378.朱蜻蛉突破録 8
短槍のまとう貫通力――突き抜けるような強い衝撃をまとうそれは、黒いドラゴンの半分を消し去った。
ほんの一瞬、はっきりと大きな風穴が空いて。
ドラゴンだった液体が、びしゃりとその場に崩れた。
「――くっ……すまんホルン! あとは任せる!」
込み上げる嘔吐感と、内臓を歪ませる異物感。
激しくむせかえりそうになりながら、グロックは急いでドラゴン――毒の液体から離れた。離れたところで喉を焼くような熱い咳が出た。
身体には付着していないが、服や靴、槍にはべっとりと付いてしまった。
目に見えないレベルで気化し、わずかに空気中に溶け込んだ……最初に見た姿の時にまとっていた霧状の毒を、少し吸ってしまったのだろう。
グロックの攻撃は思った以上に効果があったが。
しかし、それも一時的なものである。
元々液体である黒いドラゴンには、物理的な攻撃ではダメージを与えられない。ただただ強引に形を変えた、程度のものである。
「――あ、ちょっと待って! あとは僕らが! ベルジュ来て!」
指示を出されたホルンが文句も言わず、光りながら地面にぶちまけられた毒液の中に手を突っ込もうとするのを、リオダインが走り寄りながら止めた。
「――俺たちがやります!」
そして同じように前に出てきたのは、ライラを庇っていたベルジュである。
「ごほっごほっ、おい何をっ……!」
咳き込むグロックが止めようとするのを逆に「治療を受けてきてください」と止め、リオダインは蠢くドラゴンだったものの前に立つ。
「――空圧気泡」
素早い詠唱を経て、リオダインの前に透明で大きな泡が発生する。――水中で呼吸をするための魔法である。
そしてベルジュは躊躇なくその気泡の中に入り、ゆっくりと歩む。
と――
「毒水を弾く」よう調整した気泡は、ベルジュの歩みに合わせて毒の液体だけを押し出すようにしてかき分け、それ以外の物を通す。
じりじりと毒液を掻き分け露出する地面と、いくつかの赤い欠片。
気泡の中にいるベルジュは、赤い欠片――黒いドラゴンの魔核を回収し、戻ってきた。
「確保しました」
「おー」とぷるんぷるんする気泡の膜をつついているホルンは無視し、ベルジュはグロックに魔核を見せる。
「どうやら毒から完全に隔離したら、倒せるみたいですね」
魔核を失ったドラゴンだったものは、もう動かなくなっていた。
――リオダインとベルジュ。塔での生活で、この気泡を使って海に潜り貝や魚を獲ったことがある経験が、ここで生きたのだった。
「――つまり、動きを止めることができれば、さっきみたいなこともできるわけか」
下がる前に指示を出しておきたいグロックは、簡潔に今の一連の動きを確認する。
風の魔法使いの思わぬ魔法で、見事黒いドラゴンを討伐することはできた。
だが、まだオールドブルーが連れて行ったドラゴンが残っている。
遠目に見る限り、どうも戦っているようだ。
この分だと、森に連れて行ったメガネの少女担当のドラゴンも、残っているだろう。
大元は同じ黒いドラゴンでも、もはや別々の個体と考えられるわけだ。
――恐らく魔核が砕けたせいで、分散することができるようになったのだろう。ほか二頭も魔核の欠片を持っているはずだ。
「気泡は弱いです。中に入った人が急いで動いても割れるし、外的な圧力でも結構すぐに割れます。
逆に水中とか海中だと、周囲から掛かる水圧で割れづらく……あ、今関係ないですね。
とにかく、完全にドラゴンの動きを止めてからじゃないと、さっきみたいなことはできないと思います」
リオダインが言うには、初っ端から同じことはできない、ということだった。
「細かく斬り刻めばいいの?」
ホルンの答えは単純明快だった。そう、要するにそういうことだ。
「――あ、でも、向こうももう終わったみたいだね」
「あ?」
振り返るグロックの視線の先では、確かに黒いドラゴンが消えていた。
オールドブルーたちの戦闘も終わったようである。
毒の影響が出ているグロック、魔力の残りが乏しいライラが後方へ下がると――オールドブルー側に行っていたレクストンもやってきた。
「おう。そっちも終わったみたいだな」
「はい、なんとか……」
やってきたレクストンの顔色は悪い。グロックと同じように少し毒を吸ってしまったのだろう。
グロックは、指揮権をオールドブルーに譲渡するよう伝言を頼み、ホルン、リオダイン、ベルジュに彼らと合流するよう指示を出した。
レクストンを除くオールドブルーたちは、ホルンたちと合流し、森の方へ走っていくのが見える――メガネの少女もといエイルを助けに行くのだろう。
こうなると、やはりエイルが心配である。
現場の流れでオールドブルー側も孤立することはなかったが、エイルだけは完全に孤立した形だ。
自ら囮役を買って出たくらいなので、そう簡単にやられるとは思わないが……心配は拭えない。
「浄化の魔法陣」に入って腰を下ろし、渡される魔法薬を飲む。――よほど強力なのか、喉の熱が引き内臓が歪むような鈍痛が消え、たちどころに体調不良がなくなる。
「あ、グロックさん。これ」
と、レクストンは毒液に黒く染まった革袋を出す。
「魔核、拾ってきました」
――なるほど革袋越しに直接拾ったのか、とグロックは納得した。だからレクストンは毒の影響を受けているのだ。
防水加工もしてある袋越しで触ったのに、それでも毒の効果が出ている。やはり毒物としては相当危険な代物だったのだろう。
「それは一旦置いとけ。まだ毒の効果があるかもしれねえ」
それよりだ。
「そっちはどうやって仕留めた?」
「――全員で斬り刻んだり吹っ飛ばしたりしましたよ」
どうやら強引に片を付けたらしい。
「元々小さいサイズだったので、もうごり押しって感じで」
そして最後に、レクストンが毒液に手を突っ込んで魔核を回収した、と。
「借りは返せたか?」
「わからないっす。でもできることはしてきました」
「――ならいい」
「黒鳥」の古参オールドブルーもいるし、胡散臭いが実力は確かな親善団体メンバーもいる。
ならば、最後の一頭に関しては、なんの心配もいらない。
ただ、エイルが無事であるかどうか。
それだけが気がかりだが――
しかし、一番最初に戦闘を終わらせたのは、エイルである。
森に連れ込んだドラゴンは、すでに討伐されている。




