371.朱蜻蛉突破録 1
「――作戦の最終確認をします」
遠くに赤い火の粉が大量に舞う光景を背に、親善団体七名と「夜明けの黒鳥」の六人が集まり、表向き親善団体のリーダーをしているサジータの声に耳を傾ける。
「まず『黒鳥』の方々には、ここら一帯の確保をしていただきました。ありがとうございました」
作戦決行が決まった夜から、三日目である。
話が付くと、グロックは翌朝には早々に行動を開始し、メンバーを率いて所定の場所の確保を行った。
確保。
いわゆる、作戦の障害になりそうな魔物や動物を討伐したり、追っ払ったり、である。
もっとも、ドラゴンというとんでもない脅威が近くに住む場所だけに、大した問題もなく仕事は終わったが。
ここは、ドラゴンの森が――いや、朱蜻蛉が遠目に見え、奴らが襲ってこないくらい距離の余裕がある場所である。
ドラゴンの森へ続く街道付近を中心に、森、朱蜻蛉の多い箇所、ハルハの街が一直線に並ぶポイントだ。
目印になるものがあまりないだけに、魔物や動物など、見える範囲には存在しない。
見えるのは、火の粉のようにチラチラと彼方を舞う、朱蜻蛉くらいのものだ。
――場所を確保した「黒鳥」のおかげで、目の前の問題だけに集中できるようになっている。
「連携などの問題もありますので、無理に協力するのではなく、お互いやりやすいように割り振りましょう」
無理に護衛と親善団体を混合した戦力とするのではなく、それぞれ独立して事に当たる。
お互い何ができる、何ができないかがわからないので、共闘はするけど気心の知れた連中同士で組もうね、という意味である。
異存はないので、グロックは頷いた。
「わかりました。俺たちは俺たちでやらせてもらいますんで」
「お願いします。我々はせいぜいグロックさんたちの邪魔をしないよう、控えていますので。手が必要なら呼んでくださいね」
「ええ――まあ近くにいても邪魔にはならんでしょうけどね」
グロックがチラリと親善団体のメンツに視線を向ける。
――いつ見ても、どいつもこいつも曲者揃いだ。サジータも含めて、いまいち強さがわかりづらいところが特に厄介だと思える。
こうして見ると あからさまに強い、と言える者はハイディーガで見かけた気がする赤髪の少女くらいだ。
ほかの連中の強さがまったくわからない。
弱くはないだろう。絶対に。
気配の配り方もそうだが、歩き方一つ見ても、全員がそれなりに鍛錬していて、しかも荒事に慣れている感がある。
とある団体で、使者の中に強い者が何人かいる、というのは納得できる。
だが全員となると、かなり胡散臭いものがある。
――まるで笑顔で集落に忍び込み、密かに人々を始末していく、そんな暗殺集団のようにも思える……それくらい胡散臭い連中だ、とグロックは思った。
それでも、この仕事を引き受けたリーダーと副リーダーの判断を信じるだけだが。
「俺らはいつでもいいですよ。そちらの準備は大丈夫ですか?」
「ええ。当然上手くいかない可能性もありますが、成功率は高いと思いますよ」
というか、成功するだろう。
――その実験は、もう済ませているから。
「黒鳥」のメンバーが離れてこれからの動きの話し合いを始めると、親善団体改め調査隊も集まって最後の相談を始める。
「俺たちは『黒鳥』の後ろで静観、手が足りなそうなら手伝うってことでいいんだよな?」
相談とは言っても、実行するのは一人だけである。
確認するベルジュの言う通り、一人を除いた全員が後方待機をするだけだ。
作戦の中には、忙しくなる予定がない。
「黒鳥」が少し出張ることがあるかもしれない、程度のものである。
もっとも、謀なんてものは些細なものから大きなものも含めて、邪魔が入ったり妨害を受けたりするものだが。
――だが、そこら辺を加味しても、安全第一で考えた策である。
失敗しても逃げればいい、という選択肢があるだけでも、気は楽である。
「ええ。動くのは私だけだし、それももう準備は終わっていますから」
答えたのは、裏のリーダーであるエルの格好をしたエイルである。
作戦決行が決まってすぐに、エイルは再びこの辺にやってきて、必要な準備と実験を重ねていた。
より確実に作戦をこなせるよう、試しておく必要があった。
「黒鳥」が到着するより先んじてここではない場所で色々試行し、到着する頃には入れ替わるようにハルハの街に戻りつつ、後発の調査隊に合流したのだ。
「小規模のものは成功しました。策は成功するでしょう。
ただ、本番は大規模となります。
事が大きくなると、それだけ予想外の動きを見せる個体も出てくる可能性が高くなります。
なので、各自油断なく戦う準備だけはしておいてください。特に――」
と、エイルはリオダインとセリエ、カロフェロンを見る。
「もし『黒鳥』と私たちを含めても討ち漏らすほど、多くの朱蜻蛉がこちらに来るようなら、遠慮なく魔術や薬で仕留めてください。
特に空高く飛ぶ個体は、あなたたちが頼りになります。よろしくお願いします」
彼らが頷くのを見届け、エイルはサジータに頷いて見せた。
――これでこちらの準備はできた、と。
「グロックさん、作戦を始めたいのですが、よろしいですか?」
全員が所定の位置に付いた。
朱蜻蛉の群れから、距離は充分である。
森から離れたがらない習性がある以上、まずこちらには来ないだろうし、来たとしても「黒鳥」の六人で対処できる程度を想定している。
だが、ここを抜けられるとハルハの街まで行く可能性がある。
まあ街は徒歩で二日以上掛かるので、団体のままそこまで行くことはないだろう。――追いかけられでもしない限りは。
そう、もし問題があるとすれば、朱蜻蛉の方ではない。
小規模なら成功した。
だが今回の大規模となると、どうなるか――それはやってみないとわからない。
充分な距離を取っている。
だがそれでも、油断はできない。
「始めます」
やや広がって前方に点在する「黒鳥」の背中を見守りつつ、エイルは宣言して――動いた。
すでに朱蜻蛉の群れや、森の境目辺りにいくつも投げ込んでおいた、「メガネ」に込めた「釣り師」を一つずつ発動する。
ここからでは何一つわからないが――「釣り師」の仕掛けの一つ「臭いの撒き餌」だけを使用し、様子を見守る。
朱蜻蛉たちに変化はない。
この「臭い」に朱蜻蛉は反応しないのだ。
――だが、反応する生物は確かにいる。
しばしの間の後。
そいつらは鳥を飛ばし、森全体を揺らし、そして現れた。
朱蜻蛉を餌としている、森に住むドラゴンたちである。
 




