364.メガネ君、サイの特急便に乗る
「黒鳥」との顔合わせを済ませると、彼らとは簡単な打ち合わせの後に一旦別れ、二人してサジータの部屋に戻ってきた。
俺を除く候補生たちは、ここに集められていた。
「――あ、エイル?」
「――前に見た女装ですね」
「――ね、猫を……ネクロを……」
俺が女装することは話していなかったので、候補生たちには珍しい格好に見えるのだろう。
なぜだか女子たちが俺の周りに集まってきたが。
それはさておき。
「顔合わせは済ませてきた。予定通り出発するから」
と、サジータが告げる。
予定の変更はない。
事前情報通り、昼前には出発である。
「エイルはどうした? その格好で行くのか?」
ベルジュの当然の疑問に、ちゃんと答えておく。
「同行する護衛に、俺の深い知り合いがいるんだ。でも相手に知り合いだと悟られると面倒臭いことになりそうだから、誤魔化すことにした。
――今の私はエルという偽名で通しますから。そっちで呼んでください」
「お、おう。エルか。わかった」
若干戸惑っているようではあるが、ベルジュとリオダインは頷いた。
で、だ。
「馬車を襲った時とは化粧が少し変わってますね。そういう感じもお似合いですよ、エルちゃん」
「へえ、そうなんだ。……にしても化けるもんだねぇ。女の子にしか見えないし」
「猫を……」
女子三人が非常に近くて鬱陶しい。今の俺の話聞いてた?
「リッセ」
「ん? ――あ、言っとくけど、さすがに私の方が可愛いからね。私負けてないから。負けるつもりもないから」
ああそうですか。
心底どうでもいい念押しをするなよ。対抗する気もない。
「同行する護衛は、君もハイディーガで会った『黒鳥』の人たちでしたが。君は大丈夫ですか?」
「ハイディーガと言うと……ああ、黒皇狼の時のだね? まあ大丈夫なんじゃない?」
本当にチラッと顔を合わせただけだし、直接話もしてないから、と。リッセは気楽にそう答えた。
「仮にバレても、私は問題ないよ」
そうか。羨ましい。
俺もまともな身内だったらバレてもいいと思えるんだけどね。
「――話すことはこんなところかな。じゃあ準備を済ませて、昼前に宿の前に集まってくれ」
サジータの指揮に従い、俺たちはぞろぞろ彼の部屋から出ていくのだった。
部屋を出てすぐ、セリエに捕まった。
「エルちゃんエルちゃん。もう出発の準備は済ませてますか?」
「ええ、はい、まあ」
馬車襲撃事件の時も思ったけど、女装するとセリエがよく声を掛けてくるんだよなぁ。
……何気に、あまり男と仲良くする気はないタイプなのかもしれない。一応セリエは貴族の娘だし、交友関係には気を付けているのかも。
「じゃあ果物を出すお店に行きましょうよ。この国にしかない珍しい果物が結構あるみたいです」
はあ、果物。今冬なんだけどあるのか?
「あ、私も行っていい?」
「ええ、もちろん。皆で行きましょう」
一時期微妙な距離感があったリッセとセリエだが、今ではわだかまりもなくなっているようだ。
俺の知らないところでなんだかんだあったりなかったりしたのだろう。
「カロンちゃんも行きますよね?」
「い、いや、私は、猫と……ネクロと遊んで、いたい……」
カロフェロンはネク……猫が好きだなぁ。
「俺も行っていいか? 興味があるんだが」
そして食い物の話をすれば、ベルジュが口を出さないわけがない。
「……あ、はい。いいですよ」
ほがらかな笑顔は変わらないが、返答に若干の間があったな……まあ、セリエにも色々あるのだろう。
「ベルジュはいいのですか? また獣人の女性に絡まれそうですが」
「あっ」
俺が指摘したら、しまった、という顔をする。失念していたようだ。
「……そうか。エイルはそういう事情もあってその格好なのか」
「――エルです。呼び間違えないようにしてください」
「おまえだけずるいぞ」
「いいじゃないですか。どうせ今だけなんですから」
そのうち背も伸びて身体もゴリゴリの筋肉質になって風になびくほどの胸毛がもっさり生えて、とてもじゃないが女装なんてできなくなるのだ。
今だけの特権に甘んじて何が悪い。
……まあ、多少後ろめたいものがなくもないが。
リオダインとカロフェロンは居残りで、警戒心全開のベルジュも連れてほんの少しだけ食べ歩きと観光を楽しみ、時間厳守で宿に戻ってきた。
すでに「黒鳥」のメンバーは到着していたので、急いで荷物を持って合流した。
「――俺はグロック、護衛のリーダーだ。よろしくな」
「――アインリーセです。こいつはホルン」
「――ホルンだよ」
「――レクストンだ」
「――ライラです。よろしくお願いします」
お互い全員が揃うと、「黒鳥」の六人が挨拶がてら名乗る。……俺に注目している者はいない。なんとか誤魔化せているのかな。
「――オールドブルーです。盾役なんで、何か危険なことがあったら俺の傍に来てください」
そして、最後に名乗った角が生えた大柄な彼が、俺たち側の人である。……親しくするつもりはないが、彼の言うことには従った方がいいだろう。
親善団体という名目の、俺たちのリーダーであるサジータが改めて名乗り、俺たちも名乗っておく。
「サジータさん。順路や日程も俺たち任せでいいですか?」
「ええ。無理はしなくていいけど、少し急ぎでお任せします」
「わかりました。で、今日はサイの特急便を使おうと思ってますが、料金もそっち持ちってことでいいんですよね?」
「もちろん」
「――了解。出発しましょう」
グロックとサジータの最後の確認が終わり、俺たちは移動を開始した。
サイの特急便。
獣人の国に着くなりサイ獣人の女性に絡まれたせいで、あまりいい印象はないのだが。
「――おう、乗ってくれ」
どんなものかと思っていれば、サイ獣人らしき巨漢が馬車のようなものを引く、という少々乱暴な移動手段になるようだ。
だってこれ、いわゆる人力車でしょ?
馬車代わりみたいなことなんでしょ?
「少し値が張るが、完璧な意思疎通ができる馬だと思えば、これほど有用なものはないからな」
と、グロックが言う。
確かにそう言われると、便利だとは思うが。
それにしたって人力って。
人力で馬車を引くって。
文化もへったくれもない乱暴極まりないものにしか思えない。
…………
いや、考え方が間違ってるんだな。
サイ獣人の彼らは、これでお金を稼いでいるのだ。立派な仕事なのだ。
決して誰もやりたがらないような汚れ仕事だとか力仕事だとかではなく、個々の特徴を活かした結果のこの形なのだろう。
一台五人乗りというサイの特急便を三台とサイ獣人三人を雇い、馬車に乗り込む。
――杞憂だった。
出発を告げたサイ獣人は、人間離れした恐ろしい怪力と脚力で、馬に負けない速度で爆走し出すのだった。




