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374.朱蜻蛉突破録 4





「――少し時間が欲しいんですが、構いませんか?」


 その返答はサジータの独断だが、裏のリーダーであるエイルの意見と同じだった。


「――もちろん。だがあまり時間はないと思ってください。


 ただ俺としては、俺たちがやり合っている間におたくらは森に行く、ってのがお互いにとって一番いいと思いますがね。

 もしその選択を選ぶなら、奴の気を引くくらいは協力できますから」


 必要なことを述べたグロックは「黒鳥」のメンバーを従え、離れていく。


 ――その間、エイルはじっと姉ホルンを見ていた。


 さっきグロックが言っていた「今の内に殺しておいた方がいい」と進言したであろうバカでアホな愚か者とは、きっとホルンのことである。


 そして、本当にホルンが言ったとするなら――


「……」


 一瞬見えた横顔に、確信する。


 ――いつものだらしない笑みに見えて、まったく雰囲気が違うその顔。


 あれは、もう本気になっている時の表情だ。


 あの顔になったら、もう誰が止めても止まらないだろう。

 たとえ一人でも戦うことを選ぶはず。


 何事であろうと「やる」と決めた時の顔だ。


 あの顔を見るのは二年以上前のことだったが、エイルの知るあの頃の姉と、やはり全然変わらない。


 ――となると、だ。


「どうする?」


 サジータがエイルの意見を求める。

 彼だけではなく、調査隊メンバー全員が求めている。


 エイルの意見は、元から決まっている。

 調査隊メンバーの安否を考慮する余地はあったが、「黒鳥」がやる気であるなら話は別だ。


「私は戦う選択もありだと思っています」


 そして、姉の表情を見て決心が固まった。





「――まず大事なのが、この状況です。あのドラゴンに限らず、未知の魔物と森で遭遇するのは最悪ですから。むしろ今こそ好機と見るべきでしょう」


 森には多数のドラゴンも、違う生物も、地形なども考慮する必要がある。

 あの黒いドラゴンと戦闘中に、思わぬ横槍が入ることも考えられるし、場所によっては逃げ道を塞がれることもあるだろう。


 だが、今は違う。

 いろんなエサに誘われて、見通しのいい場所に露出している。


 お互い地の利を捨てての総力戦になりそうだが、グロックらの実力からすればそっちの方が勝率は高いかもしれない。

 不測の事態ほど、予防も回避も難しいものはないから。


 しかもこの場の不測の事態とは、ドラゴンの介入が高確率でありえる。

 さすがにあんな奴らをまとめて相手になんてできるものではない。


 グロックは間違いなく、この状況を把握した上で、護衛を辞する判断をした。

 準備不足もあるとは思うが、街での目撃情報がないような珍しい魔物とは、次いつ遭遇できるかわからない。


 その上、今は横槍の入りづらい森の外にいる。

 やるなら今だろう。間違いなく。


「――次に、今なら『黒鳥』と共闘できます。今後の脅威になりそうなら、戦力がまとまっている内に協力して叩いた方がいいでしょう。


 忘れていないとは思いますが――毒ですから」


 エイルが視線を向けると、顔色の悪いベルジュとカロフェロンが「忘れていない」という代わりに頷く。


 そう、今回の竜人族の里の調査は、ドラゴンの住む森に点在する毒の沼地も調査対象に含まれている。

 それゆえに、毒物に強いベルジュとカロフェロンが優先で調査隊メンバーに選ばれたのだ。


 そこを考えると、あの毒の塊のようなドラゴンは――無視できる存在ではない。


 もしかしたらあの黒いドラゴンが毒沼を生み出している元凶かもしれないし、毒の中から生まれた何かだったりするかもしれない。ならばやはり調査対象である。


 ベルジュの意見では、死霊や悪霊の類だと言ってはいるが、はっきりそうだと判断するのはまだ早いだろう。

 まだ遠目で見ているだけなのだから。


 特に、戦わないまでも、毒のサンプルくらいは回収したい。

 森の毒を調査する時や、次にあのドラゴンと遭遇した時、きっと役に立つだろうから。


 ――あの黒いドラゴンが単体しかいない、とも限らない。森の奥にはまだまだあの個体がいる可能性も捨てきれない。


 ここでの実戦経験は、きっと無駄にはならないはずだ。





 エイルらが話し合っている時、「黒鳥」も話し合っていた。

 もっとも、こちらの相談内容は、具体的な狩り方についてだが。


「連中と共闘するかもしれねえから、少し情報収集するぞ」


「え、あの学者たちと?」


 レクストンほか「黒鳥」のメンバーは、親善団体を、竜人族やドラゴンについて調べている学者とその弟子たちだと思っている。

 実際に「学者のようなものだ」と、説明を受けたからだ。


 むろん、グロックとアインリーセは、そうでもなさそうだということに気づいているが。


「ドラゴンがいる森まで来るような学者が、戦えないわけねえだろ。あいつらの大部分がおまえより強いぜ」


「ま、まじっすか……」


 レクストンは信じらないようだが――だからこそ胡散臭いんだよ、とグロックは心の中で付け加える。


「まあそれはいい。おまえとライラは自分の心配だけしてろって話だからな」


 とりあえず、まだ戦闘を始めるわけにはいかない。

 親善団体の意向もあるが、いきなり直接攻撃を加えるには恐ろしい魔物だ。


 本格的な戦闘を始める前に、黒いドラゴンのことを、少しでも知りたい。


「――アイン、ちょっとつついてみてくれるか? できるだけ森から引き離すのも兼ねてな」


 ならば、充分に距離を保ったままちょっかいを出してみる、というのが現段階でできることだ。


 本当にまずいと思えば逃げられるし、――そもそもこれだけ距離が空いているなら、恐らく見つからない。


「了解でーす」


 アインリーセは軽く返事をし、矢を一本取り、矢尻に魔核の粉を混ぜた粘土を付ける。

 尖った部分を逆に丸くするように。


「ホルン、込めて(・・・)


「うん」


 その粘土にホルンが触れると――粘土が光りを放ち出した。





「――じゃ、行きまーす」


 なんだかのんびりした宣言が聞こえ、まだ相談中のエイルたちが会話を止めて振り返る。


 視線の先には、斜め上に向けて長弓を構え、超長距離射撃の体勢に入っているアインリーセの姿があった。


 矢尻が光っている矢が番えてある――と認識すると同時に、光は長い糸を引きながら空に放たれた。


 ここから黒いドラゴンまでの距離は、かなりのものである。

 同じく弓を使うエイルだが、この距離を当てることなど――ハリアタンから登録した「素養・狙撃的中(イーグルショット)」を使っても無理だ。エイルの弓では届かないだろう。


 しかし、取り回しが難しいが威力・距離が出る長弓と、腕の使い手がいれば――





 光の糸は緩やかな弧を描き。

 吸い込まれるように、地面の朱蜻蛉(ドラゴンフライ)を漁る黒いドラゴンに直撃した。


  ボンッ!!


 今度の爆発は、かすかにだが、確かに聞こえた。


 アインリーセの「素養・最大衝撃(フルインパクト)」で爆ぜた「光属性の粘土」が飛び散り、黒いドラゴンの身体の半分をえぐり、爆散させたのだ。


 ――件のドラゴンは、毒の塊らしき存在だけに、肉も血も持ち合わせていない。だからこそ、いわゆる浄化攻撃にはすこぶる弱いのだろう。


 しかし、ダメージがあるのかどうかが、よくわからない。

 爆散させたところで、飛び散った毒が寄り集まり、また元の姿に戻るだけだから。


 ただ、ダメージがあろうとなかろうと、何かに攻撃されたことは理解したようだ。

 悪霊と思しき毒の塊は、生き物のように首を巡らせて敵を探し始める。


 どうやらご立腹の様子だ。





 アインリーセによる誘導が始まり、エイルたちの話し合いも終わろうとしていた。





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