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400.竜人族の里で 9





「おお、ジジュラ。来てくれたか」


 ついに戦士長ジジュラが呼ばれるとあって、今日は珍しく長老も奥方も同席していた。

 朝から二人ともいる、というのは結構珍しいのだ。


 ついでに言うと、今朝やってきたサキュリリンも、ある意味助っ人のようなものである。


 エイルとサジータは聞かされていないが――いつにない緊張感と雰囲気で、言葉がなくてもわかることはある。


 特に、ジジュラを知っているサジータは、色々と合点がいく。

 数年を掛けて里に出入りし、ジジュラとも何度か会っているが、それでも彼とだけは未だまともに会話ができていない。


 ――ジジュラは、里の外の人間や文化を嫌っている。


 戦士長という、竜人族の戦士を束ねる長だけに、客人相手に表立って敵視することも毛嫌いすることもあまりしないが。

 しかし、会えば誰でもすぐにわかるだろう。

 実際、まったくジジュラのことを知らないエイルでも、もうわかっている。


 自分たちから近づかなければ問題はない。

 ジジュラから来ることはまずないから。


 しかし、今回ばかりは……


「ささ、そこに座ってくれい」


「客人の前にか?」


 ただでさえどすの効いた声が、険のある視線を乗せてエイルとサジータに――サジータは面識があるだけマシだが、特にエイルに向けられる。


「親父。子供相手にそんな目を向けるな」


 じっとエイルを見下ろすジジュラに、もしも父親が動けば即座に対処できるよう、すぐ傍に座るアヴァントトが言う。


「子供? ……そうか、てめえにはそう見えるのか」


「…?」


「てめえはまだまだ半人前だって話だ、バカ野郎が。相手の実力も計れねえようじゃ早死にするぞ」


 と、ジジュラはどっかと腰を下ろした。


「サジータ。おまえの連れてくる連中ってのはいつも物騒だなぁ? 何考えてやがる?」


「何のことかな?」


「くれぐれも言っておくが、俺に『早めに殺しておいた方がよかった』なんて思わせるんじゃねえぞ? おまえを信じてる里の連中の面目がつぶれるからな」


「――これ! やめんかジジュラ!」


 さすがに長老がお叱りの声を上げるが、ジジュラにはどこ吹く風である。


「仕方ねえだろ。極力客の前に出ないようにしてた俺を、わざわざ客の前に呼んだんだ。期待通りこれくらいの挨拶はしとかねえとな」


「誰もそんな期待なんぞしとらんわ!」


「そうかい。……で? 何の用で呼んだんだ? この小僧の首を取れとでも言うのか?」


 はっきり明確に敵意を向けてくるジジュラに対し、エイルは落ち着いたものだった。――ここまででだいたい出方と反応と人柄がわかったので、もう動揺もない。


「だからやめい! なんでそうなる!」


「なんでって――敵に回すと危ねえからに決まってるだろ。狩りは先手必勝、獲物が油断してる時に仕留めた方が安全だし楽じゃねえか」


 戦士長ジジュラ。

 いろんな意味で恐ろしい男だった。


 まだ言葉さえ交わしていないエイルの曲者ぶりを一目で見抜く勘働きに、それを見抜いていてなお釘を刺すだけに留める自制心。


 本当に危険だと思うなら、さっさと始末するに限る――と、狩人としてのエイルは思っている。


 ――もしジジュラほど強い者が、目的を明かさぬまま故郷の村に逗留したならば、結構本気で同じことを考えると、エイルは自分で思う。


 守るために過敏になる。

 その感覚がわからないはずがない。


「おいトト。てめえなんか勘違いしてねえか?」


「何が勘違いだ」


「この小僧はてめえより強いし、俺だって油断したら殺されちまう。サジータが厄介なのは元からだが、今回の連れのガキどもは全員危険だ。


 ――で、その中でも特にこの小僧だ。ぞっとするぜ。ここまで計り切れねえ奴もいるんだな。


 正直なところ、過大評価しているのか過小評価しているのかさえ、自分でもわからねえ。わからねえから恐ろしいし、危険と見なすんだ」


 露骨な危険視と警戒心を向けられているエイルだが――それでも平常通りである。


「長老の依頼で、里の戦士に毒避けの『ゴーグル』を渡すよう頼まれています。サジータさん、お願いします」


「え? ……ああ、うん」


 この状況でいつも通りの対応をするとは思わなったサジータだが、すぐに我に返って見本の「ゴーグル」を三つ並べるのだった。





「――ああ、なるほどな。最近戦士たちがどこか浮ついてると思ったが、これ(・・)が理由か」


 ジジュラは、目の前に並ぶ「ゴーグル」を一瞥するが、それ以降見ようとも触ろうともしない。


「俺はいらねえ」


 予想できた答えが、予想通りに発せられる。


「親父。毒避けの防具だ」


「うるせえ。トト、欲しいならてめえだけ貰っとけ」


「我儘言うなよ。実際目も悪く――」


「うるせえつってんだろ。半人前が一丁前に意見してんじゃねえ」


  ドン!


 いつもクールで落ち着いているアヴァントトが、床を殴って立ち上がった。


「親父の心配をしてるんだ! もう目も悪いし、身体にもガタが来ているだろうが! いつまでも騙し騙しやっていけると思うな!」


「――あぁ?」


 剣呑な雰囲気は元からだったが、今度は違う意味でジジュラの目が据わる。


「誰が、誰を、心配してるって? 半人前が生意気なこと抜かしてんじゃねえぞ」


 エイルの次は、息子である。


 座ったままのジジュラと、すでに臨戦態勢とばかりに立ち上がったアヴァントト。


 一気に緊張感が高まり、そして――


「子供じゃないんだから、予防くらい普通にしろ」


 張り詰めた現場に一石を投じたのは、サキュリリンだった。


「これ以上目を悪くしないための防具だ。ただの便利な道具だ。なぜ拒否する。外から来た物だからか? そんなに外の世界が気に入らないか?

 でかい図体してでかい傷跡まで造っているくせに、随分と狭量な戦士長殿だな」


「――サキュ。俺は女には手を上げねえが、戦士相手なら別だぞ」


「わかってて言っているが?」


 静かな睨み合いは、息子から女戦士に。


「もう一度言う。子供じゃないんだからぐずぐず言ってないで黙って受け取れ。そもそも戦士長が使わねば下の者も使いづらいだろ――おおぉぉぉっ!?」


 それはあっという間の出来事で。

 冷たい風が吹き込んできたことで、ようやく脳が状況を把握した。


 言葉を言い終えるより先に、ぶつかったドアごと、サキュリリンは外へ投げ出されたのだ。


 人が、蹴り飛ばされたゴミのように、勢いよく転がっていった。


 目にも止まらぬ早業だった。

 少し離れた場所に座っていたサキュリリンを、座ったままの状態で距離を詰めたジジュラが、片手で顔を掴んで力任せに外へぶん投げたのだ。



「親父ぃ!」


「――遅ぇぞ半人前ぇ!!」


 人が、暴風に晒されたカーテンのように、勢いよく飛んでいった。


 サキュリリンが投げられたのを見て食って掛かるアヴァントトの蹴りをも片手で止め、同じように振り回して外へぶん投げた。


「おいジジュラ! おい! おい! おーい! ジジュラー!」


 長老の呼び声むなしく、投げ飛ばした二人を追ってジジュラも出ていってしまった。





 そんな一幕が過ぎ去り、しんと静まり返る長老宅で、エイルは湯飲みに手を伸ばした。


「すごい人ですね」


「うん。あれが戦士長ジジュラだよ」


 ――「ぎゃあああああああっ」


「親父と呼んでいたのでわかりましたが、あれがアヴァントトのお父さんなんですね。あんまり似てないですね」


「うむ。トトの奴は母親似だからの。これがまたえらいべっぴんでなぁ」


 ――「ごめん戦士長ごめんごめんごめ痛い痛い痛い!!」


「あの娘と番になるために、最も強い戦士を目指したんですよ」


「へえ」


「意外だなぁ。あの人、そんな理由で戦士として昇り詰めたんですね」


 ――「親父! 武器はやめよう! 石を置くんだ! 石をっ……石いぃぃぃ!!」


「あら。サジータさんはこういうお話、お嫌い?」


「いいえ? 好きな人のためにがんばる、好きな人に振り向いてほしいからがんばる、言葉にすればよくある話じゃないですか。とてもいいと思いますよ」


 ――「し、死ぬっ! トトっ! 助けっ! 死ぬっ! 助けっ! 死ぬっ!」


 外から男女の悲鳴が聞こえる中。

 老いた夫婦と客人二人は、甘い香りのする高級茶をのんびりすすって、騒ぎが終わるのを待つのだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 深刻な感じかと思ったら結構楽しそうw
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