388.メガネ君、交渉する
「こうなってくると、次は実用じゃが……」
強度は確認した。
次は、それが彼らの求める効果を得て、かつ実用に耐えられるかどうか。
「お好きにどうぞ」
チラッと視線を向けてくる長老に許可を出すと、長老は嬉々としてアヴァントトの名を呼んだ。
「試してこい。一回り飛んで来ればよかろう」
「――長老。俺はそれが非常に気になっている。だからこそ、今は彼の話を聞きたい」
嬉々としている長老に正反対に、アヴァントトは冷静である。
「試すのはいつでもできる。それより先に、できることとできないことと、これからのことを聞いておきたい」
そうだね。
それはこれから話さなきゃいけないこと全部だね。
――田舎の戦士って聞くと、腕っぷしだけがすべて、みたいな強さに奢った奴が多い印象があったけどな。彼はちょっと違うな。
いや、竜人族の戦士はみんなああいう冷静なタイプなのかもしれない。
「長老! 私がやろう!」
いや、そうでもなさそうだ。サキュリリンも嬉々としている。
「ではサキュリリン、行ってこい」
「はっ!」
サキュリリンは恭しく「ゴーグル型メガネ」を受け取ると、左足を引きずりながら出ていった。やっぱり怪我してるぞあいつ。
さすがに彼女の怪我の具合が気になるが、長老もアヴァントトも、ついでにサジータもまったく気にしていないので、きっと大丈夫なのだろう。……見てる方が痛々しいが。
サキュリリンが「ゴーグル型」の試行試験に出ていくと、話の続きが再開される。
「現役の戦士の数は二十四人じゃ。予備や次期戦士の分も含めると、三十から四十ほどの数が欲しいのじゃが……」
まだ実験の結果が出ていないが、長老は確信を得ているようだ。
まあ狙った効果が望めないにしろ、強度的にゴーグルは無駄にはならない、と結論を出したのだろう。
たとえば、毒は防げないが、軽い物理から目を保護する効果はあるから、と。
空を飛んだ経験が少ないので合っているかはわからないが、あれだけ風の音がうるさいとなると、小さな虫が当たるだけでも本当に危険なダメージを受ける可能性があるのかもしれない。
それが小さな虫ならまだしも、虫型や鳥型の魔物などになってくると、それこそ致命傷にさえなりそうだ。
ただ当たっただけで、だ。
特に顔は、大切でデリケートな目や鼻や口、すぐ横には耳まであるのに、防御力という点では無に等しい。
これほど大切かつ脆いものが集中しているくせに、守ってくれるような筋肉も脂肪もつかないのだ。
むしろ目とか冷静に考えると剥き出し状態だ。
まぶたの防御力なんて、本当の意味で薄皮一枚だし。
そう考えると――いや、まあ、この辺はいずれ提案しよう。
「三十から四十……かなり多いですが、時間さえあれば可能です。
単純な『メガネ』なら一日数個は出せますが、特殊形状となると一日一個が望ましいですね」
これは嘘だ。
いや決して嘘ではない。
「ゴーグル型」だって一日数個は出せると思う。
だが、俺個人は「一日一個が望ましい」と考えている。
「一日一個しか作れない」と言えば嘘になるが、「望ましい」といえば、それはあくまでも希望。
俺の本心に反していなければ嘘ではない。
一応、「嘘を見抜く素養」を持つ者がいるかもしれないので、警戒はしておく。
「一日一個か。となると……長期滞在してもらいたいところじゃがの」
ええもちろん。それが狙いですよ。
こっちはこっちで調査がありますからね。
これで滞在期間は稼げるだろう。
「それと、大事な場面で使うとなれば、できる限りその人その人に合った『メガネ』を造りたいと思っています」
そもそもの話だ。
長老の反応からして、どうにも「メガネ」自体が認知されていない気がする。
「この『メガネ』というものは、実は――」
念のために、さらっと「メガネ」の説明をしておく。
歪んだガラスで視力を矯正し、物を見やすくする効果がある、と。
「ほう……つまりおまえさん、目が悪いから付けとるのか。その、めがねを」
やはり知らなかったのか。
逆になんだと思っていたのかが気になるところだ。
「視力というのは、人によって結構違うみたいですよ」
「うむ……言われてみればそうか。遠当てが苦手な者は、そもそも的が見えんからの」
まさしく「メガネ」に出会うまでの俺がそうだったな。
「――長老」
アヴァントトが口を開いた。
「視力を直すと言うのであれば、毒で視力が弱くなり引退した戦士たちに使えるのではないか?」
「おう、わしもそれを考えておった」
あ、そうか。毒で目をやられるって、視力に関わってくるやつだったのか。
「じゃあこれもいくつか用意しますので、そっちで試してみてください。良さそうだったら追加注文ということで」
「すまんのう。助かる」
いえいえ。こっちはこっちで目的がありますから。
注文が増えて滞在期間が延びるなら願ったり叶ったりだ。
さて、本題だ。
「――サジータよ。報酬はどうすればよいかの? 里の外の相場がよくわからんのじゃが」
そう、今決められるのは大まかなことだけ。
これから試行錯誤を重ねて、「最適なゴーグル型メガネ」を模索しなければならないので、今どうこう決めるのはちょっと早い。追加注文が入る可能性も高いし。
というわけで、今決められるのは報酬の話だ。
「――うーん。僕ならドラゴンを求めますけどね」
おっと、さすがサジータ。
ここぞという時はガツンと行くな。
俺がそれを言うと交渉が難航しそうになったり、あるいはきっぱりと断られる可能性もありそうだ。
もしかしたら「メガネ」自体を断り、里から追い出されることも、低いとは思うがあり得ない話ではない。
俺は言えないところだが、ただの一意見で揺さぶって反応を見る、というのは、この状況ならきっと正解だと思う。
「ドラゴンか……あれは譲れんのよ。どうあってもな」
長老の渋い反応は、前情報通りだな。
いろんな国がいろんな交渉をしてきたが、どれにも首を縦に振らなかった、と聞いている。
俺だって、「俺のメガネ」がドラゴンと等価交換されるほどの価値がある、なんて言わない。
まあ、俺は個人的にそれ以上の価値を見出しているけどね。
でもさすがに他人は違うだろう。
ドラゴンと同等、またはそれ以上なんて値は付けるはずがない。
「金目の物と言えば、ドラゴンの魔核などは外の世界でも価値があるらしいの。それではいかんか?」
ドラゴンの魔核。
お金を求めるなら、その報酬でいいのだろう。
「じゃあ、報酬はそれでお願いします」
調査していることを悟られるわけにはいかない。お金目的だと思わせた方が動きやすいだろう。
ここで特定の何かを欲したら、勘繰られそうだ。
「それと、長期滞在になるなら、いくつか条件を出してもいいですかね?」
「条件?」
「まず、俺と仲間たちの滞在の許可。これには猫の放し飼いも含みます」
「猫と言うと、あの灰色の毛の長いやつじゃな?」
長老も猫を見たことがなかったようだ。
「里の者……特に子供に危害を加えないなら構わんぞ。
ただ、里には育てている四足紅竜がおる。
四足紅竜が猫を襲うことはなかろうが、ちょっかいを出して怪我をさせることもあるかもしれん。
そこが心配じゃの」
「あ、大丈夫です。あの猫は強いですから」
成体ならともかく、子供の四足紅竜くらいなら軽くあしらえるだろう。
「でも戦士にはとてもじゃないけど敵いません。
目立つよう首輪も着けますので、里の人たちには外敵じゃないから襲わないよう、通達をお願いします」
「わかった。――アヴァントト、伝えておいてくれ」
「はっ」
ネロのことはこれでいいな。
「それから、俺の仲間が森の毒に興味があるそうです。毒について調査すると思いますが、構いませんか?」
「うむ、里に毒を運び込まなければ、好きにしてくれい」
――よし、大事な部分はこれで全部通ったな。
これで最低限の調査は進められる。
あとは、もうちょっと細かい部分を詰めていこう。




