377.朱蜻蛉突破録 7
黒いドラゴンが三頭に増えた。
大小の差がある分、運動能力みたいなものも差があるのかもしれないが、毒の塊という特徴はまったく変わっていないはず。
まだ決定打を思いついていない「黒鳥」と調査隊には、なかなか絶望的な現象だった。
「チッ……」
グロックが舌打ちした。
すぐにでも指示を下したいが――躊躇ってしまった。
敵の数が増えるという現象を前に、グロックを含め、何人かが同時に対処法を思いつく。
だがそれは危険極まりない選択であり、いくらリーダー役を任されたグロックと言えど、「黒鳥」のパーティメンバーではない者に下すにはあまりにも――
「――グロックさん!」
あまりにも酷で、自分の指示で他人の命を軽々しく賭けるには、抵抗があった。
だが、問題の当人であるメガネの少女エル――もといエイルが真っ先に進言した。
「私が一頭請け負います! ほかのと合流しないよう森に連れて行きますので、その間に対処を!」
その選択は正解にして、グロックに気を遣った進言でもあった。
そう――囮役に分散作業を押し付け、主力で各個撃破を狙うという選択だ。グロック始め多くの者がそれを考えていた。
あまり戦力を欠くことなく、ドラゴンを孤立させる策だ。
囮役であるオールドブルーは「黒鳥」のメンバーなので指示を出せるが、しかしエイルは違う。
さすがに「一人で一頭どこかに連れて行け」とはなかなか命令できなかったのだ。
「ではもう一頭は私が。アインリーセがいる場所辺りまで連れて行きましょう」
同じ「黒鳥」のメンバーであるオールドブルーは普通に指示を待っていたが、こうなればとっととやってしまった方が早いと判断した。
「――頼む! デカいのは俺たちに任せろ! 無理すんじゃねえぞ!」
囲んだ状態からの、それぞれ投石や武器によりちょっかいを出して気を引く行動を起こし、黒いドラゴンたちはゆっくりと隔離されていく。
小さいのの一頭は、メガネの少女が森に連れて行った。
ほかのドラゴンや生物と遭遇して、更に窮地に陥る可能性はあるが、この場ですぐに隔離できそうな場所がないので仕方ない。
心配なら、少しでも早く目の前の黒いドラゴンを討伐し、助けに行けばいいのだ。
もう一頭は、オールドブルーが連れて行った。
すでにだいぶ離れた場所にいて――毒を食らって後方に下がったはずの赤毛の少女リッセが、そちらに合流していくのが見えた。
治療が終わったので戦線に復帰したのだろう。
「グロックさん! 俺向こう行っていいすか!?」
グロックと同じようにリッセの――自分を庇って毒を食らった少女が気になるのか、レクストンがそんなことを言う。
「おう行け! ちゃんと借りを返してこい!」
目の前のドラゴンより、違うものを気にしているレクストンがここにいても仕方ない。目の前の戦闘に集中できない者は、危険すぎて参加させられない。庇って戦えるような相手でもない。
戦線から離れるレクストンを、ドラゴンから庇いつつ送り出し――「さて」とグロックは短槍を構える。
「――よし……攻撃に出るぞ!」
グロック、ホルン、ベルジュ、ライラにリオダインと、ここには主力が揃っている。
特に魔術師がいるのが大きい。
粘度の高い液体――毒属性を持つスライムのようなものだと考えると、いくつかの対処法くらい思いつく。
まず、スライムと言えば火だが――それは初手で試してあまり効果がなかったので、次だ。
「ライラ! 水ぶっかけてやれ!」
武器がまともに効かない魔物が相手となると、魔術師がいるいないで、大きく違ってくる。
特に、何が効くのかわからない今、即座にいろんなことをして試せるというメリットは大きい。
――初手で大きな魔法を使ったせいでやや消耗しているが、盾……いや、フライパンだか鍋を盾のように構えるベルジュに守られ、ライラはまだ戦場に立っている。ちなみにもう片方の手に持っているメイスは、実は合金製の麺棒だったりする。
ライラを含め、「黒鳥」の魔術師には、魔法が使えなくなったらとにかく下がれという鉄則がある。
ここにいるなら、まだ魔法が使えるということだ。
ライラが片手を上げて無言で了解の合図を出し、詠唱に入る、と――グロックはドラゴンの突進を避けつつ言った。
「狙うのは魔核だ! 砕いた破片を回収する! それでダメならまた考える!」
「――りょうかーい」
ようやく方針が言い渡され、戦闘開始前からいきり立っているホルンが即座に動いた。まるでおあずけを食らっていた犬のように。
「ほっ」
素早く距離を詰めると、両手に一本ずつ持った光を放つ剣を駆使して、ドラゴンが振るってきた右前足を受ける、と同時に切断。
更には足が毒液となって散るまでの間に、地面を転がるようにして股下に入り、一瞬で左前足と左後ろ足を斬り飛ばし――
「ついでっ」
四本足の内三本をなくし支えを失い傾く頃、飛び上がってシッポを斬り飛ばしながら接敵状態から離脱した。
双剣のベロニカ譲りの、二刀流の早業だった。
攻撃自体は効いていない。
どれだけ斬っても、あのドラゴンにダメージはないだろう。
だが、斬れば一時的に失うことは、避けられない。
「ライラ! やれ!」
横倒しになった動けないドラゴンに、
「――無慈悲を嘆き悔いよ! 貪欲の罪滝!!」
大量の水が一気に落ちてきた。
粘度の高い毒液に水が混じり、洗い流されるようにドラゴンは形を失っていく。
ただ、もうライラの魔力が乏しいようで、持続時間はほぼ一瞬だった。
――充分である。
こうなるだろうと予想していたグロックは、すでに溜めている。
低く腰を落とし、右腕に短槍を引いて構えている。
――グロックの必殺の一撃、「素養・砕の風穴」。
突きに威力を上乗せする、非常に単純で局所的な「素養」である。
構えて停止すると威力が上がる、というのが、特性と言えば特性なのだろうか。まあ、グロックは、それだけではなく槍の使用補正もあるだろうと思っているが。
世間的にはかなり珍しいらしいが、それはそうだろう。
普段使いするようなものではなく、完全な「奥の手」である。簡単に見せることはないし、誰かに話すこともない。
だが、出し惜しみはしない。
惜しんで命が失われては元も子もない。
横倒しになりすぐには動けない状態で、更に水を食らって少し溶けてきている――柔らかくなっている。
いずれは元に戻るのだろうが――この一瞬においては、何一つ不満のない好機である。
流れ広がる毒の水たまりを物ともせず踏み込み、グロックは吠えた。
「――特大の風穴開けてやるよ!!」
結果、少し溶けていたドラゴンの半分が、槍の貫通力で消し飛んだ。




