381.メガネ君、保身に走る
8/13 修正しました。
朱蜻蛉の大量発生。
四足紅竜たちによる追い払い。
そして、毒の塊のような黒いドラゴンの登場に、謎の骨。
いきなり盛りだくさんだったドラゴンの棲む森の洗礼も、ようやく一段落である。
――時間的にも体力的にもまだ余裕はあるが、少し休憩を入れることになった。
調査隊メンバーに毒の後遺症が残る者はいないが、「黒鳥」のメンバーはその限りではない。
治療できるカロフェロンを連れて行く、というのも薄情なので、少しだけ様子見を兼ねて残ることになった。
リッセを始めとして、グロック、レクストン、本人は平気だと言っているが完全に最前線にいたホルンも念のために。
ドラゴンの毒を食らった者は、カロフェロンの薬を飲んだ。
なんでも、あらゆる毒に効く万能毒消し薬という、すごいものを作ったそうだ。
錬金術師らしい魔法薬、と言えばいいのか……やはり素材の価値を聞くのが怖いな。
「で、でも、完全に毒が消えたか、どうかは、わからないから……」
カロフェロンが言うには、完全に人体から毒素が抜けているどうかはわからないので、少し経過を見たいそうだ。
ちゃんと薬品が揃っていれば調べることもできるが、さすがにこういう展開は予想してなかった、素材を持ってきていないと語った。さすがに仕方ないと思う。
森の毒に関しては、竜人族の里で情報を得てから……という流れだったから、素材を持ち込むより旅の荷物を減らすことを優先したのだ。
「それを言うなら、戦闘に参加した皆さん全員心配なので、少し腰を落ち着けましょう」
セリエが言うには、ここに「浄化の魔法陣」を敷いてあるので、もし毒が残っているなら休むだけでもじわじわ回復する、と。
まあ、どの道「黒鳥」と話さないといけないこともいくつかあるので、ちょうどよかったと思えばいいのだろう。
こちらで事前に打ち合わせをした後、「黒鳥」との交渉役はサジータに任せた。
「――」
「――」
今、サジータはグロックと話をしている。交渉内容に興味があるのかリッセも参加しているようだ。なんにしろ揉めないことを祈るばかりだ。
「――うわー! うわーっ! ……うおおおおおっそんなに厚く!?」
「ちょっとなんか元気が出るものでも食おう」と言い出したベルジュが料理を始めたのを、ホルンがかぶりつきで見て騒いでいる。うるさいな。なんだあの姉は。――あ、肉の厚切りか。それは騒ぐも無理はない。……えっそんなに厚く切るの? 中まで火が通らないんじゃ? ……くっ、興奮する厚みだなぁ……!
ちょっと見ていると俺までかぶりつきになりそうなので、ほかを見ることにする。さすがに姉弟で同じことをするのは恥ずかしい。
アインリーセとレクストンは、四足紅竜が仕留めた朱蜻蛉の死骸を集めるついでに、素材を剥ぎ取っている。
狩られた朱蜻蛉はあまり多くないが、死骸を放置するとそれを漁りに四足紅竜が出てくる可能性がある。
ドラゴンは強い。
あまり森から出てきてほしくないし、間違っても森から離れるようなことがあってはならない。
なので、可能性を潰すためにも必要なことである。
リオダインとライラは、魔法について情報交換しているようだ。
「――あの、風空斬がすごく弱いんだけど、威力が上がる方法ってないですかね?」
「――う、うーん……魔法も魔術も、生まれ持った素質みたいなのが大きく影響するって僕は聞いたけど……」
漏れ聞こえた会話から察するに、ライラの風空斬は依然弱いままのようだ。――でもほかに強い魔法を憶えているみたいだから、ほっそい木しか斬れない魔法にこだわらなくてもいいと思うけど。
カロフェロンとセリエは、採取した毒のサンプルを検査しているようだ。
器具類も薬剤も揃っていないので、あまり進展はないようだが――
――この感じだといけるかな。内緒話をしても誰も気付かないだろう。
「ちょっといいですか?」
敷物を敷いて薬品や器具を広げ何かやっている、カロフェロンとセリエに声を掛ける、と。
「ね、猫、出すの?」
いきなりそんなことを言われた。まるで待ち構えていたかのような発言だった。……カロフェロンは猫が好きだなぁ。俺ほどにじゃないにしろ。
「ネクロ、出して、ほしい」
「さすがに今は勘弁してください。それより――」
俺は黒いドラゴンから登録した「素養」について、色々と隠しつつ話すのだった。
「――つまり、毒を増やすことが、できる……の?」
「正確には、毒の成分を『上書きする』って感じですかね」
あの黒いドラゴンが持っていたのは、「素養・毒蟒蛇」というものだ。
前の「暴風竜」に続いて、やはり知らない「素養」だったが――今回は強制情報開示の上に「鑑定」を掛けることができたので、内容も知ることができた。
――毒蟒蛇 毒を飲み込み、毒を生じる。
ちょっと解釈に困る部分もあったが、目の前にある像と化した「毒の砂」を使って少しだけ実験した結果、すぐに用途がわかった。
そこにある毒を、異なる毒に変換するのだ。
あの黒いドラゴンで言えば、自然や動物、魔物が持つ毒を取り込んで「上書き」することで、自分の身体を構成する毒の量を増やすことができていたのだと思う。
簡単に言えば、毒を飲めば大きくなる。
あれはそういう魔物だったのだ。
試してみたところ、黒いドラゴンの毒に、俺が持っていた麻痺毒を「上書き」することができた。
だから恐らくそういう「素養」なんだろう。
単純に考えてもかなり「強力な素養」なので、きっとまだ気づいていない制約みたいなものもあると思う。
詳しく調べたいところだが、さすがに今はそんな時間も余裕もない。
だが。
「サンプルが足りないなら増やせます。役に立ちますか?」
今は、「黒いドラゴンの毒」を増やせることに意味がある。「毒の操作」はできないが、「上書きで毒を増やす」ことはできる。
「……今は、大丈夫。でも、いずれ、必要になると思う」
そうか。ならいい。
「エルちゃんの『素養』って…………さすがに気になりますね」
……そうか。
これまでほぼ完全にスルーしてきたセリエでも、いくらなんでもさすがに気になるか。
今回は毒……必要な時に毒消しがないと死ぬ可能性がある案件なので、下手に隠さず伝えてみた。
特効薬ができるのであれば、一刻も早く、絶対に作っておいてもらいたいからだ。
……でも、さすがにもう気になるよな。
いくつ「素養」使えるんだって言いたくもなるだろう。
セリエとは、暗殺者育成学校に通うと決めた時からの付き合いだ。
正確に言うなら、サッシュよりもフロランタンよりも、もちろんリッセよりも、誰よりも一番付き合いが長いことになる。
――でもそんなの知らない! 俺は保身したい!
「聞かないでほしい。私の奥の手ですから」
「そんなことどうでもいいからネクロを呼んでほしい」
…………
たぶんカロフェロンなりに気を遣って、話を逸らしてくれたのだろう。やたらすらすらと言ったけど。……まあ、たぶん。そうだと思います。




