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401.竜人族の里で 10





「――よう。一応戻ってきたぞ」


 若い男女の悲鳴が上がらなくなった頃、戦士長ジジュラがドアのはずれた入り口からのっそり戻ってきた。


「後進の教育もあるし、長老の呼び出しにも応じないといけない。忙しそうだね」


 しれっとそんなことを言うサジータを一瞥し、ジジュラは鼻を鳴らしてさっきと同じ場所に座る。


「ジジイの前で言うのもなんだが、上を立てねえと下が言うことを聞かなくなるからな――婆さん、俺にも茶ぁくれ」


 ジジュラ自身の意志は、さっき話した通りだ。

 「俺はいらない」と意思表示している。


 だが、長老から――里の上役から来た話なので、一方的な拒否では終われないのである。

 そんなことをしたら、同じように言うことを聞かない者が出てくる。それが続出すると、小さな集落なんてすぐに立ち行かなくなる。


 簡単に言えば、上の言うことを聞くのも戦士長の務め、ということだ。


「戻っては来たけどよ、俺の中ではもう話は終わってるんだよな。いらねえもんはいらねえよ」


 まあ、それとこれとは話が別だが。

 長老の顔を立てるために交渉の席には戻ったが、ジジュラの答えは変わらない。


「でも戦士長が使わないと、ほかの戦士たちが使いづらいだろ?」


「……チッ。確かにな」


 さっきサキュリリンが言っていたことを繰り返したサジータに、ジジュラは舌打ちしながら同意した。


 少し意外な反応である。

 脊髄反射で否定しない辺り、ただの頑固者というわけでもないのかもしれない。


「ジジュラよ」


 改まった口調で、長老が口を開いた。


「これはおまえ一人の問題ではない、ということはわかっておるな?」


「ああ。俺の返事一つで、目が悪くなる戦士が減る。わかってるよ。実に忌々しいが、受け入れるしかねえだろうってこともな」


「付け加えると、おまえにこの話をする前に、ほかの戦士に『ゴーグル』を渡した理由は、外堀を埋めるためじゃ。おまえが反対できないようにするためにな」


「だろうな。

 ――気付いてるか? 今、この家を戦士たちが囲んでるんだぜ? 俺の返事が不服なら全員で詰め寄ってくるだろうよ。

 狙い通りだろ? ジジイ」


「うむ。狙い通りじゃ」


 ここまでは、ある意味シナリオ通りというわけだ。


 裏を知らないアヴァントトとサキュリリンがいると、さすがにできないちょっと裏事情に突っ込んだ話である。


 正直、客の前でする話でもないのだが――長老がしてしまったので、ジジュラもそのまま付き合うことにした。


 ここまではシナリオ通りなのだ。

 そして、ここからがちょっと悩ましいのである。


「おい小僧」


 と、ジジュラの目が再びエイルに向けられる。


「おまえ、俺の意志を折れるか?」


 ――つまりこの話、ジジュラの「外の文化が嫌い」という顔を立てつつも、不承不承ながら「ゴーグル」を受け取らせるような何か。


 落としどころが必要なのだ。


 狭い集落では、立ち位置というのが非常に大事なのである。


 長老は、竜人族全員をまとめる役割を持つ。

 だから、もし長老の言うことを聞かない者がたくさん出てくると、集落の秩序が軽視されていき、最終的に里は瓦解するだろう。


 それと同じで、戦士長にも役割がある。

 それは、外敵から里を守る盾にして矛である戦士たちの先頭に立つこと、だ。


 戦士長は、戦士たちの顔である。

 里の中のことならまだしも、里の外から来た者には絶対に負けられない。それは戦士たちの顔に泥を塗る行為に等しいからだ。


 今回の場合は、戦士長の立ち位置からすると、「ゴーグルを受け取る」というのが負け、という形になる。


 普段から「外の人は嫌い外の文化は嫌い」と公言しているジジュラが、簡単に外の文化を受け取るのは、ジジュラの役割に反するのだ。

 

 だが、受け取らないわけにはいかない。

 戦士長の判断は、多かれ少なかれ戦士たちに影響を与える――一人でも目が悪くなる者を減らすために、受け取らないという選択はできないのだ。


 要は、建前と本音があり、なんとかどちらも最低限立てたいと。

 ジジュラの役割上、それを欲しているのだ。


 だから、なんとか落としどころが必要となる。


 ――はっきり言って面倒臭いとしか言いようがないし、理屈が理解できない者もいるだろう。


 だが、小さな集落の秩序を保つためには、一見無意味な見栄を張ることも必要なのである。





「要するに、落としどころが必要なんですよね?」


 思ったよりジジュラが理性的かつ柔軟に考えられるタイプだったので、エイルは人柄の分析を修正しつつ、用意しておいた言葉を告げる。


 落としどころが必要になるだろう。

 ジジュラを見た時から、なんとなく考え至っていた。


 ただ、その落としどころを自分がどうこうするのか、というのは別問題だと思っている。


「確認しますが、長老の命令ではダメなんですか?」


 長老が一言「ゴーグル受け取れ」と命じれば済むのではないか、と。まあ済まないから、これからややこしくも面倒臭いことになりそうなのだが。

 というか、すでになっているのだが。


「ダメなんじゃよ。生意気な戦士長は、主義は曲げてくれんからの」


「あたりめぇだ。行動の指示は聞くが、思想まで指図されてたまるか」


 それはまあ、ジジュラの言うことが正しいだろう。ジジュラがほんの少し自分を曲げてくれれば済む話でもあるが。


「じゃあ、何かしら実力や実績を認めさせるのが手っ取り早いですね」


 戦士なんて、強いか弱いかくらいでしか人を計らないような、脳味噌まで筋肉になっている連中である。

 ならば、それが一番早いしわかりやすいだろう。


「ほう? おまえ俺に勝てるか?」


「まともな立ち合いなら無理ですね。仮に勝てたとしても、戦士長を倒すのは里全体に恥を掻かせることになりかねない。それは望みません」


 ――さっきのアヴァントトとサキュリリンへの対処を見るに、恐ろしすぎて戦おうなんて気にもなれない。


 エイルは真正面から戦うタイプではない。

 絶対に立ち合う気はない。絶対にだ。


 それはさておき、そもそもだ。


「この話は、里の戦士たちだけで片づけるべきだと思うんです。変に外の人間が拘わっても、話がこじれるだけでしょう」


「……まあ、道理だな」


 エイルは別に、無理にジジュラに「ゴーグル」を受け取ってほしいとは思っていない。

 だから「いらない」と言われれば「はいそうですか」で済むのだ。


 彼に受け取ってほしいのは誰なのか。

 それは里の人間で、特に竜人族の戦士たちだろう。


「じゃあどうする」


「簡単な方法があるじゃないですか」


 この結論は、エイルが真っ先に考えたことだ。





「レースが一番わかりやすいでしょう。

 若者の戦士対古参の戦士で、『ゴーグル』ありとなしで。ドラゴンに乗って速さを競い合うんです」


 「ゴーグル」の有用性を証明し、どれほど戦士たちに必要なものかを、わかりやすく比べてみればいい。

 これほど、誰の目から見ても単純明快なものもないだろう。


「――ハッ! 面白いじゃねえか、小僧! それがいい!」


 しばし考え込んでいたジジュラが、豪快に笑いながら立ち上がった。


「それなら勝っても負けても俺は受け取れるぜ! どう転んでも周りが俺に受け取るよう勧めてくるだろうからな! ……まあ、負けて受け取るのが理想的だがな!」


「やるのか、ジジュラ」


「おう! ついでに言えば冬の間はやることがなくて戦士は退屈してるんだ! やるぞジジイ! 話を進めてくれ!」





 寒さに弱い竜人族は、動きが鈍る冬場は慎ましく過ごしてきた。

 だが、たとえ寒さに凍えようと、元気だけは有り余っている者たちがいる。


 里での仕事は狩りで、外敵から里を守るためにいる戦士たちは、冬はほとんどやることがない。

 料理もしないし、洗濯もしないし、畑仕事もしない。


 ただ戦闘能力と身体能力を維持するために訓練だけしか、やることがないのだ。だからだいぶ肩身が狭くもある。


 ――そんな彼らに突如降って湧いたドラゴンでの競争は、半ば祭りのようなものだった。





 やや閑散としていた竜人族の里が、半日でレースの話題に盛り上がり始めた夜。


 エイルは、一つの策が成功したことを確信しつつ、久しぶりに夜に帰ってきた猫を抱いて寝るのだった。





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