360.メガネ君、ワイズの「素養」を教えてもらう
「――『君のメガネ』は、『他者の素養』を再現できると聞いている」
俺へ仮合格の沙汰を下すと、ワイズは書類仕事に戻った。
そしてデスクワークを再開しながら、なかなか触れづらいところに触れてきた。……いや、ワイズからすればそうでもないか。
「俺のメガネ」を見越して、竜人族の里に行けと言ったのだから。
今更「俺の素養」に関して触れられたところで、あまり気にはならない。
まあ、話したい類のものではないが。
「どうだ? 『他者の素養』が使えるなら、『私の素養』も持っていくかね?」
…………
「はは、ご冗談を」
一瞬止まってしまった。
何を言い出したか、耳を疑ってしまった。
――「私の素養」を持っていくかね?
ハイドラにも似たようなことを言われたが、そんなの比じゃないくらい嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしない。
それこそ、これは触れてはいけない類の話だ。「俺のメガネ」以上に。
「フフッ。何、裏などないよ」
俺が思いっきり警戒しているのが見なくてもわかるのだろう、ワイズは書類を捲りなら肩を揺らした。
「『私の素養』は大したものではないのだ。希少という意味では、君や各地より集められた候補生たちにも勝てん、ありふれたものだ。その程度のものだよ」
…………
それが本当なら、ワイズは逆に「素養」なしで強い、ということになるんだろう。暗殺者のトップに立ったのも実力だって話を聞いた気がするし。
そうじゃなくても、ついさっき見せた秘術の練度からしても異常である。
俺にとってはワイズは人間とは思えない存在だ。
「いえ結構。もう充分お世話になっているので、これ以上はいりません」
とてもじゃないが怖くて受け取れない。ハイドラでも警戒心しか湧かなかったのに、それ以上の脅威がどうして自分の秘密を明かす必要がある。
「――『私の素養』は『釣り師』だよ」
あ、言った! なんで言うんだよ、聞きたくないって言……えっ?
「……『釣り師』、ですか? あの、魚の?」
「そうだ。意外と珍しいらしいが、あの魚釣りの『釣り師』だよ」
…………嘘だろ。「釣り師」って、嘘だろ。
思わず「視て」しまったが……確かに「ワイズの素養」は「釣り師」だった。発動はしていないが、「素養の名前」を明かされたことで視えるようになった。ついでに言うと登録もした。
「てっきり『ものすごい素養』だと思ってましたが……」
たとえば、クロズハイトの厄介な三人みたいな。
確か、栄光街のベッケンバーグが「扇動者」――大帝国を築いた初代皇帝が持っていたという「素養」だ。
それに、盗賊ゼットの「魔鋼喰い」も、昔の英雄が持っていたものだ。
彼らの「素養」は「唯一種」と言われる、非常に珍しい「素養」である。
そして最後に判明した、娼館街のアディーロばあさんは、「複神眼」という「素養」を持っているらしい。いくつかの魔眼を使うことができるとか。
この「複神眼」も、恐らくは「唯一種」だろう。
……と、こうして考えると。
ワイズの「釣り師」ってなんなんだって感じなんだが。
「なんかすごそう、とはよく言われたな。私はそんなに『すごい素養』を持っていそうに見えるかね?」
見える。間違いなく。
風格からしても、それこそ「唯一種の素養」を持っていそうだと思っていた。
「しかし『私の素養』は『釣り師』。それが偽らざる事実だ」
あ、そうですか。
まあ「素養」に関しては、誰もが欲しいもの、思い通りのものを得られるとは限らないから、そういうこともあるんだろうけどさ。
にしても、「釣り師」か。
「ワイズ様は悪くないけど、なんかちょっとがっかりしました」
そう言うと、ワイズは「はっはっはっ」と愉快そうに笑い声を上げた。
「――ぬるいことを言ってくれるなよ、エイル君」
…っ。
笑った――と思えば、目はまったく笑っていなかった。
まさに視線で射殺さんばかりに、隙がないどころか俺に呼吸することさえ許さないほどの強烈な威圧感を持って、口元だけ笑いながら俺を見据える。
「油断するな。『魔力の変質』を知った瞬間から、『他者の素養』が持つ意味は大きく変わってくる。
禁行術とはなんだ?
それは『素養』を使った切り札だ。
どんな『素養』でも、『魔力の変質』を使えばいかようにも化ける可能性がある。
表面上だけで判断すると痛い目に遭うぞ。
がっかりさせないでくれたまえ。せっかく秘術を身に付けた君がうっかり油断して簡単に死んでしまうなど、さすがに許しがたい」
…………
「――ちなみに言っておくが、私はこの状態から『君の心臓』を『釣り上げる』ことができるぞ。
『魔力の変質』とは、そういうものだ」
厳しい言葉を貰ったが、それ以上に大きな収穫を貰った。
「魔力の変質」で「素養」は化ける。
「ワイズの素養」と、その応用で何ができるのかの具体的な例。
竜人族の里に行かせることの負い目でもあったのだろう、ワイズなりの大サービスだったんだと思う。
暗殺者育成学校へ誘ってくれて、本当にたくさんのものを得ることができた。
それなのに、更にくれるというのか。
――本当に貰いすぎだと思う。さすがに申し訳なくなるほどだ。




