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398.竜人族の里で 7





「――どうかした?」


 今日も一日が終わり。

 長老宅で、やはり少しだけ豪華な夕食を済ませたエイルとサジータが、テントに戻ってきた時。


「話したいことがあります」


 と、エイルはサジータを自分のテントに招き入れた。


 ずっと一緒にいる二人だが、調査に関した情報交換はほぼしていない。


 ――プロであるサジータが安心して任せられる反面、素人に毛が生えた程度の実戦経験に乏しい候補生にはできすぎだと戦慄が走る面もあるが、それはさておき。


 エイルが呼ぶくらいだから大事な話があるのだろう、とすぐに思い至った。


 獣脂で作った少し臭いランプに火を点け、薄暗い中で向かい合う。


「もう少し早く話したかったんですが、なんだかずっと外が騒がしかったので」


 橙色の明かりがレンズに反射する。

 その奥にあるエイルの瞳は、やはりいつも通りに感情が見えない。


「騒がしかったと言うと、夜中に君のテントに潜り込もうとする人がいた、とか?」


「やっぱり気づいてました?」


「まあ僕は君の護衛でもあるからね。ちょっと小耳に挟んだ話に寄ると、なんか夜這いに来てたらしいよ。モテモテだね」


「そうですか。……獣人の国の女性って怖いですね」


 さして怖がっているようには見えないが……これでエイルなりに危機感は感じているのかもしれない。


「それはともかく――最近周りから人が消えたので、そろそろ調査結果の情報を共有したいと思いまして」


 来たか。


 里に着いて以降、調査は全部エイル任せだったが――しかしエイルが調査をしている風にはまるで見えなかったから、若干心配もしていた。


 毎日のように竜人族の戦士たちの対応に追われて忙しくしていたのを、横で見ていたサジータからすれば、本当に忘れているかのようにも見えていた。

 あるいは、あまりにも余裕や隙間の時間がなさすぎて、何もできないのではないか、と。


 しかし、さすがに忘れてはいなかったようだ。

 それはそうか、ここに来た理由を忘れることはさすがにないだろう。


「ネロから聞いたのかい?」


「その辺は秘密ということで」


 まさしくその通りなのだが、エイルは重要な点、あるいは後に重要になりそうな点は、ぼかしたり隠したりする癖がある。


 ――素人に毛が生えた程度の暗殺者候補生にしては、すでに意識ややり方がプロのそれに近い。


 時代が時代なら、間違いなく優秀な暗殺者になっていただろう。

 勿体ないと思えばいいのか、万が一にも敵に回ることがないことを安心するべきなのか。


 そんなことを考えながら、サジータはエイルの調査結果を聞くのだった。





「話したいことはいくつかありますが、まず一番重要なドラゴン関係から行きましょう」


 そう前置きをして、エイルはつらつらと語り出した。


「まず、竜人族の乗る飛竜……ここでは暴風竜(クゥジオ)と呼ばれているそうですが、これが普段どこにいるか知っていますか?」


「いや。森のどこか、ということだけだね」


 毒沼や野生のドラゴンの脅威もあり、森の調査はまったく進んでいない。


 里にいるドラゴンは四足紅竜(ラウジオ)の子供だけなので、森のどこかにいるのは確かだが、それがどこかは特定できていなかった。


「名前まではわかりませんが、森の至るところに大きな木が点在しているのは知っていますよね? 上から見ると、森の木々と比べて頭二つ分くらい飛び出している感じの」


「ああ、あるね」


暴風竜(クゥジオ)はその木に住んでいます」


「……住んでいるのかい? 巣を作って?」


「巣があるかどうかはわかりませんが、その木の上で寝ているようです」


 基本的に、竜人族が乗り回す暴風竜(クゥジオ)四足紅竜(ラウジオ)は、笛で呼べばやってくる。


 それも、特定の誰かと特定の個体が仲が良い、というわけでもなく、割と分け隔てなく誰でも乗せるようだ。

 率直に言えば、呼べば暇していて機嫌がいい個体が来るわけだ。


 まあ、個人的な好き嫌いや選り好みはあるようだが。

 気に入らない竜人族は乗せないようだし、気に入れば竜人族じゃなくても乗せるケースもあるようだ。

 リオダインがそうだったように。


 この辺りのことを考えると、


「――意外と誰でも乗れるんじゃないですか?」


 何せ一緒に来たリオダインが、四足紅竜(ラウジオ)の子供に懐かれるというおかしな現象が起こっている。

 彼が実は竜人族でした、なんてことはないだろう。


 彼の実績を見て言うならば、竜人族以外でも乗れたし、竜人族以外にも懐く、ということになる。


「……まさか」


 従って――


「竜人族だからどうこう、じゃなくて。

 竜人族が世代を超えるほど長く友好的に付き合ってきたおかげで、人に友好的なドラゴン種が育ってきた結果が今、ということなのかも」


「…………」


 完全に盲点だった。


 竜人族だからドラゴンを操れるのではなく。

 実は意外と誰でもドラゴンを操ることができた、という可能性を示唆された。


 いや、こうなると「操る」という表現は正しくない。


 人に友好的なドラゴンが従ってくれている、というだけの話だった、と。


「いや。いやいや。そんなこと、さすがに……!」


 これまで、どれほどの調査員が調べてきたと思っている。

 どれだけの年月を掛けられ、どれほどの文献や資料に資金が費やされたと思っている。


 竜人族はドラゴンを操る術を持っている、あるいは知っている。


 それを前提に、その秘密を暴こうと、ああでもないこうでもないと皆頭を捻ってきた。

 サジータだってずっと考えてきた。

 なんならワイズだっていくつも仮説を立てて考えたことだろう。


 なのに。

 その答えが、存在しないなんて。


 「実は誰でも操れる」だなんて。


 そんなことがあっていいのか。

 調査にのめり込み過ぎたせいで、毒にやられたりドラゴンにやられたりした調査員だって少なくないのに。


 そんなことがあっていいはずがない。


「……それが事実だったら、ちょっと悲しいなぁ」


 だが、どんなに嘆こうが喚こうが、たとえ泣いたって事実は変わらない。

 むしろこれを認めないと、前進も後退もできない。


 どんなに認めたくなくても、そのシンプルで残酷な答えを、飲み込まなければならない。


「君は、どれくらいの確率で、その説が当たっていると思う?」


 サジータもプロだ、内心の動揺や衝撃は表には出さないようにしているが。

 それに対するエイルは、嫌味なほど平静である。


「今のところは俺も半信半疑です。あとは確かめてみるしかないと思いますが」


 確かめる。

 そうだ。


 竜人族しか操れないわけではないなら、それこそサジータでもエイルでも乗れる、という理屈になる。

 自分の身で成否は問えるわけだ。


「ただ――」


「ただ?」


四足紅竜(ラウジオ)はともかく、俺は暴風竜(クゥジオ)には乗りました――正確には運ばれたって感じですが。


 あの時身体に当たっていた強風を思うと……乗れることは乗れるけど、ただの人間には耐えられないんじゃないかと」


 竜人族は、人よりあらゆる耐性が高い。

 人間ではよろめきまともに動けないような強風でも、竜人族なら耐えてその中で活動することができるのではないか。


 あるいは、これも長年の付き合いで、ドラゴンたちが友好的になったように、竜人族たちも付き合いの中で耐性が磨かれてきたのではないか。


「これまでに、試しに乗ってみようと思った人はいると思うんです。でも実際乗ってみたら、とてもじゃないけど耐えられるものじゃなかった。

 だから『違う可能性』を考えたんじゃないかと思います。


 竜人族がドラゴンに乗れる理由は、身体的な優劣以外にある、と。特別な方法があるんだろう、と」


 しかし実際は、その身体的な……種族的な優劣で乗れていたわけだ。





「仮説の検証をしたいね」


 いささかショックが過ぎたが、候補生の前で取り乱すわけにはいかない。

 実際サジータはもう酒に逃げたい気分ではあったが、表向きは毅然として構える。


 ――実は誰でも乗れました。


 何年も調査をして、頭が痛くなるほどいろんなことを考えてきた答えがこれだなんて。ショックを受けないわけがない。


「そうですね。あとリオダインにも話を聞きたいですね」


 憎たらしいほど平然としているメガネ少年は、人の気も知らず、最初から最後まで冷静なままだった。





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