385.メガネ君、案内される
「――ようこそ、客人」
「――歓迎する」
クラーヴの先導で、先に到着したサジータたちの元へ向かうと、彼らと話をしていた竜人族の男女が俺たちに歓迎の意を示した。
至極真面目な表情は、あまり歓迎していないように見えるが……そう見えるだけかもしれない。
雰囲気が悪いとか拒絶の意思を感じるとか悪感情があるとか、そういうのはないから。
「確かに届けたぜ。俺はドラゴンを戻してくるからよ」
そんなクラーヴの声に、竜人族の男が手を上げて応える。
「また後でな」
と、彼は行ってしまった。
なんとなくクラーヴがドラゴンに乗り、飛び立つまでを無言のまま見守り――木々に阻まれ見えなくなった頃、時間が動き出した。
「紹介しておこう」
サジータが竜人族の二人の横に立つ。
そういえば、サジータはこれまでに竜人族の里と交流を持っているって話だったな。
つまり、顔見知りも多いってことか。
「こちらの男性が、戦士長の息子アヴァントト。若手では群を抜いた実力を持つ戦士だね」
「――アヴァントトだ。アヴァンと呼んでくれればいい」
一見普通の人に見えるが、彼には右の額の上辺りに、黒く尖った短い角があった。見える範囲でのドラゴンの特徴はそれだけ、かな。
毛量が多く長い赤茶色の髪を首の後ろで一つにまとめ、同じ色の瞳を持っている。
精悍な顔立ちで、恐らく二十歳前後。
鍛え抜いた肉体は細身だが、しかし力強さを感じる。ベルジュほど大柄じゃないが、でも大きい方である。
左頬に赤い塗料で何かの記号が描かれているのは、恐らく魔除けとかなんとか、その手のおまじないの一種だろう。
アヴァントト、か。
一目見ただけでかなり強いことがわかるな。
「こちらの女性が、里の女性戦士サキュリリン。歳は君たちと同年代くらいだが、すでに一人前の戦士だ」
「――サキュリリンだ。よろしく」
こちらも戦士らしいぶっきらぼうな言い方だが、やはり特に悪い感情があるようには思えない。
というか、この里の戦士はみんなこういう感じなのかもしれない。
彼女は……右目がドラゴンである。
左は透き通った緑なのに、右は縦長の瞳孔を持つ金色の瞳。それと額のやや上、左右の髪の中から、硬く尖った角ではなく柔かな赤い触角のようなものが生えていた。
パッと見の特徴は、それくらいかな。
長く色の濃い金髪はやはり毛量が多いのか、いくつかに分けて束ねている。
左右で色の違う双眸は鋭く、やや幼い顔立ちだが一端の戦士らしい凛々しさを感じる。
サジータの言う通り、俺たちと同年代なのだろう。
俺より背が高いものの全体的に細く、まだまだ成長過程という印象がある。きっともう少し背が伸びて、戦うための肉体もでき上がってくるに違いない。
そして当然のように、彼女も強い。
竜人族二人の自己紹介のあとは、俺たちも一人ずつ簡潔に自己紹介する。
一通りが終わったところで、
「それが猫か?」
アヴァントトが、俺の隣に大人しく座って待っていたネロに視線を向けてきた。
俺が答える――のもアレなので、サジータに視線を送ると、すぐに意図を察してくれた。「誰が飼い主なのか」を特定させる必要はないので、ここは秘匿を選ぼう。
「ああ、あれが猫だよ。まあ厳密に言うと猫ではないんだけどね」
確かに厳密に言うと猫ではない。サイズ的にも猫としては規格外の大きさだ。
サキュリリンも「そうだな。あれは魔物だな」と、その正体を察する。
「里にはいないんだよね? アヴァンも見るのは初めてかな?」
「ああ。初めてだ。……あの猫も滞在させたいと言っていたが、俺にはどうしていいかわからん。自分で長老に許可を得てほしい」
「わかった。僕から話そう」
これで、最初の挨拶は済んだことになる。
「全員、しばらく滞在すると聞いている。まずは長老に会ってほしい。案内しよう」
アヴァントトとサキュリリンが、ついてこいと歩き出した。
――この展開は、秘匿のパターンっぽいな。
道中にも考えたが、竜人族はどのように俺を――というか「メガネ」を迎えようとするのか、という単純だが恐ろしく大きな問題があった。
いや、問題というか、不安と言った方が正しいか。
たとえば、里総出で諸手を上げて歓迎してくるのではないか、と戦々恐々としていた。
ネロのこともそうだが、必要以上に情報を漏らすつもりはない。
当然、俺の「素養・メガネ」も、誰彼構わず触れ回るつもりはない。
希望を言っていいなら、俺を呼んだのであろう長老という人だけにしか話したくない。というか話さずに済むなら長老にも言いたくない。
だが、里の出方次第では、全員で「素養・メガネ」の情報を共有している、というパターンも考えられた。
それが、総出でお出迎えパターンである。
――その最悪だけは、ないようだ。
アヴァントトとサキュリリンは、俺たちが来た理由を、知らされていないと思う。
それこそ、やってきた理由は、建前に用意していた親善団体とでも思っているかもしれない。
クラーヴの場合は若干事情を知っているようだったが、里の公表以外の方法で知った可能性がある。彼は里以外でも活動していたから。
アヴァントトとサキュリリンが、俺たちが来た理由を知らないのであれば、長老やこの話の関係者は、大っぴらにやるつもりはない、と思っていいのかな?
となると、「俺のメガネ」に関しては、できるだけ隠してくれるだろうか……一応いろんな対策は考えてきたけど。
…………
不安も心配も思うことは多々あるが、とにかく長老に会ってから、だな。たぶん里の代表、村長的な役職の人だろうから。
そもそも、「俺のメガネ」を何のために欲したのか。
その辺もまだわかっていないのだから、現時点ではまだ考えようもない。
長老の家は、降り立った場所から見て奥の方にあるようで、アヴァントトとサキュリリンの案内で行く俺たちは、里で過ごしている竜人族たちの注目を集めてしまった。
サジータと交流があるものは声を掛けてくるし、恐らく初見なのだろう猫を見て驚く者がいたり、子供たちもいる。
それに――厳しい視線を向けてくる戦士っぽい者もいる。
全員何かしらドラゴンの特徴がある以外は、割と普通の人たちって感じである。予想外の動きを見せることもないし、いきなり襲い掛かってくることも――あっ。
「――ぐっふぅっ!?」
横手から赤い何かが急に飛び込んできた、と思えば、体当たりするかのようにサキュリリンを直撃し、撥ね飛ばした。
軽く宙を舞い派手に地面を転げるサキュリリンを、勢いの止まらない赤いそれが追いかけて行く。
「うわ痛そ……」
リッセ。あれはもう「痛そう」じゃない、確実に「痛い」と思う。
「あれって四足紅竜じゃない?」
リオダインの言う通り、サキュリリンを撥ねたのは四足紅竜……の、子供ではなかろうか。
ついさっき朱蜻蛉を追い払うために呼び出した時に見た、赤い鱗を持つ四足歩行のドラゴンだ。
地面に転がるサキュリリンの周りを、四足紅竜は踊るようにして浮かれて回っている。
まるで飼い主に遊んでほしいとまとわりつく子犬のようだ。
子犬と言うには大きすぎるが。
「……う、うぅ、ん……っ、おえっ……う、ぐぅ……!」
サキュリリンが地面を転がりながら悶絶している。
やはり確実に「痛かった」ようだ。……そりゃそうか。本当に比喩でもなんでもなくぶっ飛ばされていたから。
「――先に行く」
そしてアヴァントト、まさかのノータッチである。
撥ねられうめくサキュリリンも、撥ね飛ばした四足紅竜も放置し、彼は俺たちの案内を続行するのだった。
…………
色々気になることもあるが、いきなりはっきりしたことが一番重要だろう。
――やはり竜人族は、ドラゴンを操る術を持っている、ということだ。




