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390.メガネ君、猫に首輪を着ける





「――話し合った結果と、これからのことを話しておくね」


 サジータの声掛けで集まる。

 俺たちが借りる宿泊施設の前に火を起こし、滞在の準備をしていた調査隊メンバーを呼んで囲む。


 俺たちに用意された寝床は、来客用のテントみたいなものなのだそうだ。

 見た感じ結構頑丈そうだが、常設されている家ではない、と長老が言っていた。


 その理由として、今回は「メガネ」関係で竜人族から声が掛けられているので、全員に小さいながらも個室を用意したからだ。


 サジータによると、普段なら広間のある家屋に複数名が雑魚寝する、みたいな感じらしいので、これは長老の歓迎の意である。


 まあ、小さいながらも個室があるのは、ちょっと嬉しいな。長期滞在が予定されているので余計にだ。


「概ね事前に打ち合わせした通りでいいみたいだ。

 まだ交渉がすべて終わってないけど、決まったことだけで言えば、各自やりたいことをやれるみたいだよ。

 ――リッセは手合わせを希望していたね?」


 そう。

 リッセは、竜人族の戦士との手合わせを希望していた。


 ちょっとだけ長老やアヴァントトに聞いた話に寄ると、戦士の主な武器はドラゴン素材の槍なんだそうだ。

 剣を使う者はあまりいないらしいが、


「――槍使いか。まあサッシュより強いならいい訓練ができそう」


 リッセ的には問題ないようだ。


「ベルジュは里の料理を知りたいんだよね? 他にはこの地域特有の食材探しと、ドラゴンの美味しい食べ方か。

 これも問題なく、誰にでも聞いていいと言っていたよ。まあ、聞く相手は女性になるのかな。食材もある程度は分けてもらえると思う」


 まあ、ベルジュに関しては言わずもがなだ。


「――ありがたい。すでに気になるものをいくつも見付けました」


 そういう意味では俺も色々気になるものがあったなぁ。


「カロフェロンは、薬草や毒草の調査だったね。森にある毒沼も含めて、好きに調べていいってさ」


「――は、はい。わかり、ました」


 この流れに便乗して、俺も言っておく。


「あとあまりネロには構わないでね」


「…………」


 無視である。

 こっちを見もしないとか。


 いや待て待て。


「本当にダメだからね。これはあくまでも、ここに来た理由の上での話だから」


 距離はあるもののそこかしこに竜人族がいるので、直接的な「調査上の理由で」とは言わないでおく。


「…………」


 これでも無視である。君は何しに来たんだ。……はいはいわかりましたよ。


「少ししたらまたネロを洗うから、我慢できたら混ぜてあげるよ」


「……………………わかった。嫌だけど」


 嫌だけどは同感だ。


「それ俺のセリフでもあるからね。俺の猫だから」


 じろりと彼女の視線が俺を向く。

 俺は真っ向から受け止める。


 ――こと人と目を合わせることさえ稀な俺たちが、今、傍目にはわかりづらくも明確に睨み合っている。


 猫は渡さない。

 そんな意志がぶつかり合っている。


 ……というかほんとに俺の猫だからね。


「これまでに何度か念を押してるけど、カロフェロンは本当に、あんまりネロに構わないようにね。


 僕はエイルのサポートに尽くすつもりだから、そっちで問題が発生しても、充分なフォローはできないかもしれない。最悪君だけ里から追い出されることもあるかもしれない。


 まあ、僕のことはどうでもいいけど。でも君を推したワイズ様の顔に泥を塗るような真似はしないでね?」


「――わかっています。我慢します」


 果たして我慢できるのか。

 あんなに可愛いネロに触れず構わず過ごすことができるのか。


 俺はちょっと無理かもしれない。


 ゆえに、同じ猫好きとして、いまいちカロフェロンのことも疑わしいが……そこまで愚かではないことを祈ろう。


 俺だってある程度は我慢しなければいけないのだ。君もしろ。少なくとも俺よりは我慢しろ。


「――次は……リオダインとセリエは、魔法方面の知識が欲しいって言ってたね。魔法はあまり発展してないから、得るものがあるのかどうかも僕にはわからない。


 でも一応はあるみたいだから、大っぴらに調べていいってさ」


 なんでも、戦士が使う肉体強化系の魔法があるとかないとかって話だ。


「――わかりました」


「――さすがに魔法陣はなさそうですね……」


 リオダインとセリエは魔法関係のことを知りたいそうだ。


 竜人族とドラゴンの交流の謎は、魔法にもあるかもしれないので、可能性は低そうだが無視はできない調査要素である。





「――それから」


 サジータは少しだけ間を空けて、話を続ける。


「さっきちょっと触れたけど、エイルと僕はほぼ別行動になると思う。


 そして僕らの行動に関しては知らないでおいてほしいし、一切聞かないこと。もちろん誰に聞かれても話さないように。


 同じ場所に住んでいるし、食事も一緒に取るし、雑談くらいはしてもいい。

 でもそれ以上の接触はなしだからね。


 ――もし何か発見があった場合は、絶対に僕がいる場所で情報交換をしてほしい。君たちだけで共有しないこと。


 あと念を押すけど、例の事(・・・)は本当に調べなくていいからね。

 君たちはそれぞれの理由で、日常を過ごし続けるんだ。それが一番の貢献になる。


 この手のことはやり直しが利かない。場所が場所なら、発覚は命にさえ関わってくる。各々が全員の生命線を握っていることを忘れないで行動してほしい。


 ――僕からは以上だ」


 事前の打ち合わせでも似たような言葉は聞いてきたが、これが本当に最後の忠告になるのだろう。


 安全度に差はあるのだろうけど、これは明確な潜入調査である。

 誰か一人がしくじれば、全員が危うくなるのだ。


 無言のまま、全員が視線を巡らせる。


 ――ここに来た理由は、突き詰めれば、ドラゴンを手に入れる方法だ。


 もしかしたら人間にはできない方法なのかもしれないが。

 だとしても、それこそやり方を見付けないと、出来る出来ないもはっきりしない。


 ――それから、周囲にある森の毒の調査。


 これは後発のため、という意味合いがあるようだ。

 生息するドラゴンも危険だが、毒のせいで調査ができない部分があるとかないとか言っていたから。


 ただ、ハルハの街で聞いた話では、ドラゴンと毒が関係しているかもしれないとのことだ。

 もしかしたら毒方面からの調査の進展もありえるかもしれない。


 サジータの言う「例の事」には、これだけの意味が込められている。

 そしてもちろん、俺たちはそのことを忘れてはいない。





「――おーいネロー。ネロー」


 野太い声が響くと、すでに里の散策にうろついていたらしき灰色の巨大猫が、小走りで帰ってきた。うわなんだあのちょっと急いでる感じ。可愛い。愛でるしかない。


 一応、表向きの飼い主はベルジュということになっている。


 彼は特に猫好きというわけじゃないそうなので、まったくもって適任である。


 というか料理に毛が入るから俺に近づくなという暴言さえ吐く男だ。許せないところもあるが一安心の人材である。もう第二のカロフェロンなんて生まれなくていい。


「こっち」


 すでに何人か竜人族の子供を虜にしてきたネロを近くに呼び、「赤色の紐型メガネ」を出して首輪代わりに巻いておく。


 ちなみに、さすがに子供たちまではこっちには来ず、遠巻きに見ているだけだ。


「苦しくない?」


 ――「別に。でも束縛する男って嫌いなのよね。まあ今回は我慢してあげるけど」とのことだ。まあ猫だから自由を求めるのは仕方ない。


 念のために右前足にも「赤い紐型」を巻いておく。

 これで準備完了だ。


「いろんなところに行くんだよ。気になるものがあったら呼んで」


 ――「はいはいわかってますよ。何度も聞いたわよ」と意志が伝わってくると、慣れない首輪をちょっとだけ気にしつつ、ネロは引き連れてきた子供たちを連れてまた散策に出ていった。


 うん、まあ、大丈夫だろう。


 ――調査に関しては、ネロに装着した「メガネ」から「視る」ことにした。


 俺たち人間では警戒されることも、猫である彼女なら大丈夫だ。


 いろんなところに行ける。

 屋根にだって上れるし、木にだって登れる。深夜歩き回っても猫ならまったく怪しくない。他人の家に堂々と上がり込んでも「しっしっ」と言われるだけだ。


 今までいろんな調査員が潜入したそうなので、竜人族たちも、外から来た人は全員そこそこ警戒もするようになっているだろうと考えた。


 しかし猫なら。

 あんなにも可愛らしい猫なら、逆に警戒などするわけがない。現に子供たちはすでにネロを受け入れている。本当に素晴らしい猫だ。知ってる? あれ俺の猫なんだ。


 ――それを見込んで、灰塵猫(アッシュキャット)を選んだ。


 すぐに調達できる魔物は、ほかにもいた。

 でも、さすがに竜人族が受け入れてくれるかどうかわからない魔物もいた。


 たとえば、壊王馬(キングホース)魔豚(マトン)は、まだ見慣れた動物として受け入れられたかもしれない。

 ……豚はちょっと食料的な目で見られる可能性もありそうだが。


 しかし、さすがに巨大な蜘蛛そのものの赤足蜘蛛(ブラッドスパイダー)や、大きすぎる金剛大猿(コンゴウコング)では、見た目からして拒否反応を示す者もいそうである。


 だからこそ、灰塵猫(アッシュキャット)を選んだのだ。


 ちょっと捕まえた当初は凶悪極まりない顔立ちだったが、野生を洗い流したら本当に愛らしい、ただの大きな猫になった。嬉しい誤算だ。ああ嬉しい誤算だったよ。


 そのおかげで、この調査方法は成功するという確信を得られたのだ。もちろん個人的にも嬉しいが。


 里の調査は、ネロが行う。

 怪しい場所を見付けたら、ネロが思念を飛ばして俺を呼ぶ手筈となっている。


 俺がネロの「メガネ」を通して「視て」、情報を得る形だ。


 やりやすそうな調査は、すでにどこかの国だか組織だかが、すでにやっているはずだ。同じようなやり方をしても、得られる情報は知れている。


 そう思ったからこそ、少し違う形の調査方法を考えてみた。

 それがこのやり方だ。


 ――カロフェロンに「構うな」と言ったのは、ネロの調査の邪魔をするな、という意味である。もちろん俺も同じ理由であまり構うことができない。


 そして全員に余計な調査をしないよう頼んだのも、ネロの調査を阻害する可能性を考えてだ。


 猫()怪しい、なんて言われないように。


 まあ、ネロには基本的に自由にしていいとは伝えてあるが。




「――そして最後に、夕飯は長老宅に用意してもらえることになっているから。そこで自己紹介とか、里の主要人物なんかと面通しをすると思う。腹を空かせておいてね」


 つまり、調査開始は今夜から、ということだ。

 

 俺たちは荷解きをしたり、近場を見て回ったりしつつ、その時を待つのだった。





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― 新着の感想 ―
オアーって声出しながらちょっと小走りで来る猫わかりわすわかります可愛いですよね
[気になる点] 毒女は何様なんだ…
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