395.竜人族の里で 4
「――最近さ、なんか対応が変わってきてない?」
「――リオ君もそう思っていましたか? 私もそうじゃないかと感じていました」
夕食時になると、借りている台所とテーブルに自然に座るようになったのは、リオダインとセリエである。
ベルジュは朝食だけ用意してくれるが、昼と夜は自分の用事を優先しているので帰って来ない。
まあ、「もう少しでレシピは制覇できそうだ。それが終われば料理の研究に入るから、今度は台所に居続けるかもしれない」とは言っていたが。
ついに待望のドラゴン料理に突入したらしく、より一層精力的に動いている。
カロフェロンは、本格的に沼毒の調査に乗り出したので、ますます規則正しい生活とは無縁になった。
だが、里の戦士サキュリリンが時々様子を見に来ては酒の席に誘い出しているので、ほぼ引きこもり生活ではあるが、あれでそれなりに里には馴染んでいるのかもしれない。ちなみにカロフェロンはざるである。酒には滅法強い。
エイルとサジータは、最初の忠告通り何も聞いていないので、何をしているかわからないままだ。
毎朝、朝食の席には着くが、それだけだ。
他に顔を合わせる機会もなく、会っても内容のある話なんて一切しない。
里に来て二週間が過ぎようとしている。
全員毎日忙しそうではあるが、エイルとサジータの二人に関してはまったく情報がないままだ。
そして、リオダインとセリエは。
「――明日、四足紅竜に乗ってみるかって言われた」
「――それはまた……大変な進歩ですね」
二人は、竜人族に伝わる魔法に関して調べようとしていたが、かなり難航していた。
まず、竜人族たちの反応だ。
周囲にドラゴンがいるような場所だからか、里では強い者が尊ばれた。
明確な上下関係があるわけではないだろうが、外敵から里を守り、また狩りをする里の戦士たちが、ここでは一番立場が上のようだ。
発言力がある、と言ってもいいかもしれない。
まあ閉鎖的な集落では儘あることだ。
――要するに、二人は里の戦士たちになめられていた。
戦士たちが肉体強化系の魔法を使っているのではないか、という前情報から色々と聞き込みをしているが、結局行きつく先は戦士たちになる。
しかし彼らは、強さこそを至上とし、一見弱そうな……いや、戦士たちと比べるなら弱いリオダインとセリエは、あまり相手にしてくれなかった。
リッセなんかは、挨拶代わりの手合わせですぐに馴染んだようだが、その手が使えない二人は打ち解ける機会も少ない。
もしかしたら酒の席にでも同行できれば、仲良くなるきっかけになるのかもしれないが。
しかし酒に弱い二人にはできない相談である。
竜人族の里には、魔術師がいない。
簡単な魔法や魔術が使える者はいるようだが、それを専門とするような者は里にはいないのだ。
つまり彼らは魔術師の脅威を知らない。
そしてリオダインもセリエも、自分の力をひけらかすタイプではないので、実力を示す手段もなかった。
戦士たちを避けて聞き込みをしてみるが、やはり行き着くのは戦士たちである。
一応話を聞いてくれるだけ、協力的ではない、とも言い切れないので、かなり困っていたのだが――
最近になって、少しだけ戦士たちの対応が良くなってきた、ような気が……いや、はっきり良くなってきた。
その証拠に、四足紅竜に乗るか、なんて誘われたのは初めてだ。しかも向こうから誘ってきたのだ。
この急激なる対応の変化はいったいなんなのか。
「――どっちにしろチャンスだと思う。一緒に来ない?」
「――行きます」
まだまだわからないことだらけではあるが、行かない理由はない。
この一件が突破口になることを信じて、体当たりするのみだ。
「――……ただ、乗り物酔いが怖いです……」
「――…………」
それに関しては、リオダインは返す言葉を持っていなかった。
――なお、戦士たちの態度が軟化した原因は、エイルの「ゴーグル」が戦士たちの手に渡り始めたからである。
最初こそ「長老の客」としか思われていなかった親善団体だが。
まさか彼らが来た理由に自分たちが拘わっているとは思いも寄らず、しかも人見知りも多いおかげで、戦士たちは来客を少し邪険に扱ってしまった、というのが真相である。
まだ「ゴーグル」は公表しないよう言われているので表立って使用できないが、戦士たちはこっそり試行してはエイルに微調整を頼んだりしており、すでにかなり世話になっている状態だ。
そんな戦士が増えてきた。
エイルの世話になっている者が増えてきた。
そのエイルの仲間を今後も邪険に扱えるのか、と言われれば、さすがに否だった。
四足紅竜。
赤い鱗と翼を持つ四足歩行のドラゴンである。
ガウガウ ガウ
ただ、子供の頃の姿は、大きめの犬のようである。
吠える声も、濁ってはいるが、犬のように聞こえなくもない。
分類としては爬虫類に近く、卵から孵る魔物の一種らしい。
「不思議な生態ですね」
「うん」
翌日。
約束通り四足紅竜に乗る機会が与えられたリオダインとセリエは、初めて四足紅竜に乗るという里の子供たちに混じって話を聞いていた。
教官役はアヴァントトだ。
戦士長の息子で、若者の中では一番腕がよく、若手の代表格である。
普段なら狩りだなんだと忙しいのだが、今は冬場ということで、あまり里の外には出ない。
――前情報通り、竜人族は寒さに弱いのだ。
日常生活程度なら問題ないが、少しでも動きが鈍る冬場にドラゴンを相手に立ち回るのは、自殺行為に等しいと教えられている。
歴代にいたどんなに強い戦士でも、あえて冬に狩りをしてしくじり、取り返しのつかないことになる体験談は非常に多かった。
なので、基本的に冬の戦士は、訓練と酒を飲むくらいしかやることがないのだ。
広大な畑の横で、三頭の子供の四足紅竜を傍に置き、アヴァントトは簡単な説明を終えた。
「では乗ってみろ。この辺りなら、転んでも振り落とされても大した怪我はせん」
畑の横なので、樹木の根だの岩だのと言った硬い物は、綺麗に排除されているのだ。
子供たちがおっかなびっくりという感じで、鞍のような物を付けられた四足紅竜の背に乗る。
転んだり振り落とされたりする子もいるが、上手に乗り回す子もいる。いきなり乗れる子は戦士の才があるのかもしれない。
何にしろみんな楽しそうだ。
「乗るか?」
アヴァントトが、リオダインとセリエに問う。
「残念ですが、私はちょっと無理そうです」
乗ることを想像するだけで酔いそうになっているセリエは、大人しく己の本能に従った。ここで酔い止めまで飲んで無理をする必要はないだろう、と。
「じゃあ僕は乗ってみようかな」
リオダインがチャレンジする傍ら、セリエはここぞとばかりに情報収集に乗り出す。――昨日まではこんなこともできなかったのだから。
「里の方々は、四足紅竜にも乗るんですね。クラーヴさんのドラゴンとは種類が違うようですが」
「ああ、四足紅竜と暴風竜の二種類だ。森にはほかにもドラゴン種がいるが、俺たちが手懐けられるのはこいつらだけだ」
手懐ける。
この辺の技術が調査対象なのだが――セリエは言われた通り、その辺のことは無視した。調査をしないことが今回の仕事のルールである。
「子供の頃から馴らすんですね」
「お互いにな。子供の頃から乗っておかないと、大人になってからではなかなか乗れん。
四足紅竜や暴風竜も、人を乗せることに慣れさせておかないとダメだ」
なるほど、セリエは頷く。
暴風竜はともかく、四足紅竜は地を駆けるタイプのドラゴンだ。
翼も飛ぶためではなく、滑空するためのもの。
そう考えると馬に近い乗り物と考えられる。
だが、子供の頃ならこのサイズだが、成体となると馬よりはるかに大きくなるし、もちろん走る速度も馬を越えるだろう。何せ滑空するのだから。
きっと乗馬より難しいだろうと、容易に想像できる。
「ちなみに、四足紅竜の子供はともかく、皆さんが乗るドラゴンって普段はどこにいるんですか?」
里に来て二週間が過ぎている。
すでに里の探索はだいたい終わっている。
だが、彼らが駆るドラゴンがいる場所や施設は、なかった。
二種類どちらも、成体の大きさからすれば、隠せるようなものではないのに。
「森だ」
アヴァントトは事も無げに答えた。
「何もなくとも数日に一度は会うようにしているが、奴らは奴らで森で生活している」
「えっ。じゃあ、呼ぶと来るんですか?」
「来る」
意外な事実である。
四足紅竜の子供が里にいるので、てっきりドラゴンたちを飼っているのだと思っていたが、違うそうだ。
「でも、森にはドラゴンの敵になりそうな別のドラゴンもいるんじゃないですか?」
セリエの頭には、あの毒液で構成された黒いドラゴンが思い浮かんでいる。あれは四足紅竜の成体を襲っていた、ように見えたが……
あれの正体はわかったのだろうか――そんなことも考えるが、それはエイルとサジータがすでに探っているだろうから、今は気にしない。
「いる。だが厳しい環境で過ごさせないと、奴ら自身が弱くなる。
ドラゴンは誇り高い。
俺たちに協力はしてくれるが、自分に見合わないと判断した戦士は乗せなくなる。その時が戦士の引退の時期と言われている。
そして奴らも、もう自分が戦えないと思えば森から姿を消すのだ。……死んでいるのか、それともどこか遠くへ移動するのかはわからんがな」
――二種類のドラゴン。
肝心の魔法については何も聞けていないが、その代わりに、いくつか気になる話を聞くことができた。
ちなみにリオダインは、いっぱい転んで泥だらけに…………なんてことはなく、意外と上手く乗りこなしていた。
「僕、猫よりこっちの方が好きかも」
しかも四足紅竜の一頭に気に入られたようで、犬のようにまとわりつく子供のドラゴンを嬉しそうに撫で回していた。




