは言わないし真偽を問わない辺り、素人に毛が生えた程度ではあるが、それでも卒業間近の暗殺者候補生らしいプロ意識の表れだった。
そう。
上役が「これをやる」と言えば、現場の者は従う以外ないのだ――それが暗殺者組織のやり方だから。
仮に、もし否定するなら、否定するに足る判断材料を揃えてから、不可能であることを証明する以外ない。
「やること」は決定していても、「やり方」は違う。
それに関しては幾通りもあるし、より確実な方法を考え進言する権利はある。
ゆえに、理詰めで不可能を証明できれば、「やること」さえ揺らぐか、ほかのアプローチに切り替わる可能性もあるが――
「……」
何人かの候補生が、この話に終始無反応のエイルをチラリと見た。
――こいつが絡んでいたらすでに「やり方」もガチガチに固めてそうだな、と。
そう思った時点で、レース出場は本当にもう決定しているのだろうと、半分くらいは諦めたのだった。
「まず、リオダイン。君はドラゴンに乗ったんだよね? 感想を聞かせてくれるかな?」
サジータの、決定事項を詰める話が始まった。
「確かに乗りましたけど、でも子供の四足紅竜ですよ」
いきなり話を振られたリオダインは、戸惑いながらもしっかりと答える。
――リオダインは、対応が渋かった戦士たちの態度が急に軟化し、里の子供たちの騎乗訓練に誘われた時、セリエとともに向かったのだった。
その時に、リオダインも四足紅竜に乗せてもらった。
我ながら結構上手く乗れたと思っている。四足紅竜に懐かれたし。
「知ってるよ。その上で乗った感想が知りたいんだ」
「えっと……小さな馬とほぼ一緒でしたよ。印象に残ったことは、あまり上下に揺れなかったことくらいかな。滑るように走るというか……」
「そこを踏まえて、もし大人のドラゴンに乗ったらどうなると思う?」
「そう、ですね……子供の四足紅竜でさえかなりの速度が出ましたから、大人となると……慣れてないと確実に振り落とされると思います。風圧とかすごそうですし」
「――そうだね。最初にして最難関が、風圧だよね」
風圧。
速度が上がれば上がるほど、身体に当たる風は強くなる。ドラゴンは前に行くが、騎手はその場に置いて行かれそうになる。
里の戦士たちはその状態で槍を振るったり、ドラゴンに指示を出して思い通りに走らせるのだ。
正直、一朝一夕でそれができるとは思えない。
だから工夫する。
「セリエ。君の魔法陣で、防風効果を付加できないかな?」
「できます。でも持続時間に制限がありますし、実際にドラゴンに乗った時に有効かどうかは判断できません」
「――できるのであればいい。それだけで可能性は充分だ」
セリエの魔法陣は、小さな石などにも付加できる。
人に当たる風圧だけを軽減し、決して走るドラゴンの邪魔にはならないよう工夫もできるだろう。
「というわけで、みんなドラゴンに乗ってみてほしい。上手く騎乗できた者は選手として出てもらうからね」
「……というか、乗れるんですかね?」
ベルジュの疑問はもっともだった。
竜人族しか乗れないドラゴン、という話だったはずだ。
正確には、竜人族だけが操ることのできるドラゴン、と。
最終的にはそのドラゴンを手に入れるために、自分たち調査隊がここまで来たのではないか。
――数日前まではサジータもそう思っていた。
――エイルから違う可能性を示されるまでは。
「乗れるかどうかはわからない。だからこそ試してほしいんだ。――なんでもドラゴンの方が乗り手を選ぶとかいう話も聞いたことがあるし、本当にやってみないとわからない」
だがしかし。
「でも、現にリオダインは乗れたよね? だったら可能性はあると思うんだ」
「子供のドラゴンですよ?」
「それでもドラゴンだろ?」
とりあえずやってみろ。
そんなゆるい指示が下り、全員でドラゴンに騎乗できるかどうか試すことになる。
――レースの話を出したエイルの策である。
実は誰でもドラゴンに乗れるんじゃないか。
竜人族しか乗れない、竜人族だけが知っているドラゴンを操る方法があるんじゃないかと目されていたが、それは根本から誤りなんじゃないか。
その真偽を確かめるための参加表明だった。
「ゴーグル」の貸しもあるので、参加したいと言えば参加拒否はしないだろう。
参加さえ決まれば、堂々と戦士たちに乗り方の指導を頼むことができる。
仮に参加が認められなくても、こっそりアヴァントトやサキュリリンに相談して、乗り方を教えてもらえばいい。
レース開催が決定した今、戦士たちはこぞってドラゴンに乗り、レースに向けた訓練を始めるはず。それに便乗してなんだかんだ教えてもらえばいい。
「ゴーグル」の調整ができるエイルなら、ドラゴン騎乗の練習場所にいても邪魔者扱いはされないはずだ。
ドラゴンに乗る竜人族の傍にいられる。
もし特殊な乗り方や方法があるなら、じっくり観察することもできるだろう。
調査するなら願ってもない環境が、ようやく成り立とうとしていた。
――などと説明して、意識してぎこちなくなってもらっても困るので、まだ全員に説明はできないが。
誰でも乗れるんじゃないか、というエイルの仮説は証明されるのか。
この中に、ドラゴンに騎乗できる者は現れるのか。
ワイズの命令を果たせるかどうか。
これ以上ないほどの調査の機会がやってこようとしていた。